第719話
俺は滞空しながら考える。
……饕餮には〖天父の怒り〗の雷攻撃がある。
上空に逃げ続けて、一方的に攻撃を浴びせることはできねぇ。
神の声が最強の神聖スキル持ちとして選んだ四体だ。
大きな弱点を抱えてくれてるような奴が選出されるわけがなかったか。
しかし、だとしも、俺と饕餮は同じ伝説級上位ではあるものの、素早さのステータスに大きな開きがある。
ここは距離を保ちつつ、一方的に遠距離スキルで攻撃するのが安定策だ。
国の外で饕餮と戦うために、奴を掴んで引き摺ってはきたが、あの馬鹿力相手にノコノコ近づいて殴り合うような真似はもうしたくない。
俺は速度を上げて饕餮から距離を取る。
幸い、饕餮もまた俺の方へと追い掛けてきている。
これでもしハレナエの方へと戻られるようであれば、また作戦を考え直さねぇといけなくなるところだった。
これなら案外、楽に倒せるかもしれねぇ……。
これだけ距離が開いていたら、魔法スキルで狙うのも難しい。
いつも通り〖次元爪〗で攻撃することになりそうだ。
俺は振り返りながら、饕餮目掛けて〖次元爪〗を放った。
饕餮は直撃を避けるために身体を逸らしつつ、触手を用いての防御を選んだ。
触手が千切れ、饕餮の身体に大きな傷が走る。
素早さの差が開いているのが響いている。
それにこれまで戦っていた相手は大抵飛行能力を有していたため、俺の〖次元爪〗を横軸だけでなく縦軸も合わせて、立体的に避けることができた。
だが、饕餮に飛行能力はない。
饕餮は俺の〖次元爪〗を安定して回避することはできねぇようだった。
せいぜい致命傷を避けながら、触手を盾にしてダメージを軽減するのが限界らしい。
ちょっと卑怯だが、このまま〖天父の怒り〗をギリギリ避けられる高さで飛んで逃げつつ、〖次元爪〗を叩き込んでいけば、先に饕餮の方がくたばるはずだ。
ただ饕餮には勇者アーレスとしての自我が残っているようだったし、何なら自我のなかったらしい聖女ヨルネスも、明らかに知性を持って戦っていた。
俺の考えが見透かされれば、ハレナエに引き返すなり別の動きを見せてくると考えておいた方がいいだろうが、ひとまず相手の動きに変化があるまでは試してみても悪くはないはずだ。
俺はまた距離を引き離してから宙で反転し、饕餮へと〖次元爪〗を放つ。
無限の射程を誇る爪撃によって切断した饕餮の触手が宙を舞い、本体にも深い傷が走った。
前回と違い、饕餮が全く回避行動に出なかったため、深い一撃を与えることができた。
饕餮は回避に出ず、胸部の巨大な口を開いて、大きく息を吸い込んでいた。
……なんのスキルだ、あれは?
俺のこれまでの戦いを生き抜いてきた直感が警鐘を鳴らしていた。
俺と饕餮の間は、軽く一キロメートルは離れている。
この距離で何を仕掛けてくるつもりだ……?
だが、攻撃を受けることを許容してまで、スキルの前動作を行ったのだ。
勝算のない行動であるわけがない。
俺は直角に曲がり、一気に飛行速度を増した。
『〖餓獣の獄炎風〗!』
ドス黒い炎の渦が奴の巨大な口から放たれた。
視界の全てが、砂と黒い炎に覆い尽くされていく。
規模がこれまで戦ったどいつの攻撃よりも規格外すぎる。
避けられる余地はなかった。
全身に衝撃を受けて吹き飛ばされ、砂漠の地を数百メートルに渡って転がることになった。
「オオ……グゥ、ガハッ!」
黒炎による熱もそうだが、激しく身体中を打ち付けながら転がることになり、翼や手足の骨がいかれていた。
俺はしっかりと伸ばし直して、〖自己再生〗で治療してく。
顔を上げれば、砂漠の地の辺り一帯が黒い炎に包まれていた。
……攻撃範囲が凄まじ過ぎる。
〖餓獣の獄炎風〗一発でハレナエが炎の中に沈みかねない。
奴の攻撃スキル……全てが規格外過ぎる。
聖女ヨルネスのクソコンボ祭りのせいで、直接攻撃タイプのものばかりだからと安心させられてしまっていた。
威力があまりに馬鹿げている。
伝説級上位の魔物の保有するスキルが、弱いはずなんてなかったってのに。
黒い炎の砂漠を突っ切って、饕餮が俺へと向かって来るのが見えた。
寝そべってる場合じゃねぇ……。
俺は身体を起こし、奴と対峙する。
『〖地母の嘆き〗!』
饕餮が、大きく両の前脚を上げているのが見えた。
あの動き……ハレナエで大暴れしてたときのスキルか!
本当に寝そべってる場合じゃねぇ!
俺は地面を蹴って翼を広げ、宙へと逃げた。
饕餮の前脚が地面に叩きつけられる。
砂漠一帯が激しく振動し、地面に巨大な衝撃波が走り、俺のすぐ下を駆け抜けていった。
衝撃波の後には、地面に巨大な亀裂が残っていた。
……ハレナエにあった、あの巨大な地割れを引き起こすスキルが〖地母の嘆き〗だったらしい。
実際にスキルを目にして、饕餮と戦う上での条件が見えてきた。
空高くに留まっていれば、天から巨大な雷を落とす〖天父の怒り〗に呑まれることになる。
かといって地上にいれば〖地母の嘆き〗が飛んできて、あの巨大な地割れに呑まれる。
そして距離を取れば、避ける余地のない〖餓獣の獄炎風〗が飛んでくる。
まさに大災害の化身のような魔物だ。
パワータイプにも限度がある。
〖餓獣の獄炎風〗は撃たれた時点で回避はほぼ不可能だ。
しかし、あのスキルにも弱点はある。
アレを放つ前には、饕餮は大きく息を吸い込む必要がある。
数秒間無防備になるなら、スキルの連打で饕餮に大ダメージを叩き込めるし、何ならそのまま倒しきれるかもしれねぇ。
また、饕餮が放った瞬間に奴の背後に回り込む、という手もある。
横に大きく広がる上に射程が化け物だが、近くにさえいれば回避することは不可能ではない。
つまり、饕餮も俺が遠くにいなければ〖餓獣の獄炎風〗は使えないのだ。
手痛い大ダメージを立て続けに受けることになったが、〖天父の怒り〗も〖餓獣の獄炎風〗もスキルのざっくりした説明文だけ見て、初見で対応できるようなものではなかったので仕方がない。
大事なのは二発目以降を受けないことだ。
そして奴の強力な攻撃スキルの共通する弱点も見えてきた。
長射程と高火力が売りだが、間合いを詰めて戦えば、強力なスキルの使い所を与えないで済む、ということだ。
……要するに、遠距離戦は捨てて、至近距離で殴り合うしかねぇってことだ。
馬鹿力と圧倒的なHPを誇る饕餮相手に一番やってはいけないと思っていた近距離戦での殴り合いこそが、饕餮との戦い方における正解だったのだ。
あのパワータイプとの殴り合いなど苦しい戦いになるのは間違いないが、距離を取って一方的に不可避の超射程スキルを撃たれ続けていれば、どう足掻いたって勝ち目がない。
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