第720話
俺は距離を取って戦うことを諦めた。
身体を翻して、一気に饕餮へと距離を詰める。
馬鹿みてぇな超射程スキルに恵まれた饕餮相手に遠距離戦は駄目だ。
〖地母の嘆き〗、〖天父の怒り〗、〖餓獣の獄炎風〗は、どう対応するかよりも、そもそも有効に使わせる状況に持って行かねぇことが重要だ。
だが、近距離戦主体であれば、それはそれであの馬鹿力とタフネスの権化のようなステータスに打ち勝つのは不可能だろう。
中距離戦主体で立ち回りつつ、隙を見て近距離戦で一気にダメージを叩き込む。
それがステータスとスキルに恵まれているアポカリプスの強みを最大限に饕餮へと押し付け、優位に立ち回れる戦い方だ。
饕餮は凶悪なスキルが多いが、あの超射程は近くで戦えばほとんど活かせなくなる。
そうなれば、怖いのはせいぜい触手と毒程度だ。
毒はもう、ある程度受け入れて殴り続けるしかない。
饕餮も馬鹿火力だが、アポカリプスもそこまで極端ではないもののパワータイプのステータスだ。
毒があるため長引かせたくねぇってのもあるが、パワータイプ同士の接近戦が主体となる以上、この戦いは恐らくは短期決戦になる。
俺は饕餮へと接近してから、奴から距離を保ったまま周囲を回るように飛び始めた。
この間合いで戦ってダメージを与えつつ、敵の隙を探っていくのが饕餮を相手取る上での最適解のはずだ。
この距離ならば饕餮のどの攻撃に対応できる。
「オオオオオオオオオオッ!」
一気に広がった饕餮の触手が、飛び回る俺を目掛けて放たれる。
俺は触手を躱しつつ、〖次元爪〗で饕餮を攻撃する。
饕餮は触手で自身の身体を守り、同時に自身の瞳を妖しく光らせた。
饕餮が盾に用いた触手が一気に石化していく。
〖次元爪〗を受けた触手はバラバラになったが、石化したことで硬度が跳ね上がっていたらしく、奥の本体にはダメージが通っていなかった。
……饕餮の有していたスキル、〖石化の魔眼〗だ。
この系統のスキルは、どうせ同格同士で受けても効果は出ねぇだろうと思って思考から半ば外していたが、饕餮は自身の触手に用いることで盾として機能させてきた。
こういう使い方をされたのは初めてだ。
それなりにMP消耗のある〖次元爪〗を、無数の触手の一部程度で対応されるのはあまり美味しくはない。
強引に俺から一気に攻めるか?
いや、無理に攻めれば、一気にあの馬鹿力で致死ダメージを叩きつけられる。
それに近接でダメージを負えば、逃げて体勢を立て直す前に追撃を受けて、そのまま命を落としかねない。
俺にはオネイロスの〖胡蝶の夢〗による蘇生があるはずなので、あのスキルを当てにして一気にMPを使いながら攻めれば、持久力の差で打ち勝てるはずではある。
ただ、最強の神聖スキル持ちである魔王バアルとの戦いは饕餮以上に厳しいはずであるし、その後に紙の声の奴とも決着を付けなきゃならねえ可能性がある。
第一、〖胡蝶の夢〗には不審な点もある。
使わなくて済むならばそっちの方がいい。
〖胡蝶の夢〗は切ることを前提にできる手札じゃねえ。
焦る必要はねぇ。
どうせこのまま膠着状態に陥ることはない。
焦れて先に動けば、一気に叩き潰される。
相手の動き方を把握しつつ、隙を探っていけばいい。
周囲を飛びながら〖次元爪〗で触手の合間を狙って攻撃していく。
饕餮は触手と〖石化の魔眼〗を用いてそれを防いでいく。
攻防が続く最中、饕餮の胸部の口が開いた。
中から髑髏の形状をした、大きな紫の炎が放たれた。
……これは恐らく、饕餮のスキル〖餓呪玉〗だ。
【通常スキル〖餓呪玉〗】
【喰らった死者の魂を体内に封じ込め、魔力を乗せて放つスキル。】
【〖餓呪玉〗は生者を追って喰らいつき、爆炎と死の呪いを撒き散らす。】
……追尾持ちの魔弾系スキル。
俺の〖カースナイト〗に似ている。
距離を取れず、近接で饕餮に捉えられるわけにもいかねぇ現状、厄介なスキルだ。
まさに中・近距離用の攻撃方法である。
綺麗に弱点を補うようなスキルを持っていやがる。
触手から逃れる俺へと〖餓呪玉〗が迫ってくる。
双方から逃げ切るのは困難だ。
どの程度の追尾性能なのか確かめてはおきてぇが、野放しにしておくのは危険過ぎる。
俺は翼で起こした風を爪で拾い、魔力を乗せてそのまま放つ。
〖鎌鼬〗が、俺の後を追う紫の髑髏を破壊した。
饕餮はその隙を突いて、前脚を大きく持ち上げていた。
仕掛けてきやがった……!
この距離だと、〖次元爪〗より奴が腕を振り下ろす方が速い。
俺は飛行速度を速めた。
『〖地母の嘆き〗!』
大地が揺れる。
地面を伝い、巨大な衝撃波が走る。
俺は身体を捻り、辛うじてそれを躱した。
「オオオオオオオオッ!」
饕餮が一気に俺へと喰らいついてきた。
〖餓呪玉〗で気を引いて〖地母の嘆き〗の発動を通して、俺の体勢を強引に崩して仕掛けてきやがった。
俺は触手の合間を狙って尾を放ち、饕餮の顔面を強打する。
「オオォッ!」
そのまま反動で距離を取ろうとしたが、尾に触手が絡みつかれていた。
やっぱりそう上手くは行かねぇよな……。
反対方向へ飛んで逃れようとするが、力の差が出ており振り切れない。
饕餮は俺の身体を自身の方へと引きながら、俺の身体に絡みつける触手の数を増やしていく。
「オオオオオオオオオオッ!」
饕餮が腕を振りかぶる。
がっちり拘束されて衝撃を逃がせない状態で、攻撃力一万オーバーの爪撃が飛んできた。
俺は前脚で防ぐが、鱗が容易く砕かれ、肉が削げ、骨がへし折れた。
加えて毒のために、受けた部位が紫に変色していて、麻痺したように動かせない。
「グゥウウウウウ……!」
激痛が走る。
こんなもん、絶対に直撃は受けられねぇ……!
饕餮は拘束を維持したまま、続けて逆の手の二振り目を放ってくる。
このまま拘束からの蛸殴りで終わらせるつもりらしい。
だが、組み合いは悪手だったって教えてやるぜ!
俺は饕餮の中心に魔法陣を展開する。
『地獄の氷をくらいやがれ! 〖コキュートス〗!』
氷塊が、饕餮の胸部の口の周囲を覆い尽くした。
アポカリプスの氷魔法である。
【通常スキル〖コキュートス〗】
【地獄の氷を呼び出し、自在に展開する魔法スキル。】
【万物を凍てつかせる氷は、決して溶けることがない。】
【周囲の熱を急速に奪うため、思わぬ被害が出ることもある。】
【一度展開した氷を消すことはほぼ不可能なので注意が必要。】
拘束のお陰で互いに咄嗟に動けなかったため、上手く命中させることができた。
「ゴ……ガ、ガ!」
饕餮の大きな口が震える。
『悲鳴も上げられねぇみたいだな!』
触手の拘束が緩む。
俺は爪を伸ばしながら、饕餮の顔面をぶん殴った。
饕餮の巨体が吹っ飛び、砂漠を転がるようにして体勢を整える。
爪撃をまともに受け、饕餮の人面が潰れていた。
「ガ、ガ、グ!」
饕餮が〖コキュートス〗の氷を噛み潰す。
断片が辺りに散った。
貼り付く氷を完全には取り除けておらず、肉が千切られて口の周りが血塗れになっている。
『口潰せたらラッキーだと思ってたんだが、そこまで上手くはいかなかったか』
俺は続けて魔法陣を展開する。
俺の上に、大きな炎の球を浮かべた。
『こっちがターン握ったんだ。一気に行かせてもらうぜ、〖ディーテ〗!』
〖コキュートス〗同様、アポカリプスに進化した際に覚えた炎魔法だ。
【通常スキル〖ディーテ〗】
【地獄の炎を呼び出し、球状に留めて放つ魔法スキル。】
【地獄の炎は、対象を焼き尽くすまで決して消えはしない。】
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