第721話

 俺は饕餮目掛けて〖ディーテ〗の巨大な炎球を放つ。


 饕餮は地面を蹴って横へと逃れた。

 避けられた〖ディーテ〗の炎球が地面へと落ち、爆炎と共に赤黒い火柱を上げた。


 だが、避けられることは織り込み済みだった。

 回避先に回り込むように飛んでいた俺は、自身の尾を饕餮の身体へと打ち込み、奴の巨体を〖ディーテ〗の炎へと突き飛ばした。


 饕餮は触手を伸ばして地面を殴って自身を宙へと押し上げ、辛うじて〖ディーテ〗の炎から逃れる。

 その着地点へと俺は〖次元爪〗を放った。

 触手のガードを抜け、奴の身体を爪撃が抉った。


「オオオッ!」


 饕餮は必死に身体を覆う触手を再生させながら、俺から距離を取った。

 接近戦タイプの饕餮の方から距離を取った。


 饕餮には超射程のスキル〖餓獣の獄炎風〗があるとはいえ、速度で自身の方が劣る状態で、能動的に距離を取ってその強みを活かせるとは考えていないはずだ。

 〖自己再生〗で体勢を立て直す時間稼ぎのために、手段を選んではいられないのだろう。


 この勝負、俺が優勢である証拠だ。

 圧倒的なステータスを誇る饕餮を追い詰めている。

 饕餮のスキルの実態を暴くのに少々苦戦させられたが、奴のスキルには大方俺は答えを見つけている。


『〖天父の怒り〗!』


 空が光る。


 このスキル……〖天父の怒り〗は確かに発動が速く、範囲も威力も凄まじい。

 だが、俺はこれを警戒して高度を落としつつ、常に身構えている。

 反応出来ねぇわけがなかった。

 スキル発動の予兆を感じたと同時に、俺は饕餮へと真っ直ぐに向かいつつ、魔法陣を展開した。


 俺のすぐ背後に大きな雷が落ちる。


『今更単発で撃っても当たらねえぜ! 〖カースナイト〗!』


 俺は二つの青白い光を放つ。

 光はそれぞれに槍を手にした騎士の姿となり、左右に分かれて大回りしながら饕餮目掛けて突進していく。


「オオ……!」


 饕餮が大きく背後に逃れつつ、触手で〖カースナイト〗を潰そうとする。


「〖コキュートス〗!」


 饕餮の背後に魔法陣を浮かべる。

 俺の魔法の発動を察知した饕餮は、下がれずその場に踏み止まった。


 直後、饕餮の背後に氷塊ができあがる。

 饕餮は〖カースナイト〗から距離を取ることには失敗したものの、辛うじて触手で潰して、被弾を阻止することに成功していた。


 だが、その分、動きが乱れていた。

 正面から接近していた俺は、饕餮の顔面をアポカリプスの大きな爪でぶん殴った。


「オゴォ!」


 饕餮は背で〖コキュートス〗の氷塊を砕き、そのまま派手に地面を転がった。


 このまま一気に畳み掛けようと接近したが、奴の胸部の口から、紫の液体が大量に噴出された。

 〖毒毒〗のスキルだ。


 俺は距離を詰めることを諦め、〖毒毒〗で潰れた視界越しに〖次元爪〗をお見舞いするに留めた。

 饕餮の触手の盾が切れて宙を舞い、その奥の饕餮の胸部が抉れた。


『オレは絶対的……最強の存在であるはず……何故、オレが、こうも……』


 ……この戦い、このまま行けば勝てる!

 間違いなく、奴を追い詰めているのは俺の方だ。


 戦っていて気が付いたが、アポカリプスはとんでもなく強い。

 今まで同格相手はトリッキータイプのアバドンだけであったため実感ができていなかったが、アポカリプスには戦闘において必要なステータスとスキルが大方揃っている。


 アポカリプスは素早さ重視のアタッカータイプであり、致命的に低いパラメーターは存在しない。

 これまでの進化経路のこともあるのだろうが、汎用性の高いスキルが大方揃っている。


 遠距離、中距離での牽制としてほぼ完璧な性能を誇る〖次元爪〗。

 ここに追尾や時間差攻撃に使える〖カースナイト〗、絶大な威力と範囲を持ちつつ割と気軽に放てる〖ディーテ〗、汎用性の高い〖コキュートス〗が加わったのだ。


 アポカリプスは純粋に強く、そしてそれ以上に対応力が高い。

 俺はこちらのスキルの牽制が最大限に効果を発揮できる間合いを保ちつつ、相手の強力なスキルが活きる間合いを徹底的に避ければいい。


 俺は触手を避けられる距離まで一気に接近し、間合いを保って飛び回りながら〖次元爪〗を撃ち続ける。


「オ、オオ、オオオ……!」


 饕餮は触手を石化させて盾に用いて対応していくが、触手の再生が追い付いていない。

 さっきに一方的な攻撃を通せたお陰で、MP的にこちらにかなりの有利ができた。

 この調子であれば、強引に突き崩して一気に畳み掛けられる。


「オオオオオオッ!」


 饕餮が破れかぶれといったふうに飛び掛かってきたところを躱しつつ、〖カースナイト〗を発動して呪いの騎士を飛ばす。

 〖カースナイト〗を潰すことに躍起になっているところへ、胸部に〖次元爪〗を叩きつけてやった。

 奴の巨大な口の牙がへし折れ、宙を舞った。


 体勢が崩れたところへ、続けて〖次元爪〗の連撃を叩き込む。

 饕餮は触手でガードするも、防ぎ損ねて身体で受けていた。


『オ、オオ……オレは、全てを支配……! 今度こそ……!』


 饕餮の全身の筋肉が膨れ上がり、血管が浮かび上がる。

 饕餮が大きく腕を振り上げた。


『今度はねぇ! ここで終わりだ!』


 腕目掛けて〖次元爪〗を放つ。

 肉が深く抉れて血が舞った。

 だが、饕餮の腕は下がらなかった。


『なっ……』


『〖地母の嘆き〗!』


 振り下ろされた腕が地面を叩く。

 巨大な衝撃波が巻き起こり、俺へと迫って来た。


 衝撃波の大きさが増している。

 明らかに攻撃力が跳ね上がっていた。


 俺は身体を大きく反らしたが、完全な回避はできそうになかった。

 翼を盾に用いて身体を庇う。


 衝撃に弾き飛ばされ、翼がへし折れたが、ひとまず大ダメージを負うことは避けられた。

 滞空を維持しつつ、翼を修復する。

 大地へ目を向ければ、巨大な裂け目が生じているのが見えた。


「オオオオオオオオオッ!」


 饕餮が咆哮を上げる。

 奴は全身に赤いオーラを纏っていた。

 血走った目を大きく見開き、鋭い眼光を俺へと向ける。


 ……あれは恐らく、特性スキルの〖瞋恚の炎〗だ。


【特性スキル〖瞋恚の炎〗】

【MPが50%以下のときのみ発動できる。】

【自身を怒りで支配することで身体能力を跳ね上げ、打たれ強くする。】

【使用間は継続的にHPとMPが減少する。】


 ……切り札を切って来やがったな。

 制限やコストがかなり厳しく見えるが、それはそれに見合った効果があるということを意味する。

 饕餮の野郎を追い込んだのは間違いねぇが、ある意味ここからが本番だともいえるだろう。

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