第722話
〖瞋恚の炎〗による身体能力の向上……。
厄介ではあるが、HPとMPの恒常的な減少との引き換えである。
後がねぇのは饕餮の方だ。
距離さえ取らないつもりであれば、基本的に饕餮の大技スキルは警戒しなくていい。
動きを見切って避けられるか、発動前に潰せるかのどちらかだからだ。
奴の能力がちょっと上がったところで、取るべきこちらの動きは変わらねぇはずだ。
気を付けるのは攻撃範囲が広く素早い触手攻撃か、時間差を付けて攻撃できる〖餓呪球〗……後はせいぜい、〖毒毒〗くらいか。
状況が変わったことといえば、時間が掛かれば掛かるほどに、〖瞋恚の炎〗の効果で勝手に消耗し続けてくれることか。
やや守りを硬めに、これまで通りに動く。
それだけで問題ねぇはずだ。
「オオオオオオオオオオオオオッ!」
饕餮が咆哮を上げながら飛び掛かってくる。
……思ったより速度が跳ね上がっていやがる。
だが、この程度であれば俺の方が速い。
俺は円を描くように飛んで饕餮からの間合いを保ちつつ、隙を晒したところへ〖次元爪〗を撃ち込んでやった。
奴の触手が剥がれ、肉が抉れる。
〖瞋恚の炎〗の消耗を警戒してか、守りが疎かになっている。
これまでの饕餮は奴にとって仕掛け難い間合いであっても、そこからこんな単調に攻めてくるようなことはなかった。
むしろ戦いやすくなったくらいだ。
『このまま一気に終わらせてや……!』
『〖天父の怒り〗!』
空が光る。
稲妻が俺目掛けて迫り来る。
俺は身体を捻りつつ急降下し、地面を蹴って再加速した。
俺のすぐ背後を雷が穿った。
地面が大きく抉れた。
……発動から着弾までが速すぎる。
どうやら〖瞋恚の炎〗によって、本体の速度以上にスキルの発動速度が速くなっている。
だとしたら、饕餮の大型スキルは気にしなくていい、なんてのはとんだ勘違いだったかもしれねぇ。
この発動速度であれば、今の中距離主体の戦闘でも、隙さえ見つけりゃぶっ放せる範疇だ。
「オオオオオオオッ!」
饕餮が大きく前脚を振り上げていた。
あのスキルが来る……!
この体勢から、あの範囲攻撃を捌き切るのは厄介だ。
俺は掲げられた腕目掛けて、力いっぱい〖次元爪〗をお見舞いした。
奴の腕に、深く爪痕が刻まれる。
これでスキルの発動を阻止できる……と思ったのだが、饕餮は前脚を振り上げた体勢を、そのまま崩さずに維持していた。
『う、嘘だろ……?』
……〖瞋恚の炎〗は、身体能力を向上させるだけじゃなかった。
【自身を怒りで支配することで身体能力を跳ね上げ、打たれ強くする。】
予備動作を叩いて、スキルを発動前に潰すのも難しくなっちまったんだ。
『チィッ!』
攻撃に出ちまったせいで、完全に回避に出るタイミングが遅れた。
立て直して回避に専念するのは不可能だ。
俺は〖次元爪〗を放つために捻った身体を止めず、振り下ろした前脚の勢いのままに回転した。
そのまま地面に着地し、〖転がる〗に移行して加速する。
『〖地母の嘆き〗!』
周囲が激しく揺れた。
巨大な衝撃波が俺へと迫ってくるが、寸前のところで回避できた。
俺はそのまま地面を弾ませて宙へと飛び、〖転がる〗を止めて飛行状態へと移行する。
うし……回避しきった!
避けるのにせいいっぱいだが、饕餮の方だって馬鹿にならねぇMPを消耗しているはずだ。
スキルを立て続けに外したのは痛いはずだ。
だが、今の〖瞋恚の炎〗状態の饕餮相手に、逃げ続けることもまた現実的じゃねぇのがわかってきた。
これまでと違って、常に警戒しつつ有利な間合いを維持していても、〖地母の嘆き〗と〖天父の怒り〗に対して完全な対応ができねぇ。
一歩間違えればあの馬鹿火力を受け止めることになる。
逃げ回って持久戦の鬼ごっこに持ち込むのは不利……。
回避に専念しつつ、どこかのタイミングで重い反撃を奴へとぶちかまして、消耗した饕餮をそのままぶっ飛ばすしかねぇ。
〖カースナイト〗……いや、今の打たれ強くなった饕餮は、この程度の飛び道具じゃビクともしねぇ。
どうやら攻撃力や素早さだけじゃなく、防御力も跳ね上がってる。
〖カースナイト〗は便利だが、饕餮の馬鹿みてぇな耐久力が相手だと、決定打にはなり得ねぇ。
今の状態であれば猶更だ。
使うのであれば〖カースナイト〗を起点にして隙を作って別のスキルへと仕掛けたいが、恐らく今の饕餮はそのまま突っ切ってくる。
元々分厚い防御力とごつい肉の壁が厄介だったが、細かい攻撃はこれまで以上に意味がねぇ。
〖ディーテ〗も悠長過ぎる。
炎を浮かべて放って、なんて間に〖天父の怒り〗を叩き込まれちまう。
だったら俺が使うべきは〖コキュートス〗!
当てることはできなくとも、動きを阻害して有利な状況を整えることはできるはずだ。
俺は饕餮の周囲を飛び回りつつ、奴の許へと魔法陣を浮かべる。
『〖天父の怒り〗!』
空が光る。
来やがった……!
俺は全力で、今の座標から逃れる。
同時に、饕餮が地面を蹴る音が聞こえてきた。
雷鳴でこちらの動きを崩し、その間に接近戦を仕掛けてきやがるつもりのようだ。
今の饕餮相手にまともに殴り合って勝てるわけがねぇ!
〖天父の怒り〗の雷に遅れ、〖コキュートス〗の氷塊が出現する。
俺は饕餮との間に、〖コキュートス〗の氷塊を挟むように動いた。
饕餮が〖コキュートス〗を避けて俺へと迫ってくる必要がある以上、これならば一瞬時間を稼げるはずであった。
行ける……〖コキュートス〗作戦は使える。
魔法陣の準備だけしておいて、必要な際に素早く発動すれば、饕餮の動きを妨害できて、俺の隙を確実に潰すことができる。
饕餮から大型スキルを飛ばされても、かなり安定した対応ができるはずだ。
これなら無理に俺から攻めなくても、〖瞋恚の炎〗で力尽きるのを待てるかもしれねぇ。
――――と、俺が考えたってことは、饕餮も同様の答えに行き着いたはずだ。
「オオオオオオオオオオオオオッ!」
饕餮は氷塊を避けずに、そのまま前脚の一撃を真っ直ぐに放ってきた。
氷塊を打ち砕き、その勢いのまま、その先にいる俺をぶん殴るつもりらしい。
強引な戦い方だが、そうまでしなければ俺を捕まえきれないと踏んだのだろう。
だが、俺はそれを読んでいた。
『〖グラビティ〗』
黒い光が、俺を中心に展開される。
重力が強くなり、饕餮の肩が僅かに下がった。
「オオッ!?」
饕餮の爪が氷塊に喰い込む。
だが、〖コキュートス〗の壁を突破することはできなかった。
〖グラビティ〗のせいで前脚に力が乗り切らなかったのだ。
同時に、俺は氷塊の脇を抜けて、饕餮へと距離を詰めていた。
饕餮は右前脚が〖コキュートス〗の獄氷の壁に喰い込み、囚われている。
不格好な体勢のまま、無防備に胸部を晒していた。
今なら重い一撃をぶちかましてやれる。
『終わらせるぞ、饕餮!』
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