第723話

『終わらせるぞ、饕餮!』


 饕餮は今、〖コキュートス〗の氷に前脚を取られて体勢が崩れている。


 〖瞋恚の炎〗でステータスが底上げされている今の饕餮相手に、長々と戦うのは得策じゃねぇ。

 ワンミスで一気にHPを持っていかれかねねえ。

 奴が隙を晒している今の内に一気に終わらせてやる!


 だが、〖瞋恚の炎〗を発動している饕餮は、防御力が跳ね上がり、かつ打たれ強くなっている。

 ちょっとやそっとの攻撃では、即座にぶん殴り返してきやがるだろう。

 ……となれば、俺の取るべき行動は一つだ。


「グゥオオオオオオオッ!」


 地面に後ろ脚をがっちりと付け、前脚で奴の胸部に全力のアッパーをぶち込んでやった。


「オゴオオッ!」


 饕餮が悲鳴を上げる。

 〖コキュートス〗の氷の壁に突き刺さっていた、奴の爪が砕け、剥がれ落ちるのが見えた。


 どんなに打たれ強くなったって、身体を浮かされるのは耐えられねぇよなぁ。

 増してや、前脚が氷に囚われてる状態じゃ、猶更のことだ。


 俺は跳ね上げた饕餮の腹部目掛けて、続けて尾の一撃を放ち、更に奴の身体を高くへ打ち上げた。

 飛行力のねぇ饕餮は、空中に投げ出されたとき、その身体が無防備になる。

 おまけに奴の身体は四足獣だ。


 俺は饕餮の背に鉤爪を突き刺し、垂直に空へと跳び上がった。


『ここならテメェの爪も、牙も、届かねぇだろ!』


「オッ、オオオ、オオオオオオッ!」


 饕餮が激しく暴れる。

 奴の触手が俺の身体へと絡みついてくる。


 多少のダメージは覚悟の上であるが、あまり高くまでは持って行けそうにねぇ。

 ちらりと下を見る。

 俺の巨体もあって、百メートル近くまでは持ってこれている。

 饕餮の重さもあるため、この辺りの高さが限界か。


『〖天落とし〗!』


 俺は空中で素早く縦に回転して饕餮をブン投げながら、尾の一撃をかまして奴を地面へと叩き落とした。

 俺の身体を押さえていた触手が千切れ、饕餮の巨体が一気に落下していく。


「オッ、オゴッ、オオオオッ!」


 落下中の饕餮が背の触手を伸ばし、地面への落下衝撃を弱めようとしていた。

 ……この咄嗟の状況で、大した判断力だ。


 土飛沫が巻き上がり、饕餮の身体が地面へと叩きつけられる。

 奴の背で拉げた触手が潰れていたが、饕餮の奴はまだ生きていた。


『オレは、全てを、支配する……! こんなところで敗れはせん……!』


『〖地返し〗!』


 饕餮を追って一直線に落下した俺は、重力加速度と自身の重量を乗せた前脚を振るい、饕餮の胸部の巨大な口へとねじ込んだ。

 周囲に衝撃波が巻き起こり、砂嵐が巻き起こった。


「オゴ……オオオ、オオオオオオオオオ!」


 饕餮が叫び声を上げる。


 俺もまた、全身に落下衝撃を受け、その場から吹き飛ばされて地面を転がった。


 つ、つつつ……。

 全身が痛い。

 地面に勢いをつけて飛び込んだ反動がなかなかにキツイ。

 俺の意識も吹っ飛びかけた。


 だが、手を抜いたらタフな饕餮のことだ。

 トドメを刺し損ねて、また回復されたら仕切り直しだ。

 ここまでやったのだ。

 さすがに奴もこれでくたばったはずだ。


『お……ま、え……』


 饕餮が、身体を起こしながら俺へと前脚を伸ばす。

 俺は慌てて起き上がり、奴へと向き直った。


 嘘だろ……?

 あそこまでやられて、HPが残っていやがるのか?


 そのとき、饕餮が身体に纏っていた、〖瞋恚の炎〗が消えた。


『見事……であった……。このアーレスに、打ち勝つなど……。だが、奴を……神を倒すことなど、絶対にできはせん……。奴は決して、同じ土俵で戦うことなどせん。いずれお前も、絶望する……』


 饕餮の身体が前のめりに倒れる。


『永らくずっと……死に場所を求めていた……。だが、何故だろうな。お前の果てくらいは、見届けたかったもの、だ……』


 饕餮の身体が白くなり、奴の身体に亀裂が入った。


【経験値を287000得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を287000得ました。】

【〖アポカリプス〗のLvが131から156へと上がりました。】


 膨大な数の経験値が入ってくる。

 それと同時に、饕餮の身体が崩れていき、光の粒子へと変わっていく。


 これで無事に神の声の四体の〖スピリット・サーヴァント〗の内、聖女ヨルネスと、勇者アーレスを討伐したことになる。

 残るは後二体……魔獣王と魔王だ。


 そしてその後は、きっと神の声の奴と戦うことになる。

 分が悪い戦いになるのは間違いねぇ。


 神の声の目的は、俺がどこまで強くなるのかを観測することだ。

 だが、勇者アーレスの言った通り、神の声の奴は、俺と同じ土俵で戦うようなことは避けるはずだ。

 俺の力が、神の声には遠く及ばねえ状態の内に潰しにくることだろう。


 だが、ここまで来ちまったんだ。

 もう泣き言が言えるような段階はとっくに過ぎちまった。

 ここまで背負っちまった以上、俺に敗北は許されていねぇ。


 世界が懸かっているが、それだけじゃねぇ。

 過去に利用され、使い捨てられて消えていった神聖スキル持ち達の悲願が、俺の上には圧し掛かっている。

 たった今、そこに饕餮の永過ぎた人生が加えられたのだ。

 あの桁外れな経験値量を見たとき、そう思わさせられた。


『……安心しろよ、アーレス。俺は絶対、あんな奴に負けねぇからよ』


 消えていく饕餮の残骸へと、俺はそう呟いた。


 俺は〖自己再生〗で自身の傷を癒した後、地面を蹴って空へと飛び上がる。

 一度ハレナエへと戻ることにした。

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