第303話

「さ、さすがだ! 竜神様の力は圧倒的過ぎる! これなら……!」

「というより俺達、別にいらなかったんじゃ……足引っ張ってないか?」


 リトヴェアル族達の雰囲気は、来たときよりもいくらか明るくなっていた。

 しかし俺としては、むしろここからが本番に思える。


 さっきの戦いで俺単独で充分対処できることはわかったが、相手が全体でどの程度の規模があるのか、それがさっぱりわからなくなっちまった。

 万が一を考えれば、今すぐリトヴェアル族の集落へと戻るべきだろう。

 俺も集落自体の防衛のことは頭に入れていたため、俺単独ならばすぐにでも集落へと帰還することができる範囲で動いている。


 もしも奴らの他の隊も並行して集落へと攻め入っていた場合、とんでもねぇことになる。

 敵の規模を見誤っていた。

 せいぜい数十人程度だと思っていたが、さっきの雰囲気から察するに、俺が追い払った八十人でさえ本隊ではない。


 しかし普通に考えて、隊を必要以上に分散させる意味もないだろうし……せいぜい、後八十人で終わりだろうとは思いたいところだが。

 相手の狙いがわからない以上まだ何とも言えないが。

 もしも恨みが原因ならば、リトヴェアル族を皆殺しにするため、複数隊に分けて確実に滅ぼしに来ているかもしれないが……さっきの隊の様子から見るに、そういった雰囲気はまったくなかった。

 せいぜい開拓ついでにちょっかいを掛けてやろう、程度の士気に思えた。

 多めに見積もって、残りは百人程度だろう。

 俺の存在がわかれば、あっさり白旗を上げて逃げてくれるかもしれねぇ。

 今の俺は多分、人間の手に負える魔物ではない。

 あの勇者ですら今戦えば俺が圧勝するはずだ。


 集落の方面から、キィーッと甲高い音が響いてきた。

 前に耳にした記憶がある。

 リトヴェアル族が合図に用いる、トルーガの音である。

 やっぱり、あっちにも来ちまったか……。


 勝利を喜んでいたリトヴェアル族達も、その音を聞いて顔をさっと青褪めさせた。


「グゥ……」


 俺は低く唸ってリトヴェアル族達の注目を集め、目線を集落の方向へとやった。


「竜神様……?」

「集落へと戻るのですね。我らもお供しま……」


 俺は首を振ってから、集落の方へと一気に駆け出した。


「りゅっ、竜神様ー!」

「わっ私だけでも連れて行ってくだされ! 我らの危機に、何もできないと思うと……!」


 悪いけど、全員乗せてたらスピードに気遣わなきゃなんねぇし、敵に狙われたら守りきれるかわかんねぇから……。

 あんまり派手に動けなくなるし……。

 彼らがさっきの隊の残党や、奴らの仲間に襲われる危険性も考えられたが……判断が遅れれば集落が滅茶苦茶になりかねねぇ。

 さっきの隊の残党から話を聞けば、これ以上リトヴェアル族の集落に攻め込もうとは考えねぇはずだ。

 今は集落を優先することにした。


 俺は地面を蹴って宙へと飛び上がった。

 そのまま翼を広げ、低空飛行で集落へと一直線に向かう。

 背の高い木が俺の足に引っ掛かってへし折れたので、途中からやや高度を上げた。


 集落の方から、煙が上がっているのが見えた。

 一瞬、思考が真っ白になった。

 だが、今は止まっている猶予はねぇ。

 俺は戸惑いを怒りへと意識して切り替え、飛行速度を速めた。


 集落のすぐ近くのところで、例の派手な服を着た騎兵と、リトヴェアル族の戦いが起こっていた。

 敵騎兵は百五十近い数の兵がおり、リトヴェアル族の数はせいぜい八十といったところか。


 戦場には、足を矢で射抜かれた馬があちらこちらに倒れ込んでいた。

 落とし穴の跡や、歪な形で固まった地面が辺りにあった。

 〖クレイ〗で地面を歪にしたり落とし穴を掘って馬の機動力を削ぎ落とし、矢でその隙を突いているようだ。


「ちょこまかと小賢しいわ!」


 丁度、敵兵の一人が、リトヴェアル族の持つ槍を剣で叩き斬ったのが見えた。


 そのまま敵の兵が剣を振り切って構え直し、頭を狙おうとする。

 そのときに開いた脇へと、三本の矢が突き刺さった。

 木の陰へと隠れ、隙を窺っているリトヴェアル族がいたのだ。


「ここ、この……! 卑怯な蛮族めが!」


 男はその場に膝を着き、呻き声を上げる。

 その喉元へと槍の柄の反対側で突き、トドメを刺す。


 リトヴェアル族は上手く分散し、地の利を活かして罠を張り、上手く迎え討っているようだった。


 だが、数の利は圧倒的に相手が有利である。

 いずれはジリ貧になるのはわかりきっていた。


 俺は戦場に降り立ち、頭上へと首を向けて大きく雄叫びを上げた。

 俺の叫び声が辺りに響き渡り、戦場から一瞬武器を打ち鳴らす音が消えた。


「竜神様が来てくださったぞおおっ!」

「我らには竜神様がついてくださっている! リトヴェアルの誇りに懸けて最期まで戦い抜くぞ!」


 リトヴェアル族達は士気を上げ、それとは逆に敵騎兵は明らかに苛立っていた。


「出たぞ、リトヴェアルの竜神だ!」

「思ったより苦戦してんのに、こんなときに来やがって……」

「飛び回られたら厄介だ、優先して殺せ! それができなきゃ、翼の根元を潰せ! おい、ドラゴンの討伐に参加したことのある奴はいるか?」


 さっきは八人で一隊、十隊で大隊扱いみてぇだったな。

 だいたい百五十人近くいるってことは……ここに、大隊二つ入ってるってことか。

 それにこことは別に、集落からも煙が上がっていやがる。

 ここにもそう時間を掛けてはいられねぇ。

 ……敵は、三百人以上いんのか?


 全体を相手している余裕はねぇ。

 狙うのは部隊長と大部隊長、大部隊長の直属の隊だ。

 ハンニバルの隊でも、士気が高いのはこの辺りだった。ここを潰せば、全体が総崩れになって後は勝手に逃げてくれるはずだ。


「リ、リブラス部隊長! どこへ向かうおつもりか!」

「て、撤退だ撤退! パパからはこんな苦戦するなんて聞かされていないぞ! 話が違う! おまけになんだよあのドラゴン、聞いていたのと全然違うじゃないか!」


 声の方へと目を向ければ、小太りの若い男がぎゃんぎゃんと喚いているのが見えた。


「魔物が姿を変えるのはよくあることだ! いいか、トールマン様は、敵前逃亡する者が一番嫌いなのだ! 部隊長が逃げれば、形式とはいえ部下として配置されている私としても面子が……お前はトールマン様の恐ろしさを知らないから気軽に逃亡だと言えるのだ!」

「し、知ったことか! 僕のパパは、トールマン侯爵と知り合いなのだぞ! ぼぼ、僕が死んだら、それこそお前らは全員処刑だぞ! わかっているのか! 僕は突っ立っているだけでいいからとパパに言われてきてやったんだ! こんなの違う! 話が違う! もう帰る!」


 ……部隊長だからって士気が高いわけでもなさそうだな。

 あれは足引っ張ってくれそうだし、放置しておくか。

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