第304話

 大部隊が二つと考えると……トップも二人いるはずだ。

 俺は首を回して大部隊長を捜す。


『オイ、アレジャネェノカ?』


 相方からの思念を受け取り、俺は相方の目線の先を追う。

 いた。

 派手な化粧をした、長い杖を持っている女がいた。

 歳は三十前後といったところだろう。


「アンタ達、雑魚は置いといてどうにかあのデカブツの気を引きなさい! アタシが、アレの臓物を引き摺り出してやるわ!」


「はっ、エルネシス様!」

「承知いたしました。ですが、そのまま倒してしまっても構いやしませんかね?」


 周囲に配置されている兵も、他の兵よりも士気が高そうだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖エルネシス・エルマネア〗

種族:アース・ヒューマ

状態:通常

Lv :37/60

HP :188/188

MP :218/264

攻撃力:63+14

防御力:138+55

魔法力:268+62

素早さ:110


装備:

手:〖ミスリルの長杖:B〗

体:〖ミスリルの胸当て:B〗


特性スキル:

〖グリシャ言語:Lv7〗〖魔術師の才:Lv5〗


耐性スキル:

〖物理耐性:Lv1〗〖魔法耐性:Lv2〗


通常スキル:

〖円杖舞:Lv4〗〖精神統一:Lv4〗〖レスト:Lv5〗

〖ケア:Lv2〗〖フィジカルバリア:Lv4〗〖ファイアボール:Lv5〗

〖スロウ:Lv4〗〖ポイズン:Lv4〗〖ファイアアロー:Lv2〗

〖ダークスフィア:Lv3〗〖デモンハンド:Lv1〗〖デス:Lv1〗


称号スキル:

〖黒魔女の血筋:Lv--〗〖白魔導士:Lv4〗〖黒魔導士:Lv6〗

〖闘杖術:Lv4〗〖死を招く魔女:Lv--〗〖飢えた狩人の大部隊長:Lv--〗

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 称号スキルを見るに、やっぱし大部隊長の片割れみてぇだな。

 普通に使えそうなスキルばっかりずらりと持ってやがる。

 力はそこまでねぇみたいだが、最低限の近接戦闘の心得もあるようだ。


 杖の補正も合わさって、魔法力300台に乗ってやがる。

 ヒューマで魔法力300台は勇者以外見たことねぇ。

 俺はその三倍はあるが。


 俺と目が合うと、女魔術師……エルネシスはフンと鼻で笑い、部下達を睨みつける。

 魔撃部隊とは違うようで、他の者はすべて剣や槍を手にしていた。

 他の者を前衛に立たせ、エルネシスが魔法をぶっ放す戦術なのだろう。


「十秒稼いでから誘導しなさい! 前と同じ、アレで仕留めるわ!」


 エルネシスが言えば、部下がおおっと歓声を上げながら前に出る。


「出るぞ、エルネシス様の悪魔の手が!」

「大部隊長様、アレとは……」

「お前は今回限りで割り振られただけだったな。まぁ、見てろよ。へへっ、度肝抜かれるぞ。人間も魔物も、面白いぐらいにバラッバラになんだからよ」


 一人、会話に付いていけない男が他の部下に説明を求めていた。

 悪魔の手……さっきスキルにあった、〖デモンハンド〗とやらか。

 スキルレベルは低いみてぇだが……逆に、それだけ難しい大技だということなのかもしれない。


 後ろに控えているエルネシスは杖を縦に立て、目を瞑った。

 額には血管が浮かんでいる。


 俺は尾を振り回し、周囲から俺に向かっていた兵を蹴散らす。

 掠っただけで次々に馬ごと兵が飛び、空中で分離して地面に身体を打ち付けていく。

 俺は前方に飛んだ兵を目掛けて腕を振るった。


「うごぉっ!」


 兵の身体を、エルネシス目掛けて叩き付ける。

 俺の前方に出てきていたエルネシスの部下の二人が互いに目を合わせた後、同時に武器を掲げる。


「「〖クレイウォール〗!」」


 二重の土の壁がせり上がり、兵の軌道の先を遮った。

 ……多少魔法の心得もある奴らだったか。


「よし、このまま左右に別れてから……」


 兵の身体は土の壁へと激突してべギッと音を立て、土の壁をぶち抜いた。

 二重の土の壁はガラガラと音を立てて呆気なく崩壊し、後には土台部分だけが残っていた。


【経験値を174得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を174得ました。】


 土の壁に当たったのが致命傷になったらしく、兵が息絶えたことを経験値取得メッセージが教えてくれた。

 兵の身体は、二人組のエルネシスの部下の間を綺麗に飛んでいった。


「あっ……」


 そしてそのままエルネシスの馬へと直撃した。

 エルネシスの馬が悲鳴を上げてその場に倒れ、目を瞑っていたエルネシスも呆気なく落馬する。

 エルネシスは馬に踏みつけられ、悲鳴を上げながらその場に転がった。

 跡にはべったりと血が残る。


「デ、〖デモンハンド〗ッ!」


 エルネシスが血で真っ赤に染まった顔を大きく縦に引き伸ばして叫んだ。

 エルネシスの目前に大きな赤い光が集まって渦を巻き、その中央から人の身体よりも大きい赤黒い腕が現れた。

 爪……というよりも、第一関節から先が異様に長く、グロテスクな外見をしていた。


「ひ、ひぃっ!」

「まっ、まだですエルネシス様ァッ! 消してっ、消してください! ぎゃぁぁぁああっ!」


 ぐしゃりと手が閉じられ、巻き込まれた人間が予告通り馬ごとバラバラになった。

 巻き込まれなかった頭だけが綺麗なまま、ミンチの上にごとりと落ちる。

 そのまま悪魔の手は、地面の土を削り取り、味方や倒れた馬の血肉を貪りながら直進する。


 ……確かに、とんでもねぇスキルだ。

 不意打ちで使われてると危なかったかもしれねぇな。

 もっとも、不意打ちができるほど練度は高くねぇみてぇだが。


 十秒待たずに馬から落ちて焦って発動したせいで、まったく制御ができていないようだ。


「途中で止めたら魔力の無駄じゃない! あのクソドラゴンの動きを止めなさい! このままブチ殺してやる! 当たりさえすりゃあ、この悪魔の手に勝てる奴なんていないのよ!」


 血塗れのエルネシスが、髪を振り乱しながら叫ぶ。


「むっ、無茶ですエルネシス様! 止めてくださいっ! 止めて、来るな、来るなうわああああ!」


 また一人、巻き込まれて挽肉へと姿を変える。

 俺は翼を羽ばたかせて〖鎌鼬〗を撃ち出した。

 先ほどと同じく、計八発である。

 風の刃が戦場を駆け回り、馬や兵を真っ二つに両断し、地面と衝突して砂煙を上げる。

 近距離にいた兵は反応する間もなく、短い悲鳴だけを残して落命する。


【経験値を1136得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を1136得ました。】


 八つの内の一つは、悪魔の手のひらへと向かっていった。

 一瞬悪魔の手に掻き消されたかのように見えたが、次の瞬間にはその甲を破って風の刃が再び姿を現した。

 青い血が飛び交い、その血ごとただの赤い光へと変わっていく。


「ア、アタシの無敵の魔法が、そんな……」


 風の刃は悪魔の手を破壊しても勢いを緩めず、後ろで地面に這いながら杖を構えるエルネシスの身体を両断した。

 そのまま地面と衝突し、土煙を上げてようやく消滅する。


【経験値を222得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を222得ました。】


 俺がエルネシスに目を付けてから、わずか十秒のことであった。

 もう一人の大部隊長は……と思って首を回すと、俺と目の合った兵は、動きを止めて武器を落としていた。

 ようやく戦力差に気が付いたようだ。


「うわああああああっ! だから言ったじゃないか、だから言ったじゃないかああああ! うわあぁぁぁあああっ!」


 例の小太りの男、リブラス部隊長が馬を走らせて全速力で逃げていく。

 避けきれずに木に激突して地面に吹っ飛ばされたが、怪我には注意を向けずに素早く起き上がって走って行った。


 そのあまりに無様な敗走に他の者も恐怖を煽られたのか、あいつだけ狡いと考えたのか、はたまた逃げるハードルが下がったのか……何にせよ、続々と武器を投げ捨てて逃げ出していった。

 俺としても逃げてくれた方がありがてぇ。

 腹は決まったとはいえ、格下相手に虐殺を続ける趣味はねぇ。


 それに……集落の方から、煙が上がっている。

 一刻も早く、あっちへと向かわねぇと。


「お、俺達じゃ絶対に無理だ! アザレア様に任せよう!」

「おい、集落の方に逃げてどうするんだお前!」

「トールマン様に知らせないと……」


 ……大将格が、集落の中にいるみてぇだな。

 エルネシスの最期を見ても、あの人なら勝てると思えるほど強いのか。

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