第305話

 集落の中は……既に酷い惨状になっていた。

 視界一面、例の軍服の騎兵だらけだ。

 建物は崩され、あちらこちらに火が放たれている。


 リトヴェアル族が応戦しているようだが……被害は、小さくはねぇようだ。

 地面は血に濡れており、リトヴェアル族の死体が転がっている。


 失敗した。

 相手がここまで大規模であることを、まったく想定していなかった。

 下手に動かず、俺はここに居座るべきだったか?


 いや、リトヴェアル族を全員一か所に避難させるのにも、限度がある。

 途中で俺の潰した隊がすべて集落に一度に攻め込んでいれば、俺がカバーできなかったところにいたリトヴェアル族が全員殺されていただろう。

 たらればを考えていても仕方ねぇ。

 俺が戻った以上は……もう、これ以上、ここでの被害は絶対に出させねぇ。


 それに……見かけほど被害はねぇはずだ。

 この集落には、アビスの襲撃に備えた地下室がいくつもある。

 非戦闘員はそこへ隠れているはずだ。

 問題なのは、そこが暴かれていねぇかどうか、だが。


 俺は早速敵騎兵を追い返して他の場所に駆けつけなければならないと思い、〖鎌鼬〗で狙う標的を捜していたのだが……つい、首の動きを止めてしまった。

 目についた男が、おおよそ戦場に似つかわしくない恰好をしていたからである。


 歳は三十代といったところだろうか。

 嫌味なカールの掛かった髪型をしており、口の上には先の丸まったちょび髭を携えていた。

 馬には金製の派手な馬具を装着しており、本人も何重もの金の刺繍の入った派手なマントを身に付けている。

 他の騎兵とは明らかに違う恰好である。


「トドメは吾輩に任せるがいい。それっ、吾輩の剣捌きを見よっ!」


 男は言うなり剣を抜き、血だらけで膝を突いているリトヴェアル族へと目掛けて馬を走らせる。


「さすがトールマン様! 豪快な剣技でございます!」

「それを斬ったら次の剣へと取り替えましょう。サーベルン伯爵よりいただいた剣の試し切りもまだでございますからね」


 トールマンとやらの男の周囲だけ、明らかに空気が違う。

 他も残虐な奴らばかりだったが……こいつらは、まるで鷹狩りにでも来たかのような軽さだった。

 俺は全く理解できず呆気に取られていたが、我に返ると怒りが沸々と込み上げてきた。


 遠いが……この距離なら間に合うはずだ。

 俺は〖鎌鼬〗をトールマンへと狙って撃ち込んだ。


「む……? な、なんだアレは!」


 トールマンが馬を止めてこちらを振り返り、声を張り上げる。


「閣下、失礼いたしますっ!」


 騎兵の一人が馬を走らせて接近し、そのまま馬の背を蹴って跳び上がり、トールマンへと体当たりを仕掛けた。

 トールマンは弾き飛ばされて宙に投げ出される。

 飛び込んできた騎兵は、地面に着地すると素早く身を伏せる。


 風の刃が、残された馬を横に両断する。

 トールマンの肩にも掠ったらしく、マントが切れて血飛沫を上げていた。

 浅くはないが、致命傷でもない。


【経験値を92得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を92得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが89から90へと上がりました。】


 ……仕損じたか。


 トールマンは肩を押さえながら目を血走らせ、叫び声を上げる。


「ぐ、ぐぅううう……!」


「ト、トールマン様!」


「だ、誰だ、この吾輩に無礼を働いた奴はっ! とっ捕まえろ! 吾輩がなぶり殺しにしてくれるわっ!」


 あのトールマンという男は、他の奴らとは明らかに気色が違う。

 敵の重要人物なのかもしれねぇ。

 仕留めるか……できれば、捕縛しておきてぇ。


「グゥオオオオオオオオオッ!」


 俺は空を見上げ、〖咆哮〗を上げる。

 喉に魔力を込めて、全力で放った。

 主力が来ているのならばここで数を減らしておきたいが、それよりも、これ以上集落を戦場にされるわけにはいかねぇ。

 俺の声を聞けば、率先して向かってくるか逃げるかに別れるはずだ。

 どちらにせよリトヴェアル族を相手する敵の数は減る。


 俺の狙い通り、集落のあちらこちらから敵騎兵が姿を見せ始めた。

 上等だ、全員纏めて相手してやる。

 だが……その前に、まずはあいつだ。

 トールマンへと目掛け、俺は駆け出した。


「〖サモン〗!」


 さっきのトールマンを庇っていた騎兵が、剣を振るう。

 四つの光が宙に浮かび、それは大きな翼を持つ、身体の細長い真っ赤なドラゴンへと姿を変えた。

 騎兵はトールマンの肩を抱きながら、その内の一体の背に跨る。


「……トールマン閣下は、私のミスで怪我をなされた。一度撤退する。あのドラゴンは、なんとしてでも仕留めておけ!」


 騎兵の男が周囲の他の騎兵へと伝えたと同時に、騎兵の乗っているドラゴンが別の方向へと飛び立った。

 あのドラゴン……俺よりは遅ぇが、それでもかなり速い。

 残りの三体が、一斉に俺に向かって低空飛行で向かってきた。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:リトルワイバーン

状態:通常

Lv :26/60

HP :221/221

MP :198/198

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……素早さ特化型の、C+ランクモンスターか。


「キガァァァアアッ!」「キガァアアッ!」

「ギガァァァアアアアッ!」


 俺は向かってくる三体へと〖鎌鼬〗を放つ。

 内二体は直撃して血を噴き出しながら墜落したが、一体が宙返りしながら器用に回避した。


【経験値を520得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を520得ました。】


 回避した一体が、そのまま突っ込んで来る。

 俺が前足の爪で引き裂いて動きを止め、相方が首を伸ばしてドラゴンの背へとかぶりついた。


【経験値を270得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を270得ました。】


 ……騎兵とトールマンを乗せたドラゴンの姿は、既に空の遠くにあり、小さくなっていた。

 あいつ……なんて判断の速さだ。

 俺に勝てねぇと踏んで、足止めを残して一瞬で逃げ去りやがった。

 嫌な奴を逃がしちまったかもしれねぇ。

 ステータスの確認くらいはしておくべきだったか。

 今ならまだ十分追えるが……戦場になっている集落を置いて追いかけるわけにもいかない。


「エーラン部隊長、援護が遅いと思えば……隊員はどうした!」


 集落の端から怒鳴り声が聞こえて来る。

 怒鳴られているのは、血塗れの騎兵であった。


「しゅ、集落に来る道中、でたらめに強いリトヴェアル族のガキとの交戦になり、全滅した……」


「ガ、ガキだと!? まさか、子供一人にやられたというのか!」


 子供……まさか、アロか?

 ……集落の近くまで来て、敵に備えてくれていたのか。


「そ、それだけではない。そのガキ、とにかく妙な魔法を使って……それに、魔物の襲撃もあったのだ! アザレア様の飛竜に興味を移していたようで、どうにか逃げられたのだが……」


「フン、ガキひとりにビビって逃げるくらいならば、そのまま潔く戦って死ねばよかったものの」


「おお、俺は、報告のためにもまだ死ねないと……」


 ……アロが、飛竜を追いかけていった?

 あいつらは、恐らく敵の重要人物だ。

 あの二人を押さえられれば、戦い自体、終わらせられるかもしれねぇ。

 集落に入っても余計な混乱を招きかねないアロが追いかけるのは、最善だといえる。

 ただ……Cランク以上の魔物を簡単に召喚できるとなると、本体も雑魚ではないはずだ。


 怪我は負わせられたはずだが、致命傷とはいえない。

 回復魔法さえあればすぐにでも治せる程度だ。

 アロの手に負えるかどうか……。

 あんまし、無茶はするんじゃねぇぞ。


 ……とにかく俺は、少しでも早くに集落に入り込んだ敵兵を片付けねぇと。


「お、おい、アザレア大部隊長が、トールマン様と逃げたぞ」

「アザレア大部隊長ならアンフィスくらいどうとでもなるんじゃ……。聞いてた奴と体格も違うし、ヤバい奴なんじゃないのか……」


 幸い、敵の士気はトップが逃げたこともあって、そう高くなさそうだ。


「皆ァ! アラン大部隊長に続けェッ!」


 集落の中央の方から怒号が響いてきた。

 目を向ければ、三メートル近い大男の姿があった。


 馬も他の騎兵が乗っているものとは、種族から違うようだった。

 とんでもなく足が図太い、大柄の黒馬である。

 鬣が異様に長く、足の近くまで垂れていた。目はギラギラと怪しく光っている。


「し、心配するな。オ、オデは、単身で、ドラゴンをぶっ壊したこともある。あれも、ぶっ壊す」


 ……厄介そうな奴がでてきちまったな。

 つーかあれ……本当に、人間なのか?

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