第302話

「にっ、逃げろっ! 無茶だ、無茶だあんなのっ! なんであんな化け物がこの森にいるんだよぉっ!」

「だ、だが、報告にも向かわずに逃げたら、後でトールマン様にぶち殺される……」

「そんなこと言ってる場合か! お前、あれを見てもそんなこと言えるのかよ! 恐怖でどっかおかしくなったんじゃねぇのか! あれは、ただのドラゴンじゃねぇ!」


 騎兵達が、次々に散っていく。

 ……この様子じゃ、これ以上戦う意味はなさそうだな。


 ハウン部隊長だった窪みへと目を向ける。

 血肉に混じり、一本の腕が上を向いてその場に落ちていた。

 少し離れたところには、衝撃に飛ばされた金属製杖が、血塗れで転がっている。


 つい、すぐ下へと目を逸らした。

 その直後、逃げる騎兵達から逆行して突っ込んで来る騎兵の姿があった。

 一人じゃない……六、いや七人はいる。

 その騎兵とのすれ違いざま、逃げていた馬に乗っていた男が身体から血を噴き出しながら馬から崩れ落ちた。


「フフン、馬鹿めが。ハンニバル様の命を全うせずに逃げようとは!」


 向かってくる騎兵が、崩れ落ちた男を尻目に口許を歪ませる。

 ……あいつら、正気かよ。


 向かってくる騎兵達は、リトヴェアル族が放った矢をことごとく掻い潜る。

 一本の矢が頬を掠めたが、受けた傷の血を舌で舐め取って不敵に笑っていた。


 死体を踏み潰し、最短の道を駆け抜けてくる。

 俺ほどではねぇが、速い。

 馬のステータスも確認しておくべきだったか。


 照準を合わせ、三発〖鎌鼬〗を撃ち込んだ。

 二人には直撃したが、一人はギリギリで回避してそのまま速度を落とさずに突っ込んで来る。


「ガァッ!」


 黒い光が、一人の騎兵へと纏わりつく。

 相方の放った〖デス〗のスキルだ。

 すぐに騎兵はふらりと馬から落ちた。


【経験値を522得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を522得ました。】

【〖ウロボロス〗のLvが88から89へと上がりました。】


 残った四人が、俺の腕の間合いの手前にまで入ってくる。


「今だぜ行くぞぉっ!」


 一人が叫ぶと、残りが俺へと剣を投げつけながら手を翳す。

 俺は剣は回避せず、放置することにした。

 剣は俺の体表に引っ掻き傷を残し、地面へと落ちる。


「〖ポイズン〗!」「〖パラライズ〗!」


 騎兵達が一斉に唱えると、紫の煙と黄の煙が混ざって濁り、俺の前方を包み込む。

 すぐに広がって俺の顔の先にまで来た。

 目晦ましか!


 俺は腕を振り下ろし、予想軌道へと振り下ろした。

 バフッと毒煙が左右に別れる。

 外したと理解した次の瞬間、騎兵達が左右から飛び出し、俺へと背を向ける。


「ゲホッ、ゲホッ! くそ、ちっと吸っちまった! 最悪だ!」

「おらっすぐにずらかるぞ!」


 俺は遅れて攻撃しようとしたが、違和感を覚えた。

 ……こいつら、武器投げて逃げるのが目的か?

 確かに浅いとはいえ手傷があったせいで、そこから毒煙が入り込んでやや身体が痺れるが、この程度の状態異常ならばさして支障はない。


 四人が毒煙から逃げ出した後、煙を突っ切って一騎の漆黒の大馬が俺へと突撃してきた。

 馬の片目が抉れているが、かなりの昔の傷のようだった。

 馬だけであり、主は乗っていない。


 前足の爪で、下から掬い上げるように切り裂いた。

 馬の胸部から顔面に掛けて真っ赤な線が入り、突進してきた勢いのまま血を噴き出して俺に転がってくる。


【経験値を124得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を124得ました。】


 馬だけ……? 乗ってきた奴は……?

 その答えに辿り着くより先に、ふっと頭の先に気配を感じた。


「〖パワー〗! 〖パワー〗! 更に〖パワー〗!」


 よく通る聞き覚えのある声。

 大部隊長、ハンニバルのものである。


「これが我の、全力の一撃なり!」


 大槍を手に、身体を捻る隻眼の男、ハンニバルの姿があった。

 俺の額に大槍が突き立てられた。

 頭に、激痛が走る。


 部下に毒煙を撃たせて目晦ましをし、その中を〖忍び足〗で気配を薄くして突っ切り、〖大跳躍〗で馬から離脱して来て弱点の頭部を狙いに来やがったのか。

 とんでもねぇ奴だ。


「グゥッ……」


「更にもう一発だァッ!」


 ハンニバルが俺に槍を突き立てた反動を利用して身体を一回転させ、拳を振りかぶって槍の尾を的確に殴りつける。

 槍がより深く刺さり、俺の頭から蒼い血が流れ出す。


「さすがお頭ぁ!」「やってくれるぜ!」

「やっぱ俺らの隊の最強はお頭だ!」

「フハハハ馬鹿者が! 今は〖飢えた狩人〗の第七大部隊長、ハンニバル様と……」


 俺は落下していくハンニバル目掛けて顎を叩き落とす。


「なっ! こ、こんな……」


 ハンニバルが身体を捻り、俺の顎を肩で受ける。

 ごきりと、顎越しにハンニバルの身体の骨がへし折れた感触が伝わってくる。


「があっ……ああぁぁあぁぁっ!! ああぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ハンニバルが大口を開けて悲鳴を上げる。

 地面に激突するのと同時に、相方がハンニバルの身体の上に、そっと顎を添えて地面と挟み込んだ。

 プチッっと、何かが潰れるような音が聞こえてきた。


【経験値を234得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を234得ました。】


 俺は近くの岩へと首を振り下ろし、額にぶっ刺されている槍へと打ち付けた。

 槍が俺の額を抉りながらへし折れて宙を舞う。


 相方……スマン、治してくれ。


「ガァッ」


 相方が鳴くと、俺のすぐ目の前に光が生じ、それは俺の額へとしみ込んでいく。

 額の怪我はあっという間に回復した。


 先ほど〖毒煙〗を撒いて離脱していった、ハンニバルの直属の部下だったらしい四人へと目を向ける。

 彼らはこちらを見てヘラヘラと笑っていた顔を蒼白へと変えた。


「お、おお、お頭ァッ!」


 一人が馬を止め、俺の方へと戻ってこようとする。


「も、戻れ! お頭はもう生きてねぇ!」


 馬の速度を引き上げて逃げ去って行く。

 俺は周囲を見回す。


 すでにこの場にいた八十の騎兵の姿はない。

 死体の山が残っているだけである。

 ほとんどは逃げ出したようだ。


【称号スキル〖災害〗のLvが8から9へと上がりました。】


 ……どんどん上がってくな。

 もう覚悟はしてっけどよ。

 次、進化しねぇ方がいいかもしれねぇなこれ。

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