第684話
続けてトレントが石板を読み上げる。
『神の声は邪神フォーレンを封じた六大賢者の一人であり、理想郷イデアの出身である』
旧世界……理想郷イデア。
どんな奴にも親はいるとはいったもんだが、神の声の故郷と聞くと違和感しかねえ。
ただ、世界一つ丸ごと造って支配できるところを見るに、本当にとんでもねぇ技術を持っていたらしい。
『理想郷イデアはこの世界の住人では理解の及ばない技術が発達しており、世界を交わらない別空間として分割できたという。六大賢者は分けられた世界の代表であり、恐らく理想郷イデアはこの六界を包括した総称である』
六界……神聖スキルの説明文にあった世界のことだろう。
【神聖スキル〖人間道〗】
【人の世界を支配する権限を得る。本来の力は失われているが、進化先に大きな影響を与える。】
ようやく何となくだが、邪神フォーレンと旧世界のことが見えてきた。
ただ……どうにも気になることがある。
俺がどっから紛れ込んで来たのかってことだ。
理想郷イデアに六界。
この話の中に、俺の前世の地球の絡む余地が全くないように思える。
何かしら関係があるんじゃねぇかと思っていたが……。
ただ、明確に妙なことがある。
神の声は俺の記憶する前世の世界や、その記憶が混在した理由を知っているようだった。
おまけに奴は、俺を同郷だと呼んでいた。
言葉の綾のようなものなのか……俺を騙すためのでっち上げだったのかはわからねぇが。
疑ってたらキリがないが、これを記したヨルネスだってどこまで信用していいのかわからねぇ。
『神の声の目的は、邪神フォーレン復活によるこの世界の崩壊。そして理想郷イデアの復活にある。邪神フォーレンを封印する際、理想郷イデアを媒体としたそうだ。神の声にとっては邪神フォーレンの復活は副次的なものであり、その真意は理想郷イデアの再誕にある』
要するに、邪神フォーレンを理想郷イデアごと封じ込めたってことか……?
確かに壁画を見るに、とんでもなく巨大な化け物だったようだ。
それくらいする必要があったのかもしれない。
『神の声の恋焦がれる地、理想郷イデア。神の声の目的がここにある以上、奴の弱点となり得る可能性がある。仮に理想郷イデアの再誕が不可能となれば、奴は世界を破滅に追い込んで邪神フォーレンを復活させる動機もなくなる』
……今までで、一番大きな情報かもしれねぇ。
力と情報に差があり過ぎて、今までは戦闘も交渉も現実的ではなかった。
ただ、もし俺がこの先に新たな神聖スキルを得て、理想郷イデアの再誕を封じることができれば、神の声の計画を頓挫させることができる。
これはもしかしたら大きな武器となり得るかもしれねぇ。
『現在は私が聖堂を築いてはいるが、かつてはここは古き神殿跡であった。ここにある壁画は理想郷イデアをモデルにしており、六大賢者の子孫が彫ったものだとされている』
六大賢者の子孫は、あちこちに遺跡みてぇなのを遺してるんだな。
最西の巨大樹島のエルディアの居城も六大賢者の子孫のものだったはずだ。
ミーアもヨルネス同様に神の声に関する情報を石板に記していた。
もっと探せば、六大賢者の子孫や、過去の神聖スキル持ちの遺してくれた手掛かりを得ることができていたんだろうか。
『この先の螺旋階段の遥か下には、神の声の箱庭が存在する。奴は神聖スキルを悪用して造った魔物達から自我を奪い、別の時代で活用するために保管しているのだ。もしレベル上げや特別なアイテムが必要となれば、ここへ侵入する必要に駆られるかもしれない。ただし、ここへ立ち入るには最低でも伝説級の魔物を討伐できる実力が必要となる。後世の聖女に必ず伝えよ』
こっちはむしろ入口扱いだったのか?
いや、この世界にしろンガイの森にしろ、何千年、何万年続いているのかわかったもんじゃねぇんだ。
その時代その時代に神の声が都合のいい方に使っているのだろう。
この場所だって、神の声が不都合と感じれば潰す手段はいくらでもあったはずだ。
『私は知略と戦闘の才に長ける。この世界に流れた夥しい年月の中でも名が霞まぬ程の傑物であると自覚している。いずれ私は人格を奪われ、神の声の人形にされることだろう。これを読んだ未来の英雄が私を打ち倒し、この世界を開放してくれることを祈っている……』
トレントはそこまで読み上げると、俺を振り返った。
『……以上ですぞ、主殿。参考になりそうですかな?』
『ああ、ヨルネスはとんでもねぇ悪人だったんじゃねぇかって疑ってたけど、奴のことは信じていいんじゃねぇかって思う』
呪いの鎧のせいでどうにもいい印象はなかったのだが、ヨルネスの啓示石を見るに、彼女もまた神の声を出し抜こうと懸命にもがいていたようだ。
……ざっくりとした実績だけ見て、いい奴だったかどうかの判断なんてできねぇよな。
俺だって百年後には、勇者と聖女を殺したとんでもない邪竜がいたらしいって伝わっているのかもしれねぇ。
俺はふと、思い出していたことがあった。
初めてリリクシーラに会ったときに、彼女が口にしていたこと。
リリクシーラは、リーアルム聖国の地下に、このような場所があることを示唆していた。
『我が国の地下聖堂の最奥部にて、聖神様の重大な秘密が示されております。アーデジアの偽王女の問題が片付きましたら、一度お招きいたしましょう。貴方には、知る権利があるべきです。元より、見返りの一つが、地下聖堂への招待のつもりでした。貴方が今まで思い悩んでいた答えの多くが、そこにあるはずです』
『……そうできる場合もあった、というだけです。あのとき私は、既に貴方を裏切る方を主流に考えていました』
……リリクシーラは本当に、俺と手を組んで神の声の鼻を明かす計画を立てていたのだろう。
ただ、どんなことを考えていても、神の声が少し介入すればそれでお終いである。
圧倒的に力で劣るリリクシーラは、結局神の声の造った世界の流れに抵抗することができなかった。
『お前の仇も……絶対、取ってやるからな。リリクシーラ』
俺がそう呟いたとき、外から大きな音が聞こえてきた。
建物が一つ崩れたかのような轟音だ。
ここは恐らく、リーアルム聖国の聖堂であるはずだが……。
もしかすれば、神の声が解き放った〖スピリット・サーヴァント〗の襲撃を受けているのかもしれない。
一刻も早く、外へ向かった方がよさそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます