第429話

 蜘蛛の下半身に、竜の翼。

 そして、あの森で出会ったとき同様の、中性的な容貌の人間の上半身。


 アラクネモードのスライムが、俺目掛けて疾走してくる。

 あの頃と違うのは、スライムに実際に色がついているせいで、余計に気持ち悪いってところだ。

 蜘蛛の八つの目はそれぞれに別の色の輝きを伴い、忙しなく蠢いている。


 目前の床に、唐突に切れ目が入る。

 俺は嫌な予感がし、背後へ逃れる。

 床の切れ目が広がり、その延長線上にあった俺の翼を何かが掠めた。


 何かをされた、それしかわからなかった。

 ここの床は、戦闘を想定して頑丈な金属で作られている。

 そのことはローグハイル戦でも確認済みだ。

 だが、それが豆腐の様に切られていた。

 この攻撃はマズイ。


 顔を上げれば、俺へと迫ってくるスライムが腕を上げていた。

 また今のをやってくるつもりだ。

 攻撃の正体が掴めない上に、威力が馬鹿みたいに高く、発動までもが早すぎる。


 俺は身を翻し、スライムに背を向けて走る。

 格好悪いが、奴の攻撃を完全に見切れるまではまともに対峙もできない。

 謎の切断の正体に大まかな見当はついているが、攻撃の軌道がわからないのが厄介すぎる。

 このまま正面に立っても、謎の攻撃に対応できずに細切れにされるだけだ。


 床だろうが壁だろうが最高速度で追いかけてくる上、空まで飛べるのだから洒落にならない。

 俺は低空飛行を続けていたが、危機を察知して後ろ足を伸ばして強引に着地し、身体を九十度捻じ曲げて真横へ駆け出した。

 俺の今まさに立っていた床に、巨大な極薄の刃で斬られたような切断面が生じる。


 俺は逃げながらもスライムのステータスを浮かべ、脳内でどのスキルを使われたのかを考え、神の声へと質問を重ねてスキルの詳細情報を得ていく。


 恐らく、スライムの今使ったスキルは〖断糸〗だ。

 極細の糸に質量と頑丈さを付与し、超高密度の巨大ナイフとして放つスキル、とのことだった。

 しかし、それにしても攻撃力が高すぎる。


 振り返り、糸のある位置を目を細めて睨む。

 ギラリと、どこか見覚えのある銀色の光を放つ線が見えた。

 俺は唾を呑む。


 スライムは、自らの身体の一部を別のスキルで金属化させた上で、〖断糸〗の糸へと変形させることで、威力を底上げているのだろう。

 ただでさえ見え辛く利便性の高い〖断糸〗のスキルに一手間加えることで、ローコストな一撃必殺レベルの攻撃として昇華させている。

 好きなだけスキルの拾い集めのできる、奴だけが可能な技術だ。


 確かに、金属化によって強化された〖断糸〗のスキルの威力はとんでもない。

 だが、俺が気に掛かった点は、他にもある。

 この金属が、マギアタイト爺さんと同種のものだ、ということだ。


 さっき奴のステータスを見たとき、確かにスライムのスキルに〖マギアタイト〗があった。

 ふと、マギアタイト爺さんの言葉が、頭に過ぎる。


『奴ハ、必要ナスキルガアッタカラダトイイ……奴ノ恩人デモアル、余ノ古イ友ヲ殺シタノダ』


 疑ってたわけじゃないが……爺さんの親友の仇だってのは、本当らしい。


「どうだい? ボクのこの、とっておきのスキルの威力は!」


 テメェのじゃねぇだろ。

 通常スキル〖断糸〗も、特性スキル〖マギアタイト〗も、どっちも他の奴から奪ったスキルだろうに!

 我が物顔で扱いやがって。


「横一字!」


 スライムの人間体が、腕を鞭の様に撓らせた。

 俺の斜め後ろの壁に、大きな切れ目ができる。


 俺は慌てて前足を横へ突き出しながら、切れ目の生じた壁とは逆方向へと飛ぶ。

 爪に〖断糸〗が触れて金属音が響き、俺は逆方向へと弾かれる。

 俺は翼を広げ、そのベクトルを浮力に転じて宙に浮く。


 俺のすぐ下で、壁に大きく〖断糸〗の切断面が生じた。


「グッ……」


 助かった……と思いきや、防御に用いた爪が砕け、指先が蒼い血に覆われる。

 まともに巻き込まれていれば、身体が真っ二つ……はウロボロスの鱗と体力ではさすがにないだろうが、かなりの深手を負わされていたことは間違いない。


「アハハハハ! 逃げてばっかじゃジリ貧じゃないかなぁ、イルシアァ? もう大人しくさぁ、ボクに食べられて死んじゃえよ! キミのレアスキルは、ボクの方が上手く扱えるに決まってる!」


 ただでさえ、スライムはステータスで俺よりも一歩上を行く。

 そのスライムが、中距離で隙の少ない速攻型スキルを放ってくるのだ。

 普通に動いていれば防戦一方とならざるを得ない。


 しかし、いつまでも一方的に攻撃を受けていては、いずれ持たなくなった俺が死ぬ。

 分が悪くとも、とにかく賭けに出ていくしかない。


 俺は翼を羽搏かせ、前脚を振るう。

 翼が押し出した風が爪を伝い、刃となって宙を疾走する。

 〖鎌鼬〗のスキルだ。


 スライムはあっさりと横へ動き、風の刃を回避する。


「なに、この遅い攻撃? 威力も範囲も、大したことないねぇ。攻撃ってのはさぁ、このくらいやらなきゃダメでしょ?」


 宙へ浮いた俺目掛けて、続けてスライムが腕を振るう。


「そうら、お次は縦だよ。アハ! キミはいったいどこまで逃げられるのかな?」


 縦の攻撃ならば、横の薙ぎ払いに比べて範囲は狭い。

 対処不可能ではない、充分に回避できる。


 だが、スライムはすでに構え直している。

 俺の対応に応じて次の攻撃を放つ算段なのだろう。

 甘い動きをすれば、それが隙となる。


『相方ァ、チット止マッテロ!』


 相方が首を伸ばし、顔を傾ける。

 何をして――と問い掛ける間もなく、銀色の一閃が相方の顔面を襲い、痛烈な斬撃を叩き込む。

 青い血が舞い、床へと垂れる。


 だが、そこで〖断糸〗が止まる。

 相方が糸へと喰らい付いたのだ。

 スライムの顔が曇る。


『初メテ見ルガ、コイツハ確カニ気ニ喰ワネェナッ!』


 相方が勢いよく首を引く。

 スライムの身体が大きく揺れ、身体が僅かに俺側へと浮いた。


「うぐっ……」


 その後、スライムが腕を振るい、プツンという音が響く。

 糸を身体から切り離したようだ。


 行ける。

 小さな隙だが、何もねぇよりはマシだ。

 強引にでも、ここを起点に攻めるしかねぇ。


 奴がMP度外視で暴れ始めたら手の付けようがないのは、最初に嫌というほど思い知らされた。

 このアラクネモードの内に、多少無茶をしてでもダメージを稼がせてもらう。


 俺は翼を広げ、地を後ろ足で蹴飛ばして跳び上がる。

 そのまま低空飛行で、体勢の崩れたスライムへと距離を詰める。

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