第430話

 振りかぶる前足に魔力を込め、黒炎を灯らせる。

 〖ドラゴンパンチ〗のスキルだ。


 粘体のせいで打撃の衝撃を伝え辛く、おまけに自在に変形する身体のせいで捉え辛い上に反撃を受ける恐れもある。

 接近戦を挑むのは避けたいところだが、〖鎌鼬〗では威力が不足している上に、当たってくれるとも思えない。


「ステータスを見なかったのかな? ボクの方が威力も速度も上なのに、ちょっと体勢が崩れたからって、突っ込んできちゃっていいのかい? まぁ、こんな小さな隙にも縋らないといけないほど、キミが不利って考えには同意だよ」


 下半身の蜘蛛の翼が変形し、二つの巨大な悪魔の腕となった。

 腕が前へと伸び、俺を迎え討とうと構える。

 悪魔の腕から長い爪が伸びる。それはまるで、並んだ剣のようでもあった。


 宙より飛び掛かる俺へと、悪魔の二本の腕が伸び、爪撃を放つ。

 速い。それに、元がスライムだから、リーチを延長するのも自在だ。

 間合いが長過ぎる。


「ほうら、〖麻痺爪〗の一撃はどうかな!? 避けれるもんなら避けてみろよ!」


 俺の胸部へと爪が突き刺さる。

 鱗を貫通し、深々と肉を抉る。

 一瞬笑みを浮かべたスライムの顔が固まり、目が細められる。


 俺は胸を爪に貫かれても、振るう腕を止めてはいなかった。

 大振りで放つ拳。

 重い一撃。

 しかしだからこそ、その予備動作のために普通ならどうとでも対処できていしまいそうな、そんな動きだった。


 だが、今は当たる。

 敵が機先を制して攻撃してやった、これで俺の攻撃動作が止まると、そう確信してほくそ笑んでいるところをぶん殴ってやれる。


「最初から、回避を捨ててやがったのか!」


 二回殴られても一発殴り返せば最後には勝てる、HPで圧倒的タフネスを誇るウロボロスだからこそ取れる戦法である。

 確かに俺は、攻撃力でも素早さでも劣っている。

 だが、最大HPじゃ俺が上だ。打たれ強さじゃ負けねえぞ。


「グゥオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


 俺は前足に更に魔力を溜める。

 黒炎が膨張して俺の腕に纏わりつく。


 狙うは、スライムの顔面だ。

 所詮疑似体、頭を叩き割っても何も変わらねえだろうが、首から上を吹き飛ばしてやる。


 勢いよく、スライムの顔面目掛けて〖ドラゴンパンチ〗を放つ。

 次の瞬間、拳に激痛が走った。

 骨に罅が入ったらしい。


 明らかに、奴を殴った感触じゃねぇ。

 何か、壁の様なものに攻撃が阻まれたのだ。


「危ない危ない……油断大敵だね」


 俺が殴ったのは、巨大な亀の甲羅だった。

 スライムの顔から、下半身である蜘蛛との接合部位である腰に掛けて、巨大な亀の甲羅が覆っている。


 甲羅には渦を巻く様な細かい模様が走っており、エメラルドの輝きを放っている。

 俺に殴られる直前に、スライムが自身の身体の体表へと、亀の甲羅を浮かべたのだ。

 とんでもねぇ硬度だ。


「凄いでしょ? 千年亀アスピドケロンの甲羅さ。実物はもっと大きいけど、硬度は完全に再現してるよ。こいつを狩るのには、なかなか苦労した。でもその分、ボクはとっても気に入っている」


 悪魔の右腕が、拳を握りしめて俺の腹部をぶん殴った。

 背まで突き抜けんほどの衝撃が走る。

 拳が鱗を割って肉を抉る。内臓が拉げる感覚。

 俺は後方へと飛ばされた。


 視界が、白黒する。

 拳の激痛に意識を取られ、まともに直撃をもらっちまった。

 とにかく今は、〖自己再生〗を……!

 腹の中がグチャグチャで、このままだとまともに動くことさえままならねぇ。


「ガァァッ!」

『相方ァ、シッカリシロ! 続ケテキテンゾ! オイ!』


 続いて悪魔の左腕がリーチを伸ばし、俺の側頭部を打ち抜いた。

 俺はそれも回避できなかった。

 爆音が脳内に響き、一瞬、思考が完全に跳んだ。


「このボク相手に、不用意に近づくからそうなるんだよ。安全策を取って動いてようが、遅いか早いかの違いってだけの話で、この結果には変わりはなかったけどね」


 スライムが、腕を振りかざすのが見える。

 あの糸が来る。だが、身体が動かねぇ。

 思考に霞が掛かる。動けと命じても、思う様に身体が動かない。


『チッ! チョット借リンゼ!』


 相方が首を伸ばして俺の目を見て、瞳を真紅に輝かせる。

 〖支配者の魔眼〗だ。

 〖支配者の魔眼〗は、波長の合う相手を一時的に操ることができる。


 俺の身体が勝手に動き、跳ね上げられた宙で翼を広げ、急上昇してスライムの〖断糸〗を回避した。


「ガアァッ!」


 相方が吠える。

 〖ハイレスト〗の光が身体を覆う。

 すぐに〖支配者の魔眼〗が切れて、俺へと身体の支配権が戻る。

 俺は急いで〖自己再生〗で、攻撃を受けた部位の回復を行う。


 す、すまねぇ相方……危うく、あのままぶっ殺されるところだった。


『後デ戻ッタラ、美味イモンタラフク喰ワセテモウラカラナ!』


 お、おう。

 いくらでも任せてくれ。

 王都には珍味から美味、なんでもあるはずだ。


 リリクシーラの言っていた通り、俺が国を大手振って歩けるのがいつになるのかはわかんねぇが、人化して歩く分にはお咎めなしだろう。

 リリクシーラにたかるなりしてどうにか金を工面して、色んな喰いもんを買い漁ってやる。


 ……もっとも、そのためには、目前のあいつをぶっ飛ばさねぇといけねぇわけだけどな。

 連撃を受けたら一瞬でHP0まで持ってかれる。

 油断してたわけじゃねぇが、マジで刹那の気も抜けねぇ。

 こいつはヤバすぎる。


「……糸でとっとと終わらせたかったんだけど、こうも粘るとは。まさか、とっておきの一つ、千年亀の甲羅まで使わされちゃうとはね」


 スライムの身体が震える。

 粘体が沸騰した様に泡立ち、質量が増していく。

 また形状を変えるつもりか。


 下半身の蜘蛛の身体に節目が生じて全長が伸び、脚の内前の二本が膨れ上がり、鋏へと変形していく。

 小柄だった身体も急成長し、上半身だけで二メートル近い大男へと変わる。


「聖女が出て来ない内に、魔力も時間も掛からない糸で手軽に終わらせたかったんだけど、ちょっと焦り過ぎてたのかもしれないね。あのときはステータスの差も酷くて、スキルもまともなものを揃えられていなかったけど、それでもキミは、一度はボクを相討ち手前まで持って行ったドラゴンだ。一番お気に入りの、戦闘用の組み合わせで戦ってあげるよ」


 下半身が、大蜘蛛から大蠍へと変化した。

 人間の上半身には千年亀とやらの甲羅を盾にして構え、逆の手には巨大な刃を握っている。

 更に肩から二本の腕が伸びて、その手にも刃が握られていた。


 腹部が蠢き、梟の顔を象る。

 梟の顔はつぶらな目を、左右不規則にあっちこっちへと向け、嘴をパクパクと動かす。

 ぐるりと顔が回った。

 アレは称号にあった〖気触れの智慧梟〗か?

 だとすれば、奴も奴で、名高い魔物だったのだろう。


「ポオォォォォォォォォオオオオッッ!」


 梟が発狂したかのような雄たけびを上げながら、もう一度ぐるりと顔が回った。

 スライムの身体を、赤や青の光が纏っては消えを繰り返す。

 あれは、身体能力強化魔法か?

 なんだ、何種類使いやがった?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:カオス・ウーズ

状態:パワー(大)、クイック(大)

  :物理耐性強化、魔法耐性強化

Lv :100/125

HP :1590/1681

MP :1169/1780

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 い、今の一瞬で四つだと!?

 ただでさえステータス頼みの戦闘じゃ押し負けてたのに、ここに来てフル強化なんて冗談じゃねぇぞ。


 魔力は着実に減っている。

 奴の使い方が大雑把、というよりは、言動から察するに、気を付けてはいるが、〖カオス・ウーズ〗の強みを活かそうと思うと、どう足掻いてもMP消耗が激しいのだ。

 特に、開幕三重〖ドラゴフレア〗が響いている。


 既に三分の一強のMPがなくなったと思えば、勝機が皆無ではない。

 だが、奴のスキルに、不穏なものがある。


【通常スキル〖命のマナ〗】

【生命力を燃やし、魔力の糧とする。】

【HPをMPに変換することができる。】


 奴のステータスにあったこのスキル……MPを気にしている奴が未だに使っている様子がないことを思えば、効率の悪い、ただの死にスキルなのかもしれねぇ。

 だが、どうにも不気味だ。

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