第431話
「これ以上長引かせるつもりはないんでね! 一瞬で片を付けてあげるよ!」
異形の騎士と化したスライムが、叫びながら俺へと襲い掛かってくる。
巨大な翼を持つ蠍の下半身に、各々に剣や盾を握る四つの腕、そして胸部には、目をぐるぐると回す梟の顔があった。
特に気を付けるべきは、腹の梟だ。
〖気触れの智慧梟〗は、ステータス強化魔法を一瞬で四つ使いやがった。
フル稼働は燃費はかなり悪いはずだが、仮に攻撃魔法も熟せるのならば、アレ単体でも恐ろしい魔物だ。
常に動向に気を配らねばなるまい。
……次に注意をすべきは、四つの腕の一つが持つ、甲羅の盾だ。
あれは本人の述べていた通り、〖呪いの千年亀〗の甲羅を模したものだろう。
あの甲羅の盾は、俺の〖ドラゴンパンチ〗をほぼ封殺した。
通常攻撃で貫通するのはまず不可能だ。
この二つは、奴の称号スキルにもある。
恐らく、高位の魔物を取り込んだ際に、称号スキルとして反映されたのだろう。
だとすれば、強力な形態には称号スキルがある、ということだ。
称号スキルにある形態を優先して警戒していくべきだろう。
その説から考えて行けば、奴のメイン形態は称号スキルの六つ、〖呪いの千年亀〗、〖気触れの智慧梟〗、〖醜悪な竜〗、〖八足の死神〗、〖巨蟲塊〗、〖堕ちた鳳凰〗だ。
〖醜悪な竜〗は〖ドラゴフレア〗を放ってきた形態として、〖八足の死神〗は〖断糸〗を連発できる蜘蛛のことだろう。
〖巨蟲塊〗と〖堕ちた鳳凰〗はまだ目にしてさえいない。
できれば使われる前に倒したいところだが……その前に、何でもアリのこいつをどうしのぎ切るかが問題だ。
俺は跳び掛かってくるスライムに対し、前足を上げ、後ろ足を勢いよく伸ばして背後へと大きく跳んで回避する。
スライムの振り下ろした剣が床をぶっ叩く。
床に深々とめり込んだ剣を、スライムは軽々と引き抜いた。
と、とんでもねぇ威力だ……。
速度も、ステータス補正のある間は、俺じゃ絶対に敵わねぇ。
この手の相手には、ステータス補正が切れたタイミングでかけ直すまでの隙を突きたいところだが……奴は、驚異の四回行動ができる。
切れたステータス補正も、魔法のスペシャリストである〖気触れの智慧梟〗が即座に掛け直す上に、並行して他のスキルを三つまで使えるため、まったく隙にはならない。
ゲームなら即クソゲー認定の超チート仕様である。
バランス調整も何もあったもんじゃねぇ。
おまけに粘体だから、体勢が崩れても即座に持ち直せる。
どこにも隙がねぇじゃねぇか。
俺はそのまま翼を広げて距離を伸ばし、宙に滞空した。
上空よりスライム目掛けて〖鎌鼬〗を連続で放つ。
スライムが軽々と上げた甲羅の盾が〖鎌鼬〗を完封する。
数多の風の刃が、スライムの掲げる盾の網目模様に、吸い込まれる様に消えていく。
〖鎌鼬〗によって床には傷がつくが、スライムは微動だにしない。
「いつまでチマチマやっているつもりなのかな?」
風の刃の雨が止んだところで、スライムが剣を構える腕を横薙ぎに振るう。
巨大な一振りの斬撃が俺を襲う。
剣士のスキル〖衝撃波〗だ。俺は高度を落とし、頭を下げて回避する。
掠めた鱗が容易く砕ける。同時に、背後で天井に罅の入る音が響いた。
え、えげつねぇ……。
肉弾スキルも、攻撃魔法スキルも、補助魔法スキルも完全に扱い切れる相手が、これほど厄介だとは思わなかった。
これ、あいつのMPある限り無敵じゃねぇのか?
「……う~ん、ステータスに補正かけても、まだこんなものかな?」
スライムは言いながら、剣を握る三つの腕を上げる。
……お、おい、まさか、冗談だろ?
スライムが三本の剣を出鱈目に振るう。
十近い〖衝撃波〗が、滞空する俺へと目掛けて放たれる。
俺は慌てて翼を畳み、頭部を下にして急降下する。
だが、〖衝撃波〗の嵐を完全には回避できねぇ。
直撃を取られるわけにはいかない。
俺は宙返りして体勢を整え、〖衝撃波〗へと正面から向かい、身体を丸め、両翼を身体の前に回す。
翼に、一閃の激痛が走る。
いや、翼だけじゃねぇ。部分部分、〖衝撃波〗がガードの翼を貫通している。
攻撃は、俺の両翼越しに胸部にまで達していた。
ぐぅっ!?
チッ、思ったより重い。
だが、翼の損傷は……〖自己再生〗で、どうにか補えるか?
ならまだ戦える。
俺は身体を襲った衝撃に抗わず、敢えてそのまま背後へと弾き飛ばされる。
こうすることでダメージを極力受け流せる上に、スライムから距離を取れる。
この間に……どうにか、〖自己再生〗で急速に損傷を回復させる。
俺は蒼い血を撒き散らしながら宙を舞い、どうにか応急処置で再生させた翼を広げる。
翼に空気抵抗を受け、地面スレスレで宙に留まる。
俺は安堵の息を漏らす。
これでどうにか、地面や壁に叩きつけられずに済んだ。
しかし、一旦逃げるべきか?
今の俺のステータスじゃ、一瞬一瞬を生き延びるのが限界だ。
奴のMP切れまで絶対に持たない。
いや、しかし……奴を倒せる機会が、今後訪れるかどうかも疑問なところだ。
確かにスライムが進化しても、俺も進化しちまえば追いつけるかもしれねぇ。
聖女ともっと協力して準備を進めて行けば、次はもっと勝率が高い場面で戦えるかもしれない。
だが、進化を挟めば、次の戦闘の規模は膨れ上がる。
スライムも今まで以上に部下を増やし、育て直そうとするだろう。
そのとき巻き込まれる人間達の数も、かなり上昇するはずだ。
どうにか外に引き摺り出すか?
王都アルバンが大混乱に陥るが、リリクシーラが参戦してくれる可能性が高まる。
元よりリリクシーラは、下手に他国の城で暴れ、誤解でアーデジア王国との間で問題を抱えることになったり、聖国内の政敵に付け込まれる隙を作りたくない、という話だった。
今の徹底した不干渉を見るに、俺が奴を外に引き摺り出すまでは、手を出す気は一切ないのかもしれねぇ。
だが、スライムを下手に外へ誘導しようとしても、聖女との連戦を恐れている奴は、そのまま逃げ出すかもしれない。
前にも戦ったからわかるが、奴は残忍で性悪で、目的のためには手段を択ばない。
しかしその実、酷く臆病で慎重だ。
俺に続いて外まで追いかけて来るとは思えない。
戦闘を中断する手段としてはいいかもしれないが、奴に勝つ方法にはならない。
俺は床に降りるために足を伸ばし、スライムの位置を確認するために目線を上げ……あ?
「今ので、ボクから距離を取れると思っていたのかな?」
スライムの奴は、既にすぐ目の前にまで迫ってきていた。
こっ、ここまで速いのか!?
確かに【クイック(大)】がついているとはいえ、これはさすがに規格外過ぎる。
ここまで来たら、勝負になってんのかどうか自体、怪しいところだぞ。
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