第432話
しくじった。
補正も合わさって俺にステータスで圧倒的に勝るスライム相手に、ここまで近づかれちまった。
おまけに近接戦は、一瞬で勝敗がついちまう。
MPを削ってちまちまと戦うことができない。そもそも、ステータスの差がまともに出ちまう。
いや、いつかこうなることは避けられなかった。
俺も元々、同等以上の相手に距離を置いて戦えるスキル構成じゃねぇ。
遠距離攻撃が完全に甲羅の盾に殺される以上、近接技でしかダメージも与えられない。
ここを凌げねぇのなら、俺は最初から、こいつの前に立った時点で詰んでいたということだ。
スライムが、三本の剣を振り上げる。
俺の意識が上に向いたとき、胸部の梟が鳴いた。
「ポォォォオオオオッ!」
赤々と輝く炎の球が梟の顔のすぐ目前に生じ、即座に俺へと叩きつけられる。
〖ファイアスフィア〗のスキルか!
俺は左翼を前に回して防ぐ。
翼の表面に火柱が上がった。
左翼を上げたことで視界が塞がった左側から、スライムが剣を振り下ろす。
俺は左の前足を上げる。剣を受けた爪が砕け、前脚の肉に剣がめり込む。
続いて振り下ろされる二つの凶刃が襲い来る。
俺はそれを防ごうと上体を持ち上げて右前足を構えたが、途中で止めた。
妨げるもののなくなった双剣の刃が、俺の首元に深々と突き刺さった。
意識が、遠退きそうになる。
即座に相方の〖ハイレスト〗が届く。
『オイ、ナンデ防ガネェ!』
……この手数を、完全にしのぎ切るのは無理だ。
まだ、次が控えてやがる。
俺が取ることのできる行動は、全てを回避することじゃねえ。
受ける攻撃を選ぶことだ。
「ポォォォオオオ……」
目玉をぐるぐると回す梟の嘴の先に、黒い光が集まっていく。
あれは〖ハイスロウ〗だ。
今の状況で受けたら、そんまま勝敗が付いちまう。
俺の読み通りだ。右前足を残しておいて助かった。
俺は魔法が放たれるより一瞬早く、空いた右前脚を梟目掛けて叩きつける。
俺の奴に対するアドバンテージは、タフさしかねぇ。
それしかできねぇなら、骨を断たせて肉を切り続けるしかない。
「無駄だよ」
スライムが口元からぺろりと舌を出していた。
俺の右前脚が、強靭な甲羅の盾に阻まれる。どれだけ犠牲を払っても、ただ一打の攻撃さえも届かない。
こんままじゃマズイ。あの馬鹿梟の〖ハイスロウ〗が来ちまう!
「グゥオオオオオオオッ!」
右足の力を高め、全力で盾を押し込んだ。
「っとと!」
スライムの身体が傾く。
殴りつけた反動で、俺の身体が背後に跳んだ。
梟の〖ハイスロウ〗の黒い光が、俺からやや逸れた位置へと飛んでいく。
「しつこいなぁもう! そろそろ死ねって、ボクが言ってるんだよ!」
スライムの三つの刃より、三つの〖衝撃波〗が飛ぶ。
先行する二つの剣撃は、俺の頭の先を舞う。俺が上空に逃れることを牽制していた。
最後の一撃は、先程の二撃で床に引き付けた俺を狙ったものだった。俺は下がりながら前足を浮かせて回避する。
床に、大きな亀裂が走る。
「ポォォオオオオッ! ポォォオオオオッ! ポォオオオオオオッ!」
三つの火の球は出鱈目な円軌道を作って舞い、三方向より俺を狙う。
俺は今〖衝撃波〗が作った床の切れ目に前足の爪を突き入れ、強引に持ち上げた。
床が剝がれ、盾を作る。
炎の球が、持ち上がった床に阻まれ、その表面で火柱を上げた。
ナ、ナイス、ファインプレー俺……。
ここの特別製の金属床、結構防御に使えるな。
「このっ……!」
スライムの蠍の下半身が這う。
床の盾を回り込んでくる。
「〖グラビティ〗!」
スライムを中心に、黒い光が広がる。
範囲内に入った俺に超重力が加わり、姿勢が低くなる。
重い、動けねぇ……だが、開幕でぶっ放してきたときに比べれば、範囲も威力もかなり抑え気味だ。
俺を縛るのには十分だから、窮地には変わりはねぇが……。
「グゥゥ……」
俺は唸りながら、〖念話〗で挑発する。
……どうした? 最初の〖グラビティ〗より威力がねぇぞ。
随分と控え気味じゃねぇか。
余裕ぶっちゃいるが、MPを消耗しても俺を倒し切れねぇから内心焦ってるんじゃねえのか?
スライムの人間体の眉間に皺が生じ、目が俺を睨む。
「これで終わりだ。神様も言っているよ。お前はツマンないから、そろそろ死ねってさぁ!」
……探るつもりだったが、何とも言えねぇ反応だ。
スライムが俺との戦いの後にどれだけMPを残しておきてぇのか、〖命のマナ〗とやらの回復ループが可能なのかを知りたかったんだが、今の反応からじゃ、微妙なところだ。
スライムの剣が、動けない俺へと襲い掛かる。
左側から、三本の内の二本の剣を振り下ろしていた。
相方が首を伸ばし、両方の剣を口で受け止めた。
斬られた牙が落ち、血が垂れる。
うし! 腕を二本分止めた! これはでけぇぞ!
「チィッ!」
「ガァアアア……」
相方が喉の奥から唸る。
瞳が赤に輝く。〖支配者の魔眼〗だ。
……だが、スライムは完全耐性持ちだぞ?
状態異常かは微妙なところだとしても、これだけ魔力の高い相手には通らねぇ。
少しでも隙になってくれればいいんだが……。
「あ? あ、あ、あああっ!」
スライムが、控えている手から剣を落とし、頭部へ手を当てる。
……こ、効果はあったのか?
スライムが、指の隙間から俺を睨んでいた。
「ポゴォォオオオオオ!」
梟が鳴き喚く。
火の球、水の球、土の球、風の球が、立て続けに梟の嘴の前に生じ、順番に俺へと向かって飛んでくる。
お、おい! いいのかぁ! そんな節操なくその梟に魔法スキル使わせて!
クソ、こんなぶっぱなされたら避けるしかねぇ。
あの魔法一つ一つが、それなりに高威力を持っている。
ここは突っ込んでいいところじゃない。
MPを使わせたのは、回復型の魔物に対してはHPを削ったも同義だ。
無理して攻勢に出る必要はない。
俺は後ろ足で地面を蹴って背後に跳びながら上体を持ち上げる。
相方の口には二本のスライムの持っていた剣があったが、奴から引き放した瞬間に剣が色を失い、粘体となって崩れ落ちた。
『ゲッ、ペッペ!』
相方が口から粘体を吐き出す。
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