第433話

「つまらない小細工をしやがって!」


 スライムが残る三本目の剣を振り上げる。

 俺は宙より、翼を羽搏かせて送り出した風を右前足の爪に乗せ、スライム目掛けて風の刃として射出する。

 〖鎌鼬〗のスキルだ。


 ダメージ目的じゃねぇが、何もしなければスライムの一撃を受けてしまう。


「キミだけのスキルじゃないんだよそれはっ!」


 スライムが、蠍の下半身より生える翼で風を送り出し、相方に剣を取られて空いた手の指先を俺へと向ける。

 生じた風の刃が、俺の〖鎌鼬〗を相殺させた。


 チッ!

 スキルをきっちり合わせて、確実に迎撃してきやがった。


 相殺された〖鎌鼬〗の奥で、スライムが既に剣を振り切っているのが見えた。

 来る、〖衝撃波〗だ! 斬撃が横に広がって襲い掛かってくる。

 この距離でこの規模じゃあ避けられんねぇぞ。

 クソッタレ、攻撃スパンが短すぎるだろ!


 まともに受けるわけにはいかねぇ。

 俺は完全回避を諦め、身体を丸め、ガードに徹しようとする。

 だが、これだけだと、スライムが続けて攻撃してきたときに対応できねぇ。


 ふと、俺の頭にアイディアが閃いた。

 〖転がる〗ならば〖衝撃波〗の威力を、回転で多少なりとも弾ける上に、着地と同時に逃走し、隙を最小限に抑えることもできるかもしれねぇ。

 俺は丸めた身体をそのままに、高速で縦回転する。


 〖衝撃波〗が俺の身体を襲う。

 激痛が走る。背が引き裂かれた感覚。

 思わず〖転がる〗を止めそうになるが、んなことをすれば、スライムの攻撃を受けるだけだ。


 俺は斬撃に弾かれながらも気力で〖転がる〗を維持し、〖自己再生〗でダメージを抑えに掛かる。

 地面への着地と同時に後転を掛け、スライムから離れる。


「また距離を取るつもりか!」


 スライムの、蠍の下半身が動く

 奴にはまだ〖ハイクイック〗の効果が残っている。

 〖転がる〗でも引き放せるかどうか……と考えていると、視界の端に、俺が床を剥がして盾に用いた部分が目に付いた。

 まだ斜面を保っており、ちょっとしたジャンプ台の様になっている。


 アレを利用して跳べば、距離を作れるか? いや……あれ、どうにか攻撃に使えねぇか?


 スライムは防御面において、千年亀の甲羅盾という、厄介極まりないものを持っている。

 正攻法であの盾を突破するのは難しい。

 だが、さっきも、〖ドラゴンパンチ〗で強引に押し込むことはできた。


 やりようは……ある、のか?

 後は運頼みになっちまうが、スライムにダメージを叩き込める機会を作るには、これしかねぇ。

 このままジリ貧だと、ぶつかる度に〖自己再生〗で俺のMPがガンガン削られていく一方だ。


 ただでさえローグハイルに追い込まれていた俺のMPは、そろそろ底を尽きかけている。

 賭けになろうが、こっちから強引に仕掛けて行かねぇと、確実に負ける。


 スライムは、俺をまだ舐めている。

 聖女リリクシーラの前座としてしか俺を見ていない。

 それでいい。スライムがまだ奥の手を残している間に、一気に仕掛けて勝敗を付ける!


 スライムが俺を追いかけて来る。

 〖ハイクイック〗付きスライムの速さは、〖転がる〗状態の俺とほぼ同等だ。


 スライムが徒手の二本を振るうと、それぞれの手に再び剣が戻っていた。

 即席で粘体を用いて作ったのだろう。ほんっとに便利な身体だよ。


「ポオオオオオッ!」


 梟の鳴き声が響く。

 〖気触れ梟〗だ! ああもう、ウザってえ!


 俺は左右に蛇行する。

 まるで俺の経路を辿る様に、すぐ後ろに火や水、風や土の魔弾が炸裂して爆ぜる。

 余計な動き方を強いられた分、スライムが接近する。


「ほらほら、もう追いつくよ!」


 スライムが三本の剣を振り上げる。

 次は三連〖衝撃波〗か!

 魔弾スキルより速くて軌道に遊びがない分、アレを放たれるとマズイ。


 だが、俺が床を剥がして盾とした、急斜面のところへと辿り着いた。


 俺は全力で速度を引き上げながら、九十度右に曲がる。

 俺のいた位置をスライムの一発目の〖衝撃波〗が吹っ飛ばす。


「ふぅん……やるじゃん。でも、そんな無茶な動きが、いつまで持つのかな?」


 スライムが、二本の剣を同時に振り下ろそうとする。

 俺はバックスピンを掛けて一気に巻き戻り、スライムへと突っ込む。


「なっ!」


 突然向かって来るとは思わなかったらしい。

 スライムの身体が、背後に退きながら瞬間硬直する。

 それは飛び掛かるには絶好の隙だった。

 いける! あの野郎に、〖転がる〗タックルをぶち込んでやれる!


「だから、無駄なんだってば!」


 スライムが、甲羅の盾を突き出す。

 甲羅の盾が一回り大きくなり、地面の上に立てられる。

 俺の前に堅牢な壁として立ち憚った。


 巨大な甲羅目掛けて飛び掛かった俺の身体を反動が襲う。

 盾に押さえ付けられ、俺の身体が前に進まない。

 回転速度を上げても上げても、床が削れるばかりだ。


「神様……この城を捨てたら、ボクは隠れるのを止めて、魔王として本格的に君臨して聖女との全面対決に備える……そうなると、必要なものがあるんだ」 


 ぐ、う……! この盾、デカくなんのかよ!

 だが、今更退けねぇ! 押し通してやる!


「名前が欲しいんだ。ボクが勝ったら、ご褒美に、名前をちょうだい。神様からもらいたかったんだ、ボク。だからサーマルの奴に勧められても、無名を通したんだよ。だから、あの子の名前ももらわなかった。かっこいいのがいいなぁ……でも神様がくれたものなら、なんでもいいよ」


 甲羅の裏から、関節の数を増やしたスライムの腕が伸びる。

 盾で押さえつけながら、一方的に俺を攻撃するつもりらしい。

 こっ、この粘体生物め!


「グォオオオオオオオオッ!」


 俺は〖咆哮〗を上げ、回転速度を高める。

 頼む! このままこの甲羅の盾をぶっ壊す、なんて言わない。

 ただ、少しでいい! 奴のバランスを、ほんの少し、崩しさえできればいいんだ!


「ぐぅっ!」


 スライムの身体がついに揺らぐ。

 盾越しにスライムの身体を押し込む。

 やっ、やった!


「しつこいんだよ! 意味ないって……あがぁっ!」


 スライムの体勢が、大きく崩れる。

 後ろが巨大な斜面になっていたことに気が付かず、足の踏ん張りが利かなくなったのだ。

 そのまま俺は、一気に盾越しにスライムを押し込み続ける。


 斜面の先端から、スライムと俺は宙へと投げ出された。

 これで、盾を支える地面はなくなった!

 おまけに、唐突に空中戦へ持ち込まれたスライムは、戸惑いが先んじて次の動きを取れないでいる。

 俺は転がりながら尾を伸ばし、下から掬い上げる様に、甲羅の盾を払い上げた。


「うぐぅ……こ、このっ……!」


 更に俺は〖転がる〗の遠心力を利用したまま、無防備に晒されたスライムの身体へと目掛け、前足に〖ドラゴンパンチ〗の黒炎を纏ってアッパーを放つ。

 胸部の梟へと抉り込み、そのまま人間体の顎を打ち抜く。


「ボォォォッ!」


 梟の顔面が裂け、絶叫を上げる。

 テメェも散々やってくれやがったからな!

 元の魔物にゃ、絶対会いたくねぇ。

 俺はもう一生分梟の魔法をくらった気分だ。


 俺の拳が打ち抜いたスライムの顔面は、下顎から上が吹き飛び、頭部の質量が半分ほどになった。

 真っ赤な断面が崩れて色を失い、粘体になっていく。

 しゃあっ! 賭けに勝った!


『ヤ、ヤルジャネェカ相方ァ!』


 こんなもんじゃねぇぞ!

 これで決めに掛からねぇと、こちとら後がないんだよ!


 弱々しい動きで顔を押さえようとするスライムへと、更に尾の追撃を放って上空へと飛ばす。

 更に俺は回転し、重ねてアッパ―を放ち、回転をそのままにすぐさま尾の一撃をくらわせる。


 叩け、叩け、叩きまくれ!

 奴に持ち直す機会を与えるな!

 ここで仕留めきらねぇと、マジでもう後がねぇぞ!


 スライムの身体のあちこちが凹む。

 腕の一本が千切れ、地へと落ちる。


「イルシアァアァッ!」


 崩れる粘体に、悪鬼の様な顔が浮かんで俺を睨む。

 俺は真っ直ぐに振り下ろした前足を、その顔の額へと打ち下ろす。

 勇者直伝スキル、〖天落とし〗だ。

 スライムの顔がぐにゃりと歪み、豪速で下へと落ちていく。


 俺は最後の追撃のため、急降下しつつ、両前足から落下する。

 俺の重力加速の乗った凶爪がスライムを引き裂く。

 続いて〖地返し〗のコンボだ。床が大きく裂け、スライムの粘体が出鱈目に飛び散った。


 今の連撃に、俺のすべてを出しきった。

 俺のステータスに、もう猶予はない。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:ウロボロス

状態:通常

Lv :109/125

HP :331/2816

MP :98/2718

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 俺のMPは、既に最大の二十七分の一以下である。

 多少は時間が空いていたとはいえ、ローグハイルとの連戦が本当に痛かった。

 あと数回回復したら、それだけで空っぽになっちまう。


 MPの自動回復を待って〖ハイレスト〗を使う様な、悠長な戦法が通用する相手ではない。

 頼む……これで終わってくれ。


 離れたところで、飛び散ったスライムの粘体の一つが持ち上がり、人間の上半身を模した。


「か、神様……」


 まだ生きてやがるのか!?

 連撃を受けている最中にも超回復を行っていたのだろう。

 だがそれはMPの消耗を意味する。

 さ、さすがにこれだけやったら、いくら奴でも……。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:カオス・ウーズ

状態:パワー(小)、クイック(小)

  :物理耐性強化(小)、魔法耐性強化(小)

Lv :100/125

HP :433/1681

MP :447/1780

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 は、はぁ!?

 う、嘘だろ!? あれだけやったのに、ぜんっぜんMP残ってるじゃねぇか!


「ごめんなさい、ごめんなさい神様……失望してる……? 二度もボクが、こんな奴に追い詰められたから……。あのとき、次は絶対に、余裕を持って勝ってみせるって、ボクが言ったのに……」


 スライムが、顔に爪を立てて掻き毟る。


 ふ、ふざけんじゃねぇぞ!

 こんなもん、どうやったら勝てるんだよ。

 今ので全然足りてねぇなら、顔合わせた時点でやっぱし詰んでたんじゃねぇか!

 今からどうにかなるパターンがまるで浮かばない。


 ど、どうすんだこれ?

 今からでも、逃げられるか?

 リリクシーラの救助があれば……いや、相手の方が足は速い。

 

「ラ、ラプラス! 勝率はいくらだ! 答えろ!」


 スライムが吠える。


 ラプラス?

 ラプラスってあの、干渉権限のスキルの奴か?

 てっきりそいつが〖神の声〗かと思っていたのだが、スライムの語調から察するに、どうやら別の存在らしい。


 リトルロックドラゴンと戦った際に、未來を確率で教えてくれた機能と、恐らく同一のはずだ。

 俺はどうにも不気味なので使わないようにしていたが、スライムは気にせず使っているようだ。


「95%……ふ、ふふ、そうだよね……ボクは、あんな奴には負けない……負けるはずがない……大丈夫、大丈夫だよ。今から、圧殺してみせてあげるから……」


 俺は絶望しきっていたのだが、その言葉を聞いて、我を取り戻した。

 そ、そうだ、ゼロじゃねぇんだ。5%もあるのか? なんだよ、全然いけんじゃねぇか。


 カラ元気でもいい、最後まで喰い下がってやる。

 無抵抗でぶっ殺されるなんて、んなのつまんねぇだろうが!


 後がない? それが普通だろ。

 魔物が蔓延るこの世界で、命を喰らい続けて生きてきたのに、俺だけがずっと回復スキルに守られた安全圏に立っていた気になっていたのがむしろ異常だったんだ。

 覚悟を決めろ、俺。

 前にあいつへ立ち向かったときは、スキルでさえない半端な〖レスト〗しか持ってなかったんだぞ。


 スライムの姿が蠢き、肉塊のようなものが膨れ上がり、人間体を押し潰すように隠した。

 スライムが、内臓の塊の様なものへと姿を変える。

 四方へと大きな翼が伸び、肉塊が飛翔した。そして肉塊に、四つの梟の顔が浮かび上がる。


「ポォオオオオォオッ!」「ポゴゴォオオオオオオッ!」

「ポォオオオオオオオオツ!」「ポォォォォォオオオオッ!」


 四つの顔が、ぐるぐると回る。

 スライムの異形っぷりには慣れたつもりだったが、まだ甘かった。

 な、なんだよこれ、四面〖気触れ梟〗!?


 どうやら完全に後のことは度外視し、俺を確実に仕留めるつもりらしい。 


『決着をつけようかイルシアァアァアアアッ!』


 俺は尻込みしかけたが、首を振って前に出る。

 いいぜ、スライム。テメェなんざ、スキルなしでもぶっ飛ばしてやるよ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る