第434話

 四つの梟の顔を付けた肉塊が、不気味な四つの翼を広げて地下広間を舞う。

 姿とMP消耗を度外視して攻撃範囲に特化した、四面〖気狂い梟〗である。


 確かに今の俺に、アレを凌ぎ切るのは難しい。

 だが、スライムとて今まで派手に立ち回った分、残りMPは四分の一程度まで減っている。

 ここで消耗の激しい梟を四体採用したのは、奴にとっても賭けであるはずだ。


 ……いや、奴はまだ、使っていない形態やスキルがある。

 もしかしたらスライムにとってこの行動は賭けではなく、まだ奥の手を隠しているとしたら……今のジリ貧の俺には、とてもじゃねぇが、対処できねぇ……。

 いや、考えるな。今は、やれることを全力でやる。それしかねぇんだ。


 勝てると仮定して突っ張るしかねぇんだ。

 大丈夫……ラプラスによれば、俺にも5パーセントは勝ちの目が……!


「ポォゴゴゴオオオオオォオッ!」「ポォゴゴォオオオオッ!」

「ポォゴゴオオオオオツ!」「ポゴオオオオッ!」


 四つの梟の顔面がぐるぐると回転しながら、天井スレスレまで高度を上げる。

 そして頭上より、黒い光が雨霰と降り注ぐ。


 俺は目を疑った。

 即時に二十近く展開された闇の弾幕は、すべてが耐久特化のウロボロスの俺に対しても決定打となりえる強力なスキル、〖ダークスフィア〗であったからだ。


 ババ、バッカじゃねぇの!?

 あんな使い方したら、MPを溝に捨てる様なもんだろうが!


 俺は地面を蹴って低空飛行し、上空からの悪夢の強襲の射程距離から必死に逃れる。

 スキルレベルが甘いためか、動きが直線的なのが助かる。

 これで螺旋軌道や追尾効果なんてやられた日には、マジでどうしようもない。


 俺のすぐ後ろで〖ダークスフィア〗が破裂し床の表面を砕いていく。


『ほら、ほらほら神様! ボクなら、ボクのこの身体なら、なんだってできる! ボクが一番、神様に相応しいんだ! ましてや、あんなドラゴンに、イルシアなんかに、何ができる?』


 スライムの狂笑が響く。

 悪寒がした。何か、来る。


 俺は咄嗟に身体を丸め、地面へと降りて〖転がる〗へと移行する。

 俺の頭の上スレスレを、極太の熱線が貫いた。

 まともに当たれば、それだけで勝敗を決しかねない〖ドラゴフレア〗のスキルだ。

 発射した元を振り返れば、梟の首の一つが竜へと変形し、肉塊から長く伸びている。


「グゥォオオオオオオッ!」


 即席で象られた竜が鳴く。

 再びしゅるしゅると竜の首が縮み、梟へと戻った。


 くそったれ、ぶっ壊れスキル使いやがって!


 わかっていたことだが、スライムがMPを吐き出すのを待ってるだけじゃ、いずれ捕まる。

 つうか、次に魔法の雨を降らされたら、対応できる自信がない。

 かといって、上空に飛んだスライムを追って飛んでも、俺が殴るより先に四面梟の魔法乱舞が始まり、的にされるだけだ。

 この行動ルーチンは、MPを吐き出してくれるのはありがたいが、それ以上にヤバ過ぎる。


 予想通り、スライムは俺を追って飛びながらも、再び天井スレスレ目掛けて浮上していく。

 駄目だ……今から〖飛行〗で追っても、魔法の嵐で返り討ち……い、いや、天井に向かう方法は、飛ぶだけじゃねぇ!


 俺は〖転がる〗を維持しながら、壁目掛けて突進し、そのまま壁をほぼ垂直に転がって駆け上る。

 い、行ける! 行けるぞ! やってやる!

 ここをミスったら、魔法の嵐で仕留められる……死ぬ気でやってやる!


『な、なにやって……』


 あれだけ興奮していたスライムが、一瞬素に戻った。

 だが、俺が物凄い勢いで壁を登り、予想外の方面から接近してきていることを知ると、スライムに殺気が戻った。

 次の瞬間、壁を縦に登る俺へと、黒い光を放つ魔弾が、幾つも降り注ぐ。

 俺は左右に移動し、黒い光を寸前で交わし、スライムの高度とほぼ同等の高さまで上り詰めた。


『だったら、これでどうだ! さぁ、どこへ逃げるのかな?』


 浮上する肉塊から、二つの竜の首が伸びる。

 それぞれの口から吐き出した二本の極太の熱線は、壁に円を描き、俺を囲んだ。

 〖ドラゴフレア〗の炎の壁が俺を包み込む。

 三本目に伸びた竜の首が、逃げ場を失った俺目掛けて三本目の〖ドラゴフレア〗を放つ。


 周囲は囲まれたが、まだ上がある!

 俺は〖転がる〗を解除して壁を蹴り飛ばし、翼を広げてスライムへと直進する。

 身体を側転し、三本目の〖ドラゴフレア〗を回避し、スライムの斜め上へと躍り出た。

 来た! 絶好の攻撃タイミング!


『バカめ、ボクが誘導したんだよ!』


 俺が殴りかかろうとしたところに、梟の顔が張り付いていた。


「ポォゴゴゴオオオオオォオッ!」


 ほぼ同時に放たれた四つの〖ダークスフィア〗。

 防ごうと前に向けた右翼が、根元から抉り飛ばされた。

 続いて、胸部、右前足、相方の首に被弾。


 意識が霞む、これは、〖流血〗のバッドステータスがついた。

 〖自己再生〗もまともに使えねぇのに、空中で片翼を捥がれたのは最悪だ、。


『アハハハ! キミ、もう、ゴミみたいなHPしか残ってないじゃん!』


 ああ、テメェもなぁ!

 俺は肉の抉れた右前足を振るい、スライムの肉塊を引き裂いた。

 続けて姿勢を崩し、我武者羅に左前足で殴りつける。

 後ろ足の爪を肉塊に突き立て、落下しない様に身体を維持する。


『があっ! な、なんで、この状況で翼もなくしたのに! HPだってもう風前の灯なのに、そうも迷いなく……!』


 腑抜けたこと言ってんじゃねぇぞ!

 こっちはお前とは覚悟が違うんだよ!

 何が魔王だ、偉そうなこと言いやがって!

 神の声の言いなりになるだけのマザコン野郎が!


『キミなんかに何がわかる!?』 


 肉塊から触手が伸び、俺の身体を貫く。

 だが、それでも俺は攻撃を止めない。続けて前足を大きく振りかぶり、スライムの肉塊を引き裂く。


『アアァァアァァァァッ!』


 スライムの身体が宙で爆ぜて、俺は床へと落下した。

 身体が、上手く動かねぇ。

 このままだと、横っ腹から地面に打ち付けることになる。

 俺は尾を上に持ち上げてから床へと叩きつけ、その反動で身体を浮かして落下時のダメージを軽減する。


 その後、形を失ったスライムが、地面へと勢いよく叩きつけられ、大きな音を鳴らした。

 ぐずぐずになった肉塊から、ゆらりと幽鬼の様に人間の上半身が伸び、生気のない目が俺を睨んだ。


 へ、へへ……やってやった。

 お前も、あれだけ梟でMPを浪費してたんだ。

 そこに加えて迂闊に連撃まで受けたんだから、もう空っぽじゃねぇのか?


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:カオス・ウーズ

状態:通常

Lv :100/125

HP :521/1681

MP :67/1780

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……期待してたよりは残ってるが、充分な値だ。

 HPはあるが、MPはもうすぐに尽きる。

 そうなればお前は、粘体を蠢かすしか芸がなくなる。俺の勝ちだ。

 神の声に謝っとくんだな、九割の勝ちを落としましたってな。


「……神様は、もうずっとボクに何も答えてくれないよ。イルシア、森でキミ如きと痛み分けになった、あの日からね」


 スライムが俺に憎悪の込められた目を向ける。

 あ、あれ以来、ずっと……? じゃ、じゃあこいつのアレ、全部独り言だったのか!?


「本当こんなところで、使いたくなかったんだけど……仕方ない。見せてあげるよ、ボクのとっておきのスキル、〖命のマナ〗を! ボクの強みは……色んな魔物の持っている切り札の、全部が手札になることさ」


 スライムの人間の上体の下腹部に、三面の梟が浮かび、蠢く。

 かと思えば、スライムの全身が、青い光に包まれて炎上する。

 炎の中で、人間体が頭を腕で押さえ、叫び声を上げる。

 梟の顔は、炎の中で原型を失い、その形を崩していく。


「あっ、ア、アァ、アアアアアアアアァッ!」

 

 い、〖命のマナ〗!? 一度俺が確認した、HPをMPに交換するスキルか!

 スライムの奴はずっと使わなかったし、俺も後がなかったから、恐らく交換の効率が最悪だから使えないんだっつう方に賭けていたのだが、この土壇場で使うのか。


 まだ余裕のあるHPを斬り捨てて、最後のMPを絞り来た、ということか。

 いいぜ、HPが減ったのなら、一撃で仕留めてやる……!


 〖命のマナ〗の青い炎が散った。

 俺は重い身体を強引に持ち上げ、体勢を整える。


 さて、問題なのは、どの程度MPが戻ったのか……。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:カオス・ウーズ

状態:通常

Lv :100/125

HP :1075/1681

MP :547/1780

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……は?


 い、いや、いや、いやいやいや、あり得ない!

 これだけは、こんなことは、絶対にありえない!

 どう考えても〖カオスウーズ〗のステータスと特性、スライムが最初期から持っているほぼ無制限のスキル引っこ抜きスキルはぶっ壊れ性能だったが、ノーコストHP・MPの大幅回復は、その比ではない。


「ラプラス……勝率は? そう、ボクの優位は、何も変わらない、か」


 なんで、なんでHPまでがっつり戻っていやがるんだ!?

 何が、どうなってやがる。

 こんなスキルがあったんじゃ、戦闘そのものが成立しない。

 何か、何かがおかしい。カラクリがあるはずだ。


「さあ、イルシア……正真正銘の、最終ラウンドを始めようじゃないか。この魔物は……殺すのに、すごく苦労したんだ。〖命のマナ〗を持っていた奴でね……」


 スライムの身体が、一気に膨れ上がっていく。

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