第625話

『無事か……? アロ、トレント』


 俺は二体へ声を掛ける。

 もしも〖ビッグバン〗の爆炎が流れ込んでいれば、アロとトレントでは一溜まりもないだろう。


「わ、私達は大丈夫です! ですが、竜神さま……」


『いや、問題ねぇよ。死なない限り、すぐに再生できるさ。ちっとMPも厳しくなってきたから今すぐ完全復活ってわけにはいかねぇけどな』


 俺は言いながら、身体を修復していく。

 ひとまず、視覚を戻し、身体を動かせるようには持っていかなければならない。

 そこ以外は後回しで、自動回復に合わせて修復していこう。


 二連〖ビッグバン〗は予想外だったが、しかし、オリジンマターとて限界のはずだ。

 しかし、今の俺だと〖ダークレイ〗数発であっさり仕留められかねない。

 既に勝ったようなものだが、ここで気を抜くわけにはいかない。


 〖ダークレイ〗対策で立体的な動きで回避できる空中に逃れたいが、十全に飛び回れるように翼を戻すにはMPが足りなかった。

 ここは〖転がる〗で逃げ回りながらゆっくり回復し、それから安全に倒せるタイミングを計るべきだろうか。


 そう思いながら身体を起こすと……真上に、オリジンマターがいた。

 黒い巨大木の頭の方まで、オリジンマターが下りてきている。


 オリジンマターは黒い輝きを纏っていく。

 また〖ブラックホール〗だ。


 ここまで接近しておいて〖ダークレイ〗ではなく〖ブラックホール〗を選んだ理由は、恐らく一つしかない。

 避けられるかもしれない〖ダークレイ〗ではなく、三度目の〖ビッグバン〗によって確実に俺を倒すつもりなのだ。


『う、嘘だろ……? まだ使えたのかよっ!』


 俺は必死に屈み、黒い木の根に爪を突き立てる。

 尾が持ち上げられ、続けて下半身が浮き上がった。


 今の俺じゃ、まともに〖ブラックホール〗に対応さえできねぇ!

 下手したら〖ビッグバン〗どころか、オリジンマターに吸われてそのまま取り込まれかねない。

 とりあえず、最低限空中で抵抗できるように翼を再生していく。


 だが、多少空中で抵抗できたとしても、どちらにせよ今〖ビッグバン〗を受けたら、確実にHPを全て持っていかれる。


 どっ、どうすりゃいい!?

 まさか追い詰められたオリジンマターが、三連〖ビッグバン〗を飛ばしてくるなんて予想できなかった。


 オリジンマターのステータスを確認する。

 確かに、ギリギリ最後の〖ビッグバン〗を使えそうなMP量であった。

 そして今、奴のHPは七割以上残っている。


 〖ビッグバン〗を使われる前に倒す……というのも、あまり現実的ではなさそうだった。

 九割九分、先に〖ビッグバン〗が発動して消し飛ばされちまう。


 掴んでいた黒い木が砕け散った。

 オリジンマターへと引っ張られ、俺はどうにか空中で翼を広げて〖ブラックホール〗の引力に抵抗する。


 本当に……本当に、どうすればいいんだ?

 何か、使えそうなスキルはないのか?

 考えれば考えるほど対抗策がないことに気づかされ、頭の中が真っ白になっていく。


 い、いや、諦めるんじゃねえっ! 最後の一瞬まで、絶対に気を抜くな!

 俺は自分にそう言い聞かせる。

 俺だけじゃねぇ、俺がやられちまったら、アロとトレントも道連れだ。


 そればかりか、〖スピリット・サーヴァント〗を放たれ元の世界も滅茶苦茶にされちまう。


 俺が死んだ時点で、神の声があの世界を人質に取るメリットはなくなり、〖スピリット・サーヴァント〗に蹂躙させる理由もなくなるはずだ。

 だが、神の声はやる。間違いなく、ただの腹いせで〖スピリット・サーヴァント〗を野放しにして、あの世界を壊滅させちまう。

 アイツはそういう奴だ。

 これまでのことで、それは痛いほどよくわかっている。


『……主殿、あの〖ブラックホール〗、どれくらい続きそうですかな?』


 トレントが疑問を投げ掛けてくる。


『すぐに止まるはずだ! これ以上維持してたら、あいつも〖ビッグバン〗に回すMPが残らなくなる。だが、俺は元々〖ブラックホール〗はそこまで危険視してねぇぞ』


 俺はトレントの意図はわからなかったが、とにかくそう伝えた。


『そうでございますか。それはよかったですぞ』


 そのとき、俺の鼻先に木霊トレントが姿を現した。

 俺の口先を翼で掴み、〖ブラックホール〗に耐えている。


『トッ、トレント! 何やってんだ! 今出てきたら、〖ビッグバン〗にやられちまうぞ! 戻れ!』


 俺は叫んだ。

 トレントは俺を振り返る。


『主殿……アロ殿、これまでこの私は、幸せでございました。……もし、もしも私が無事でなければ、後のことはお任せいたしますぞ』


 いつもの仮面のような顔だったが、少し寂しげに見えた。


「トレントさん……?」


『お、おい、トレント! お前、何言ってんだ!』


『ご安心くだされ! このトレント、まだ〖不死再生〗がギリギリ残っておりますぞ! あの爆風除けになってみせます! 今の私は、主殿以上に頑丈なはずでございますので! ただ……もしものときは、アトラナート殿に、あいつはよくやっていたとお伝えくだされ!』


 トレントはそう宣言し、小さな翼を広げた。

 〖ブラックホール〗の引力に引かれ、トレントがオリジンマターへと飛んでいく。


『トレントッ! おい、トレントォッ!』


 俺は必死に声を掛けたが、トレントは振り返らなかった。


 すぐに、オリジンマターの〖ブラックホール〗が途切れた。

 もう少し長く続けていればオリジンマターはトレントを吸い込めていただろう。

 だが、そうなれば〖ビッグバン〗を発動するMPが足りなくなる。そのため、〖ブラックホール〗を止めざるを得なかったのだ。


 トレントが完全に木霊化を解除した。

 〖不死再生〗の輝きを帯びたワールドトレントが、一気に空中に根を、枝を伸ばしていく。

 俺とオリジンマターの間を巨大樹が隔てた。


 オリジンマターの体表に複雑な流線が走り、虹色の輝きを帯びる。

 オリジンマターの虹色と、トレントの青の光がぶつかっているかのようだった。


 俺はただ、茫然とそれを見ていることしかできなかった。


 オリジンマターが、最後の〖ビッグバン〗を発動した。

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