第624話

 ジリジリとオリジンマターの〖ブラックホール〗に吸い寄せられていく。


『……トレント、〖樹籠の鎧〗を引っ込めて、完全な木霊状態に戻ってくれ』


 今のトレントは、木霊状態と、通常状態の間のようなものだ。

 完全に解除すれば重すぎて俺の機動性に難が出るが、木霊状態では防御力が低すぎるためである。


 しかし、トレントが〖ビッグバン〗の直撃を受ければ、まず無事では済まない。

 〖ビッグバン〗は俺が前回と同じ手順で耐えきってみせる。


 ……そして、〖ビッグバン〗でMPを吐き出したオリジンマターは、俺が純粋な猛攻を仕掛けて倒しきる。

 アロとトレントの出番はここまでだ。


『主殿……ご無事で』


 トレントはそう零して、〖樹籠の鎧〗を引っ込め、鳥のお化けのような木霊状態へと戻った。

 俺はトレントが〖ブラックホール〗に引っ張られるのを首を伸ばして追いかけ、上手く口でキャッチした。


 俺とオリジンマターの距離が縮まってきたところで〖ブラックホール〗が途切れた。


 オリジンマターの体表の渦模様が、うねうねと歪な動きを始めていた。

 奇妙な光線がいくつも走り、段々と輝きを増していく。

 この模様の変化は、前回、奴が〖ビッグバン〗を放つ前兆だった。


『さぁ、オリジンマター! 最後の我慢比べと行こうじゃねぇか!』


 俺はオリジンマターを尻目に睨み、そう叫んだ。


 俺は前回同様に〖アイディアルウェポン〗を使う。

 俺の全身を青紫に輝く厚い鎧が覆っていく。


【〖オネイロスアーマー〗:価値L(伝説級)】

【〖防御力:+190〗】

【青紫に仄かに輝く大鎧。】

【夢の世界を司るとされる〖夢幻竜〗の竜鱗を用いて作られた。】

【各種属性スキルへの高い耐性を持つことに加え、装備者に対する幻影スキルを完全に無効にする。】


 続けて俺の背のオリジンマター側に、〖ミラーカウンター〗の光の障壁を展開する。


『主殿……微力ですが、〖生命力付与〗を使っておきますぞ』


『ああ、助かるぜ』


 俺はトレントの〖念話〗にそう返した。

 〖生命力付与〗はワールドトレントのスキルで、周囲の全ての生物の生命力を高めることができる。


 オリジンマターが虹色の輝きに包まれ、大爆発を引き起こした。

 一瞬にして、俺の視界が爆炎に覆われた。

 爆風というよりは、豪炎を纏った巨人の腕にぶん殴られたかのような衝撃だった。

 容易く〖ミラーカウンター〗と〖オネイロスアーマー〗が焼き潰され、罅割れて朽ち果てていく。


 身体中が熱い。

 視界がブツリと途切れた。

 眼球が、焼き潰された。この感覚は本当に慣れねぇ。


 とにかく、追撃を受ける前に身体を修復し、HPを回復する必要がある。

 俺は翼を〖自己再生〗で整えながら、大きく広げる。

 〖ビッグバン〗の爆風を翼で受け、推進力に変えて前へと飛ぶ。


 このまま地上に降りて、一旦〖転がる〗で逃げる!

 相手にも自動回復を許すことになるが、ここで横着すればそのまま殺されちまいかねない。


 だが、俺の身体に何か強い力が掛かり、着陸前に飛行速度が減速させられた。


『……あ?』


 眼球を修復し、振り返る。

 背後ではオリジンマターが〖ブラックホール〗を放ち、俺を引力で引っ張っていた。


 さ、殺意が高すぎる!

 狂神化の間は思考能力が弱くなっていると思っていたのだが、どうやら前回に俺が〖ビッグバン〗を耐えきって逃げたのは、しっかりと覚えていたようだった。

 ここで逃走を許さず、確実に仕留めるつもりらしい。


 だが、俺には〖ビッグバン〗の爆風による後押しがある!

 俺は〖竜の鏡〗で翼を巨大化させ、爆風を受ける面積を広げ、必死に前へと逃れようとした。


 しかし、押されている。

 俺の身体はどんどんと減速し、やがては空中で止まってしまった。

 それからずるずるとオリジンマター側へと引っ張られていく。


 最大出力の〖ブラックホール〗の維持で大量のMPを吐き出しているはずだが、恐らくはオリジンマターも、ここで逃がせば俺に負けることがわかっているのだ。

 俺は大急ぎでオネイロスの鱗を再生していく。

 鱗なしで受けちまったら、一気にダメージが跳ね上がる。


『〖ハイレスト〗! 〖ハイレスト〗ォ!』


 口の中から、暖かな力が広がってくる。

 トレントが余った魔力を投じて、俺を回復してくれていた。


『助かるぜ、トレント……!』


 恐らくオリジンマターは〖ブラックホール〗直後に、全力の〖ダークレイ〗を飛ばしてくる。

 そこさえ凌げば、MPが尽きて大したことができなくなったオリジンマターを〖次元爪〗で安全に処理できるはずだ。


 〖ダークレイ〗のあの、馬鹿みたいな連射だってできなくなるはずだ。

 威力に反して魔力消耗が低いとはいえ、MPが一割を切ればさすがに連射はしてこなくなるだろう。

 やってくるならやってくるで、逃げに徹していればすぐにMPが完全に尽きる。


 オリジンマターの〖ブラックホール〗が途切れた。

 俺は全力でオリジンマターから逃げる方向へと飛んだ。

 すぐに〖ダークレイ〗が来るはずだ。

 来るはずだった。


 〖ダークレイ〗の風を切る音が、聞こえてこない。

 ……〖ブラックホール〗に力を入れ過ぎて、肝心のMPが尽きたのか?


 そう思って振り返ると、オリジンマターの表面で流線が複雑に行き交い、虹色の光を発し始めていた。

 〖ビッグバン〗の前兆であった。


『に、二発連続だと!?』


 まだ俺の〖自己再生〗は不完全であるし、HPも全回復には追い付いていなかった。

 俺は大急ぎで〖ミラーカウンター〗を展開し、〖オネイロスアーマー〗を纏った。


『ひっ、ひとまず間に合った……!』


 直後、二度目の〖ビッグバン〗が俺を襲った。

 急ぎで張った光の壁と、慌てて纏った夢幻竜の鎧が消し飛ばされる。

 再生が間に合わず、鱗の薄い部分に爆炎が染みた。


 準備が不完全であったため、前回よりもダメージが重い。

 受けた瞬間、完全に意識が飛んだ。


『〖ハイレスト〗ッ!』


 トレントの〖ハイレスト〗で、俺は意識を引き戻せた。

 しかし、直後、背に大きな衝撃が走った。


 辺りに土煙が舞った。

 翼が完全に焼き尽くされ、飛べなくなって地面に叩き落とされたのだ。


 だが……だが、どうにか耐えられた。

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