第45話

「キシィ……キシィ……」


 小さな寝息が、俺の鼓膜を震わせる。

 泡沫の意識の中、その音をきっかけに俺は目を覚ました。


「キシィ……」


 すぐ鼻の先に、黒蜥蜴が寝ていた。

 黒蜥蜴の尻尾が、俺の身体を撫でるように優しく叩いている。


 コイツ、どんだけ寝相悪いんだ。

 寝ぼけて噛みつかれたら死にかねないから、かなり距離を取ったところでこっちは寝てたっつうのに。

 確か、洞穴の反対側くらいにいたはずだぞ。


 よく大自然の中で生きてこられたな。

 寝てる間に他の魔獣の巣に突っ込んで行きそうな勢いだぞ。

 穴でも掘ってそん中で寝てたんじゃないのか。


 しかし、寝ぼけて壺とか倒されても嫌だな。

 必死に集めて干して潰したピペリスが毒と混じったら、一週間は立ち直れない自信があるぞ。

 塩もヒトクイ花かなり乱獲したから、あれが駄目になったら割とガチで困る。


 黒蜥蜴用の寝床も作る必要があるかもしれんな。

 柵のあるベッドみたいな奴。



 寝顔を覗き込む。

 半ば絨毯にしがみつくようにしながら、スヤスヤと眠っている。


 今まで土の上だったんだから、そりゃ快適だよな。

 俺よりもずっと鱗薄いし。



 黒蜥蜴が起きてから、二体で湖まで水を飲みに行った。

 喉を潤してから自分と黒蜥蜴のステータスを確認し、健康をチェックする。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:厄病子竜

状態:通常

Lv :33/40

HP :149/149

MP :143/143

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ベネム・プリンセスレチェルタ

状態:通常

Lv :20/35

HP :110/110

MP :131/131

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 状態異常なし、HPにMP共に好調。

 黒蜥蜴のLvが上がってるな。昨日、グレーウルフの群れと戦った分か。


 リトルロックドラゴンには〖最終進化者〗の称号がついてたし、アレがないってことは黒蜥蜴も進化するんだろうか。


 俺もさっさとLvを上げて進化して、厄病子竜を脱さねぇとな。

 昨日グレーウルフを狩ったときの調子なら、黒蜥蜴と協力すればLv上げもちょっとは効率化できそうだ。


 どっちも回復魔法がねぇのが辛いところだが。

 ああいうのができたら活動できる時間も一気に広がるし、いざというときの保険にもなるんだけどな。

 今の形態さえ選んでなきゃ〖レスト〗も習得できてただろうに。



 森を探索し、新しい植物を見つける度に俺は〖ステータス閲覧〗を繰り返す。

 色彩豊かな小さな草が密集しているところがあったので、思わず駆け寄って手に取ってみる。


【〖レインボークローバー:価値F-〗】

【七色の葉をつけるクローバー。】

【互いに魔力を送り合い、弱っている同種を助ける習性がある。】


 ふむ。

 これとかマイホーム周辺に一杯咲いてたら華やかでいいじゃん。

 毎朝気持ちいい朝を送れそうだ。

 また暇なときに頑張って繁殖させてみっかな。


【大抵、ダークワームに一本残らず喰い荒らされる。】


 …………。

 農薬作んねぇとな。

 黒蜥蜴と協力して虫だけを殺す毒を開発するところから始めるか。


 俺が黒蜥蜴に視線を送ると、黒蜥蜴は不思議そうにパチリと瞬きする。

 なんとなく期待されているというのは伝わったらしく、「キシッ!」と頼ってくれと言わんばかりに威勢のいい声を上げる。


 お、四葉じゃん!

 特に何をするわけでもないが、前世の習性でつい摘んでしまう。

 そもそもこの世界では幸せの象徴だとか、そういった意味合いはあるんだろうか。


 青、赤、黄、白と、なかなか賑やかな配色になっている。

 これ頑張って手入れしたらレインボークローバーで地面に絵とか描けそうだな。

 そんで完成間際にダークワームの大群が来るんだな。

 うん、三日三晩は怒り狂う自信があるぞ。


 四葉のレインボークローバーをまた群れの上に置くと、五葉が目に付いた。

 ひょっとして名前的に七葉まであったりするんだろうか。

 四葉を見つけた喜びが薄れそうだったので、何も見なかったことにしてすっと立ち上がった。


「キシ?」


 『もういいの?』、というふうに黒蜥蜴が俺を見上げる。

 俺は小さく頷き、先を進む。



 甘い匂いがすると思って摘んで見れば毒草で黒蜥蜴にパスしたり、綺麗な赤い花を摘んでみれば【人間の死体の埋まった土の上にだけ咲く花。戦場跡や墓場によく咲いている。】と表示されて慌てて飛び退くことになったりと、あまりロクなものは見つからなかった。



「キシッ! キシッ!」


 黒蜥蜴は途中で立ち止まり、俺に向けて鳴き始める。

 声の調子には、怒気と警戒があった。


 なんだ、どうした?

 俺、尻尾とか踏んじまったか?


「キシィッ! キシィッ!」


 理由が分からず狼狽える俺へと、黒蜥蜴は一層と鳴き声を高くする。

 ひょっとしてアレか、さっき捨てるように毒草を投げ渡したのが気に障っているのか?

 でも、すげぇ美味そうに喰ってたよな。

 確かに『どうせ喰うだろ』感が滲み出てしまったかもしれない。


「キシィッ!」


 黒蜥蜴の周囲に光が生まれ、それが無数の黄色の土塊となって浮かび上がる。

 黒蜥蜴のスキル、〖クレイガン〗だ。


 そこまでされたら、さすがの俺も何があったのか気付いた。

 ばっと真横に跳び、腹ばいの姿勢になりながらも上手く転がって素早く立ち上がり、〖クレイガン〗の軌道から逸れる。


 〖クレイガン〗が命中した草むらから、奇妙な生き物が飛び出してきた。

 気配消し持ちの魔物がいたらしい。


「グワォッ! グワォーンッ!」「クゥン……クゥン……」


 二つの頭を持った、大型犬サイズのブルドックだった。

 左の頭が妙に威圧的で、右の頭は対照を成すように卑屈な面をしていた。

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