第44話

 グレーウルフ肉の運搬が終わり、俺と黒蜥蜴は洞穴内で身体を休める。


 黒蜥蜴は洞穴内に入ったばかりのときは落ち着かなさげに辺りを見渡していたが、しばらく歩き回った後、ツンツンと毛皮の絨毯を前足で小突きながら俺を見上げた。


「キシシ?」


 恐らく、絨毯の上で寝転がってみたいのだろう。

 黒蜥蜴は〖流血(小)〗の状態異常も抱えているし、自身の体長より大きな肉を運んでくれていたので、俺よりも身体が疲労しているようだ。


「ガゥ」


 どうぞの意で、俺は短く吠える。

 手で絨毯を示すジェスチャーを交えると、こちらの意図は伝わったようだった。


 黒蜥蜴は軽く足の裏で絨毯の感触を楽しんだ後、足を畳んで身を屈め、瞼を閉じる。

 それから心地良さげに「キシィ」と鳴いた。


 野生でそこそこ生き残ってきた身だろうに、案外警戒心が薄いもんだな。

 他種族の寝床まで付いて来て、無防備な姿を晒すなんて。

 称号スキルの〖狡猾〗が泣いてるぞ。


 ま、それだけ俺が信頼されているのだろう。

 漢と漢が死力を出して闘い、その果てに認め合ったのだから。

 今更不意打ちなぞする道理はないし、される道理もない。

 黒蜥蜴もまた、そのことを理解しているのだろう。



 俺はグレーウルフの肉を更に切断していき、すぐに焼いて食べる用と干し肉にして保存する用に分ける。 干し肉用の分を大きめの鍋の中に放り込み、その上から塩とピペリスを掛けてよく揉み込む。

 うむ、いい感じだ。

 この状態で一晩寝かせ、明日になったらある程度塩を叩き落とし、裸の木に刺しに行くことにしよう。


 俺は炭の入った壺と、焼く用の肉を洞穴の出口まで運ぶ。

 絨毯に引火したり、煤がついたら嫌だからな。

 煙も籠るし。



 近い内に暖炉と煙突も作ることにしよう。

 下手に穴開けたら崩れそうで怖いのが難点だけど。


 机とか椅子も欲しいし、像の数も増やしたいな。

 クレイベアの粘土は余ってるが、今の分じゃあ足りねぇか。

 更に土で薄めるのも手だが、これ以上は粗悪品になりそうでなぁ……。

 出来栄え見るに、今の比率がベストだろうし。


 それに薄めたくない理由は他にもある。


【アルキミアの魔土:価値B+】

【500年前、人の身でありながら魔王の力を得た錬金術師アルキミアが生成した、強大な魔力を帯びた粘土。】

【獣の形状を土に記憶させることで、多くの魔物を生み出したとされている。】

【アルキミアの死後、魔土獣のほとんどが討伐され土塊に戻ったが、一部の辺境の地ではまだ姿を見ることができるだろう。】


 意外とあのクレイベア、レアなモンスターだったらしい。

 魔力の宿っている粘土なら、薄めず使った方がちっとは付加価値や丈夫さに関してもプラスに働くだろう。


 もっとあの粘土欲しくなってきたな。

 一体残ってんだから、探せばまだ見つかっかな?

 暖炉、煙突、机と椅子のため、まだまだ奴を狩らねばならん。


 ま、狩りに関しては黒蜥蜴という心強い仲間ができたことだし、これでじゃんじゃん効率を上げられるはずだ。

 今はアイツのため、寝ている間に肉を焼き上げてやるとするか。



 外に出て周囲を確認する。

 さすがに今日は猩々はいないか。

 干し肉ストックもできたし、毒干し肉は洞穴の奥で保管してある。

 奴らに一泡吹かせる準備はすでに万全だ。

 せいぜい人の干し肉を盗んだ罪を悔いるがいい。



 地上に炭を撒き、〖ベビーブレス〗で火を付け、グレーウルフの肉を焼く。

 色が変わったら火を消して、使えそうな炭を壺へと戻す。

 資源も無限じゃないからな。

 いい炭作るのも結構手間だし、なるべくケチっていこう。



 洞穴に戻り、焼いた肉に胡椒と塩を掛ける。

 ひょっとしたら俺、村の人間よりいい食生活してるかもしれん。


 黒蜥蜴も匂いに釣られてか目を覚まし、ダラダラと涎を垂らしている。

 仕方ねぇなあ、ほれほれ、喰っていいぞ。


 俺が肉をチラつかせると、黒蜥蜴は洞穴の奥へと歩いていく。

 おん? 喰わねぇのか?


 黒蜥蜴は、俺が対クソ猿用に毒壺に漬け込んで作った特性干し肉に前足を触れさせながら、キラキラとした目で俺を振り返る。

 え、それ喰う気? 絶対死ぬぞ?


 ……そういやこの蜥蜴、毒キノコ喰って体内で毒を強化する性質があるんだっけな。

 毒の耐性も確か、〖毒無効〗だったか。

 余計な心配だったな。



 結局、毒漬け干し肉は黒蜥蜴にやることにした。

 まぁ黒蜥蜴の毒ちょっと混ぜときゃ、あの猿苦しめるのは充分だろうしな。

 あんな物欲しそうな目で見られて断ったら寝覚めが悪い。


 俺が猿への怨念を込め、毒キノコを煮詰めて作りあげた特製毒は、黒蜥蜴にソース代わりに使われることとなった。


 色々実験して作ったはいいものの捨てる場所に困り、混ぜこぜにして壺に入れておいたのだ。

 黒蜥蜴にとって価値があったのは幸いだが、なんというかこう、腑に落ちないものを感じる。

 肉に塗って幸せそうに平らげているのを見ていると、俺の猩々への恨みがちっぽけなものに思えてくる。


 なんだ、ひょっとしてこの毒ソース、美味いのか?

 寝かせてる間に毒素が打ち消し合って消えてたり?


 壺の中へと手を伸ばし、毒を指につけて舐めようとしたら、舐めるより先に指が熱くなってきた。

 ていうかなんか、指先が白く変色して来てるんですけど。 


【耐性スキル〖毒耐性〗のLvが4から5へと上がりました。】


「ガゥアッ!」


 俺は壺を蹴飛ばし、仰け反りながら叫ぶ。

 黒蜥蜴が大慌てで倒れそうになった壺を支える。



 酷くなってる!

 明らかに酷くなってるぞこの毒!

 なんで平然と喰えるんだよコイツ!


「キシッ」


 黒蜥蜴が俺の肩に飛び乗り、振り回す指先を咥えてくる。

 その瞬間、指の熱が引いていく。

 どうやら解毒してくれたらしい。


 ふう、ふう。

 ナイスだ黒蜥蜴。死ぬかと思ったぞ。

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