第358話

 俺がアダム二体とイヴに意識を向けて集中していると、トレントの鼻先から、ぽうっと光が発せられて俺へと向かってきた。

 一瞬、また混乱かと思って警戒したが、俺の身体に触れると、スゥッと体表を覆うように広がっていき、身体に染み込んでくる。

 こ、これはまさか!


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〖イルシア〗

種族:ウロボロス

状態:防御力補正(小)

Lv :99/125

HP :2586/2586

MP :2498/2498

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 で、出たっ! 防御力補正ってことは、〖フィジカルバリア〗のスキルか!

 そうだ。トレントさん自体のステータスが低すぎて盾にならないといっても、支援魔法のスキルは他の仲間にも使えるのだ。

 (小)でも、あるとないではあった方が間違いなくいいだろう。


 そうだよ! そういうことをしてくれればいいんだよ!

 進化してから真っ先に石になったり、混乱して暴走してたりで、なかなか使う機会がなかったようだ。

 もっとバンバン使ってくれていいぞ、トレントさん。


 褒められてか、トレントがやや誇らしげに幹を張る。

 それから味を占めたように、アロとナイトメアにも同様に〖フィジカルバリア〗を掛けていた。

 ……あの二人は、多少補正があってもアダムのワンパンもらったら即死は免れねぇから、MP的に無駄なだけなんじゃねぇかな。

 アロはトレントの幹を撫でて功績を讃えていたようだったが、ナイトメアは煩わしそうにトレントを一瞥しただけだった。


 走ってくる二体のアダムが、同時に速度を上げてイヴから離れた。

 ……なるほど、一体はイヴにつくかと思ったが、イヴのスピードに掛けて、自分の身は自分で守れ戦法で来たか。


 ベストなのは、敵の戦法の隙を突いてイヴを仕留めることだ。

 俺はちらりとアロ達を振り返り、眼で待機を命じる。

 アロ達はこの戦いにおける重要な戦力だ。だが、敵の攻撃を受ければ、二発はまず堪えられない。

 動いてもらう場面と役割は、慎重に選ぶ必要がある。


 俺は前に飛び出し、二体のアダムの前へと出て、前足で踏み潰そうとした。

 アダムが左右に跳んで分かれ、俺に対して挟み撃ちの陣形を組む。

 俺はアダムが分かれたことで空いた、前方にいるイヴへと〖鎌鼬〗を放った。


 イヴは俺の技の初動の段階で動き出し、持ち前の素早さを活かして片足で高速移動し、大きく回避した。

 俺の放った三連の〖鎌鼬〗は床に当たり、石造りの床に大きな罅を入れた。

 イヴはそのまま大回りしてサッと回り、俺から距離を取る。間にアダムを挟む位置まで回ると、動きを止めた。

 やっぱそういう立ち回りなのか。


 左右から、アダムが飛び掛かってくる。

 相方よ、お前はそっち側のアダムを見張って、指示をくれ。


『オウ』


 俺は突進してくるアダムを〖鎌鼬〗で牽制する。

 アダムは地面を蹴り、左右へ移動しながら距離を詰めて来て、一定まで接近してきたところで俺の顔面目掛けて飛びあがってきた。


『コッチモ来タゾ! 尻尾回シテクレ!』


 俺は相方側へと尾を回す。

 続けて自分の前方に迫ってきたアダムに目掛け、爪を振りかざした。

 アダムは俺の前足を紙一重で回避して上に乗り、素早く蹴飛ばすことで更にもう一段ジャンプして俺の顔面へと迫ってくる。


 アダムは素早く、力が強い。

 二体を相手取って、一方的に攻撃できる機会はなかなか訪れない。

 だが、相手が近接勝負を仕掛けて来ている以上、被ダメージ覚悟で殴れば攻撃を通すことは容易い。


 俺が牙をちらつかせると、アダムが宙で構えを変える。

 口を開けた俺の鼻っ面を蹴とばす算段らしい。

 が、俺の牙はフェイントである。

 俺はすかさず前頭部でアダムへと頭突きを放った。

 アダムの身体が勢いよく地面に叩きつけられるが、アダムは叩きつけられた際の反動を利用して素早く起き上がった。


 つつ……あいつ、俺の頭に膝蹴りかましやがったな。

 身体を守ると同時に、俺に攻撃を加えやがった。


『モウ一体、跳ネタ! 上カラクッゾ!』


 ああ、わかってるよ。

 どうやら後ろ側では、相方が尾に乗ったアダムへ噛みつこうとし、アダムが尾を蹴って上へと回避したようだった。

 見てはいなかったが、触覚は共有しているので、大まかには判断がついている。


 俺は天井目掛けて〖灼熱の息〗を放つ。

 上に跳ねたアダムは、俺へと足を向けて蹴る準備をしていたようだったが、ぴくりと肩を震わせて動きを止めた。

 上方にいるアダムは、すぐに俺の〖灼熱の息〗に包まれ、姿が見えなくなった。


 この範囲なら回避はできなかったはずだ。

 火から逃れるところも見えてはいなかった。

 アダムのステータスでも、俺の〖灼熱の息〗をまともに受ければかなりのダメージが通るはずだ。


 だが、灼熱を突き破って現れたのは、半球状の土の塊に乗るアダムの姿だった。

 咄嗟に〖クレイ〗で土の盾を展開したらしい。

 なるほど、そういう使い方もあったのか。一つ勉強になった。


 前足を叩きつけると、アダムは土の盾を蹴とばして床へと逃れた。

 俺の殴りつけた土の盾が真っ二つになる。


 俺は床に立ったアダムが体勢を整える前に、爪を伸ばして大振りで前足を振り回した。

 アダムが逃れようと後ろへ跳ぶ。

 俺はそのまま前足を振り切って身体を回転させ、尾でアダムの横っ腹を殴りつける。

 これは予想外だったらしく、アダムの腹の顔面へと綺麗にヒットして吹っ飛び、遺跡の壁へとぶち当たった。


 よろめくアダムへ、イヴが駆け寄る。

 イヴを中心に円状に光が広がり、アダムの傷が癒えていく。

 〖ハイレスト〗だ。


 俺はすぐ回復に徹しているアダムから視線を逸らし、死角から飛び掛かってきていたもう一体のアダムの蹴りを前脚で受ける。

 すぐさま尾で追撃するが、それよりも早くアダムは下がり、距離を取った。

 最初から牽制目的で、俺にダメージを通すつもりはなかったようだ。蹴りも先程より軽い。

 単体ではあまり仕掛けてくるつもりはないようだ。


「ガァッ!」


 相方が〖ハイレスト〗を使った。

 額の痛みが和らいでいく。


『オイ、アッチハ放置デイイノカ? 回復通サレチャ、キリガネェゾ』


 ああ。

 もう片方のアダムに張り付かれてるし、強引に近づいてもこっちの被ダメージの方が大きいだけだろう。

 イヴが自由に動き回れる以上、回復なんてそう時間が掛かるもんじゃねぇし、

 今のは、奴らがどう動くかを確認したかったからだ。今回は、通してやる。


 二体相手取るのはギリギリどうにかなることがわかった。

 前のアダムと比べれば、大分軽い。レベルの差はやっぱしでけぇ。

 だが、逃げる奴を追いかけて、もう片方に無意味に隙を見せるのは得策じゃねぇ。

 イヴが万全な以上、相手にダメージを与えてもアダムが交互に入れ替わるだけだ。

 だがイヴを狙うにも、アダム二体の妨害が入る。

 この布陣を崩すには、俺だけだとどうしたって手が足りねぇ。


『ジャア、生首ノ魔力ガ尽キルノヲ待ツノカ?』


 いや、俺はアダム二体を倒す。

 あのジャンピング生首は、アロ達に任せる。


『アァ?』


 相方はちらりとイヴへ目を向ける。

 不気味な単眼の生首が、舌をだらしなく伸ばしながら跳ねている。


『……アイツラニ、アレヲ、ヤレンノカ?』


 ああ、それしか手はねぇ。


 俺はアロ達へと目をやる。

 アロは一瞬イヴを見て不安げにしていたが、戸惑いつつも頷いてくれた。

 大丈夫だ。俺も、考えなしにイヴ戦を丸投げしたいわけじゃねぇ。安心してくれ。


 トレントは力強く幹を張り、『任せてくれ』と言わんばかりの様子だ。

 ……トレントさんが自信満々だと、何だか余計に不安になるんだよな……その自信はどこから来るんだ。

 空回りしなきゃいいんだが。


 アロ達にイヴを引き受けてもらう。

 単純に考えれば、イヴはA-ランクモンスター。

 セイレーン相手にも立ち回るのが厳しいアロ達では、三体掛かりでも難しいだろう。


 だが、イヴは完全な回復型である。攻撃系統のスキルはほとんど持っていない。

 状態異常と即死技は持っているようだが、それらのスキルはアロには通用しないのだ。

 攻撃力も、アダムと比べてかなり低い。あれなら、一撃もらっても堪え切れるはずだ。


 そして最大のポイントは、アロ達はイヴを倒す必要はないという点である。

 相手取ってさえいればいいのだ。

 そうすれば、イヴが自身の素早さを活かして傷ついたアダムと落ち合い、回復することは困難になる。

 安定した待機場所がなくなるだけで、イヴの回復要員としての機能を大きく削ぐことができる。

 後は回復手段を失ったアダム二体を、俺が素早く叩けばいい。

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