第339話
キメラリッチがしばし動きを止めてから、目線を前に出てきたアロへと向ける。
予想通り、俺(ガード)から離れた遠距離魔法持ちのアロを優先して仕留めに来るつもりになったようだ。
ここまでは、アロと俺の計画通りだといえる。問題は、こっからだ。
キメラリッチは背を屈めて片翼の翼を広げ、枝を蹴ってアロへと直行する。
MP残量を気にしてか、俺以外に〖ダークスフィア〗を使う気はないようだ。
キメラリッチが、大きな爪のある腕を大きく伸ばす。
アロが〖肉体変形〗で、左腕を肥大化させる。
腕の重量に負けてか、やや体勢を下げる。
いつもより、腕を大きめに変形させているようだった。
身体にダメージを通さないようにするつもりなのかもしれないが……アレで防いでも、多分HP丸ごと削られるんじゃねぇのかな……。
マ、マジで、キメラリッチと近接戦闘する気か?
アロは攻撃力も素早さも、同ランクの中でもかなり低い方だ。
HPは高めだが、それでもまともに殴り合いのできる相手じゃねぇ。
俺はいざというときに備え、〖鎌鼬〗の準備をする。
キメラリッチが到達するよりも先に、アロの周囲を濃い霧が立ち込めた。
〖亡者の霧〗か……んでも、がむしゃらに暴れられたら、それだけで大分キツイぞ。
見えづらくなったから、俺も助けの手を出しづらい。
「シシシィッ!」
霧に浮かんでいる陰から、キメラリッチが腕をアロへと打ち付けようとしているのが見えた。
ヤ、ヤベェ、あそこまでいったら、もうどうしようもねぇだろ。
慌ててキメラリッチの背に照準を合わせて〖鎌鼬〗を放とうとしたが、アロの姿に違和感を抱き、俺は寸前で踏みとどまった。
アロの頭と、肥大化した腕が撥ね飛ばされ……いや、違う! あれは、〖クレイ〗で作ったダミーか。
腕を肥大化させたのは、自分のシルエットを覚え込ませて、相手に勘違いさせやすくするためだったのだろう。
「シシシシ……シ?」
砕け散ったアロのダミーが、無数の腕へと姿を変えて、キメラリッチの腕へと纏わりつく。
霧が薄れる。
〖クレイ〗で足の踏み場を作り、キメラリッチの剥き出しの脳に手を添えているアロの姿があった。
弱点にゼロ距離から魔法攻撃を叩き込むつもりらしい。
「シィイイイイイ……」
キメラリッチの身体が震えている。
目を凝らしてよく見れば、腕だけではなく、キメラリッチの身体を、いくつもの土の腕が押さえつけている。
〖クレイ〗で土の針を作ったときに、枝の上に散々散らばしていた土だ。
〖クレイ〗をかなり無駄撃ちしているように見えていたが、土のない木の上で存分に〖クレイ〗を使うための布石だったようだ。
作るのに手間が掛かるのなら、先に用意して後で使ってしまえばいいのだ。
土の腕で押さえつけた上から、蜘蛛の糸で何重にもぐるぐる巻きにされている。
霧に乗じて、プチナイトメアも罠を張っていたらしい。
「シアアアアアッ!」
が、ステータス差があるため、キメラリッチがもがこうとすれば糸は呆気なく緩み、土の腕も強引に引き千切られていく。
それでも、アロが魔法を使う方が速い――はずだったが、キメラリッチの腹部が縦に裂けて、中から赤黒い、長い内臓のようなものが無数に姿を現した。
キメラリッチの特性スキルにあった、〖触手〗だ。
身体と腕を封じるだけでは、不完全だったのだ。
触手の一本が、アロの胸元を目掛けて伸びていく。
トレントを中心に、黒い光の円が急速に広がっていった。
その光は早く、あっという間に俺やキメラリッチまで範囲内に呑み込んでいく。
知恵の実で覚えたスキルの一つ、〖グラビティ〗だ。
俺も何度か見たことがある。対象範囲内に負荷を掛け、押さえつけるスキルだ。
トレントの魔力なら、キメラリッチにとっては大したものではないだろうが……それでも、土の腕、蜘蛛の糸と来ての、三重目の縛りである。
キメラリッチの上体が、重力に押さえつけられるように下がる。
アロへと向けられていた触手も軌道が逸れ、アロの纏っているローブを掠めるに留まった。
「シ……シ、シ……」
ナイス! ナイスアシストだトレントさん!
今回ばかりは、紛うことなきナイス!
「う、う……」
……アロも範囲内だからしんどそうに身を伏せているが、とにかくナイスだトレントさん!
「ゲ、〖ゲール〗!」
アロが再度、キメラリッチの頭へと手を添える。
小さく圧縮された風の塊が、キメラリッチの剥き出しの頭部を襲う。
キメラリッチの身体が弾かれたように揺らぎ、ぐらり、ぐらりと、奇妙な揺れ方をする。
これは、入った。まともに攻撃が入ったはずだ。キメラリッチの頭から、緑の血が垂れ流しにされている。
「ア……アアアア!」
だが、防御力が高めだったこともあって、仕留めきれなかったらしい。
キメラリッチの四つの目が、アロを睨みつける。
そこに上から降りて来た束ねられた糸の輪が、キメラリッチの首を引っ掛けて一気に持ち上げれた。
キメラリッチの首が持ち上げられる。
「オガァッ!」
キメラリッチは首を下に引き、糸の輪の束を引き千切った。
だが、首元には薄っすらと赤い線が残っている。
「シィィィイ……ア、アア……」
キメラリッチが、やや苦しそうに首元を触る。
プ、プチナイトメアめ、えぐいことしやがる……。
そこに満を持して登場といったふうに、トレントがキメラリッチの目前に立つ。
トレントさんは、ちょっとスキルの威力低すぎるから、辞めといた方が……。
トレントが目の穴を閉じる。
優し気な光が、キメラリッチを包み込み始めた。
……え、〖レスト〗?
「アァァアアアアアアッ! アアァァァァア……」
キメラリッチが表情に不快感を露にし、しゃがれた声で吠える。
それから身体から力が抜けたかのように、がっくりと肩を地面に落とし、キメラリッチが動かなくなった。
弱っていたところへの〖レスト〗が決定打となったようだった。
ト、トレントさん……アンデッドに回復魔法がダメージになるってこと、よく知ってたな。
得意げなトレントに、アロが不服そうな目を向けていた。
トレントが、すっと申し訳なさそうにアロから目を逸らす。
も、もしかしてトレントさん、間違えてアロに〖レスト〗、使ったことあるんじゃ……。
い、いや、今は深くは問いただすまい……。
【経験値を469得ました。】
【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を469得ました。】
おっと……四分の一くらい、経験値を吸っちまったか。
ガード熟してたから、まぁ仕方ねぇよな。
さて、問題は、どんくらいアロ達のレベルが上がったか、だが……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます