第689話
ヨルネスへ距離を詰めようとしたとき、目前に虹色の球体が出現した。
当てに来たというより、接近を牽制しに来たようなスキルの撃ち方だ。
相手の意図通りに動くのは怖いが、ヨルネスは変わったスキルが多く、下手に近づくのは避けたい。
〖ルイン〗の爆風を受けてまで距離を詰めるより、ここは無難に距離を取って相手のMPを消耗させつつ、出方を窺った方がいい。
手札不明の相手に安易に近づくのは不気味すぎるし、攻撃を受けながら接近すればそれこそ致命的な隙を晒すことになる。
強行して接近するより、ここは距離を置いて様子を見た方が無難だ。
俺は身を引いて回避する。
目前で〖ルイン〗が虹色の光を撒き散らして爆発した。
〖魔法規模拡大〗は使っていない……。
本当に俺の接近を牽制するのが目的だったようだ。
思惑に乗る形になったのは不安要素ではあるが、相手の狙いがしっかり読めていたことが裏付けられたのはよかった。
問題はヨルネスが、ここで何を仕掛けてくるつもりなのか……!
『〖ドッペルペイン〗』
ヨルネスの周囲に、どす黒い髑髏を模したような靄が浮かぶ。
あのスキルは、ヨルネス以外が持っているのは見たことがないが……。
【通常スキル〖ドッペルペイン〗】
【耐性を無視して自身を毒、呪い、麻痺の状態にする。】
あのスキル、何の意味があるんだ……?
説明文を見るに、完全にデメリットしかないように思えるが。
ユミルのように、状態異常を負うことで自身を強化するスキルでも抱えているのか?
ざっと確認したところ、そのようなスキルはなかったはずなのだが……。
『〖エンパス〗』
ヨルネスの石像の瞳が仄かに光った。
ぐわんと、思考を掻き乱されるような感覚。
瞬間、俺の全身が痺れ、身体が苦しくなった。
飛行が乱れそうになるのをぐっと堪える。
な、なんだ今の……全く避ける余地がなかった。
【通常スキル〖エンパス〗】
【相手と瞬間的に精神を同調することで、自身の負っている苦痛やダメージを他者と共有する。】
【自分よりダメージを受けている相手にダメージを与えることはできない。】
あっさりと書いてくれてこそいるが、実際に受けるととんでもねぇスキルだ。
何がどう飛んできて作用したのかさっぱりわからない。
強いていえば〖エンパス〗は〖念話〗に近いものを感じた。
恐らくこれは、どう足掻いても避けられない。
自身の負っている苦痛やダメージの共有ってことは、これは……。
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〖イルシア〗
種族:アポカリプス
状態:毒(大)、呪い(大)、麻痺(大)
Lv :105/175
HP :7957/10386
MP :8361/8405
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最悪だ。
確実に距離を取ってから〖ドッペルペイン〗で自身に状態異常を掛け、〖エンパス〗で共有するのが狙いだったらしい。
今の感じ、俺の耐性を完全に貫通して来やがった。
そして状態異常もそうだが、ダメージを与えれば〖エンパス〗でダメージを共有してHPを削って来るのもヤバ過ぎる。
ヨルネスは最大HPがかなり高い。
俺の方が辛うじて最大HPで勝っていたからいいものの、もし負けていたらHPを減らしてからの〖エンパス〗で瞬殺されていたんじゃなかろうか。
ヨルネスのステータスを見たときに嫌な予感がして、アロとトレントを離れさせておいてよかった。
ただ、俺に状態異常を治癒するスキルはない。
〖ハイレスト〗をごり押しすれば治せるが、MP消耗とはあまり見合わない。
〖ホーリー〗で呪いは除去できるが、呪いは長期的に相手の体力を奪う状態異常であるため、これに限ってはさして即時的な影響の大きい状態異常ではない。
今急いて治癒するのはあまり得策ではないだろう。
どうせすぐに〖エンパス〗で押し付けられる。
それよりダメージを与えづらいヨルネスが、自発的に状態異常を負ってくれたのをプラスと捉えるべきか……。
毒の持続ダメージや麻痺の行動阻害は痛いが、結局それはお互い様だ。
自然治癒に任せるしかない。
『〖バプテスマ〗』
ヨルネスの身体が光に包まれていく。
ま、また新しいスキル!?
つーか、あれってまさか……!
【通常スキル〖バプテスマ〗】
【自身の穢れを浄化する。】
【あらゆる状態異常を完全に回復する。】
ひ、人に擦り付けて、自分だけさっさと回復しやがった……!
〖ドッペルペイン〗で自分に状態異常を重複させ、〖エンパス〗で強制共有し、〖バプテスマ〗で自分だけ回復するのが一連の流れだったらしい。
本当にこれまで戦ってきた魔物の中で、比べるまでもなく一番戦い方が汚い。
複数種のカウンタースキルと、それ一つ連打するだけで戦える、強化した速くて威力が高く規模の大きい魔法攻撃スキル。
それだけでも煩わしいのに、耐性を貫通する凶悪な状態異常の押し付けコンボと、条件次第で相手を即死させられるダメージ共有スキルまで持っていやがる。
ヨルネスの戦い方が異様すぎる。
伝説級上位ではなくただの伝説級だったのは、神の声でも伝説級上位の魔物を造り出すのが難しいからだと思っていたが……このアバドンに関しては、ランクで劣っていても相性次第で嵌め殺せるタイプの魔物だ。
そうした理由で神の声の〖スピリット・サーヴァント〗として選出されたのかもしれねぇ。
下手したら四体の中で一番厄介だ。
とにかく、一方的に毒を植え付けられちまった以上、勝負を急ぐ必要が出て来やがった。
正攻法以外のあらゆる方面から攻めて急かして来やがる。
俺が前に出ようとしたとき、また目前に虹色の球が現れた。
俺は高度を下げ、〖ルイン〗の爆発を避ける。
その間にヨルネスは俺から距離を取るように飛んでいく。
嫌らしい……。
先程と同様に、ヨルネスは〖ルイン〗を、俺との間に設置するように仕掛けてきやがった。
もう少し接近してからじゃねぇと魔法スキルを当てられるわけがねぇと思っていたが、このままだと一方的に距離を保って毒ダメージを稼いで遠距離攻撃を仕掛け続けられるだけだ。
おまけに麻痺で運動能力を落とされた以上、接近は余計に困難になった。
こっちからも遠距離攻撃を仕掛けながら相手の隙を作るしかない。
……もっとも、ヨルネスは〖詠唱返し〗という魔法スキルのコピー技を持っているため、下手にスキルを見せるわけには行かねぇのだが。
アポカリプスの凶悪な固有魔法をコピーされたらこっちの状況が更に悪くなりかねない。
本当に徹底して嫌な戦い方を仕掛けて来やがる。
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