第690話

 とにかくヨルネスに接近し、ダメージを与える術を探る必要がある。

 〖詠唱返し〗でコピーされた挙句に〖魔法規模拡大〗で強化されるため、魔法スキルは下手に見せられねぇ。

 〖ルイン〗だけでも厄介なのに、アポカリプスの〖ディーテ〗や〖コキュートス〗を真似されたら手が付けられなくなる。

 場合によっては使わざるを得ないだろうが、牽制で仕掛けるにはもっといいスキルがある。


『〖ホーリースフィア〗!』


 俺はヨルネス目掛けて、白い光の球体を放った。

 光属性の魔法攻撃スキルだ。


 〖次元爪〗よりMP消費量でもダメージでも当てやすさでも劣っていたため使う機会は特になかったのだが、対ヨルネスの牽制としてはこのスキルが一番いいはずだ。

 物理攻撃でないため〖因果の鏡〗に引っ掛からない上に、既にヨルネスは〖ホーリースフィア〗を持っているため〖詠唱返し〗で手札を増やされる心配もない。


 ヨルネスはただでさえ動きが遅い上に、あのアバドンの姿は〖鈍重な身体〗の特性スキルで素早さが落ちている。

 あの巨体じゃ、単発スキルを躱すのも苦労するはずだ。

 ……もっとも、そうでもなければ、〖因果の鏡〗なんてクソスキルを持っていやがるヨルネスにはとてもじゃないがダメージを与えられねぇんだが。


『〖レジスト〗』


 ヨルネスに当たる手前で、光の球が渦を描くように四散して掻き消された。

 スキル〖レジスト〗……魔法を打ち消すスキルだ。

 ヨルネスは魔法対策を掻き消す〖レジスト〗と反射する〖ミラーカウンター〗の二つ持っているが、今回は掻き消す方を選んだようだ。


 この距離で〖ホーリースフィア〗を撃っても、とてもじゃないがヨルネスのスキルを掻い潜って攻撃を当てることはできなさそうだ。

 だが、〖ホーリースフィア〗に意識を向けさせた隙に、距離を詰めることに成功した。

 近距離を飛び回って魔法を撃ち続けていれば、いつかヨルネスに届くはずだ。


 威力なら〖グラビドン〗の方が出そうだが、気軽に撃てるのは〖ホーリースフィア〗だ。

 とにかく〖ホーリースフィア〗を放って、ヨルネス相手にまずは一撃でもいいからダメージを与える!


 俺はヨルネスへ距離を詰めながら、前脚の先に白い光の球を浮かべる。

 そのまま奴の大きな人頭の部分へと〖ホーリースフィア〗を叩きつけてやった。


『ゼロ距離〖ホーリースフィア〗!』


『〖レジスト〗』


 俺の前脚の先の〖ホーリースフィア〗の魔力が散らばり、掻き消された。

 前脚でヨルネスを押さえ付けながら、俺は素早く尾で弾いて距離を取った。


『ちっ、これでも無理か!』


『〖ルイン〗』


 不完全な体勢の俺へと、案の定追撃が放たれる。

 追撃が来ることはわかっていたので、そのまま速度を上げる。

 背後で虹色の光が爆ぜた。


 押し出すように尾を当てたのだが、ヨルネスは微動だにしていない。

 〖因果の鏡〗の影響なのだろう。

 物理攻撃でダメージを与えることは疎か、物理的な接触でヨルネスを動かすことさえ不可能だと考えた方がよさそうだ。

 

『……想像以上に厄介だな』


 〖因果の鏡〗を突破する術をいくつか考えていたのだが、たとえば叩き落としたり、壁に叩きつけたりといった方法で間接的にダメージを与えるというのは難しそうだ。

 〖因果の鏡〗がそうした攻撃も跳ね返してくるのか検証したかったが、そもそも力を加えること自体ができそうにない。

 〖グラビティ〗を撃ってもさすがに地面まで叩き落とすだけの威力は出ねぇし、邪魔だと判断されれば〖レジスト〗で潰されるだけだ。


 そしてもう一つ考えていた攻略法も否定された。

 隙を突いて〖闇払う一閃〗を使えるのではないかと思っていたのだ。

 アレはあらゆる耐性やスキルを貫通してダメージを与えられる。

 だが、ゼロ距離からの〖ホーリースフィア〗を〖レジスト〗で潰される以上、〖アイディアルウェポン〗で剣を出しても掻き消されちまう。


 ただ、これでヨルネスの戦い方は見えてきた。

 状態異常で動きにくくしてダメージを与え、自身はひたすら攻撃を無効にしつつ時間を稼ぐ。

 〖ルイン〗をばら撒くのは攻撃目的より、俺の行動を阻害するのが主目的だ。


 ダメージを与えられる場面でも〖ルイン〗を牽制目的ばかりに使っていたことに違和感があったが、俺の攻撃を安易に許せば自身の優位性がなくなると判断してのことだろう。

 だったら、こっちの方針も固まった。


『〖カースナイト〗!』


 俺は前脚を伸ばし、先端に魔力を溜めた。

 指先に青白い光が灯る。

 放たれた光は、下半身が馬の騎士の姿を模していく。


 アポカリプスに進化した際に獲得した、遠距離攻撃スキルである。


【通常スキル〖カースナイト〗】

【魔力の塊より、強い呪いを帯びた騎士を生み出す。】

【騎士は衝撃を受けるか、対象の敵への攻撃に成功した際に爆ぜ、周囲に呪いを撒き散らす。】

【飢餓や狂乱状態を与える他、相手の魔法力が低い場合には死を、場合によっては対象の肉体を術者が操ることもできる。】


 状態異常は〖エンパス〗で強制共有された挙句に〖バプテスマ〗で回復されるだけだろうが、元々〖カースナイト〗の状態異常付与はメインではない。

 ダメージをそれなりに見込めるため、追尾できる攻撃手段になるのが強みである。

 ヨルネスは魔法力も高い上に、状態異常耐性も高い。

 どうせ状態異常には掛かってくれないだろう。

 

 元々、俺は〖カースナイト〗は使えないスキルだと思っていた。

 強敵相手に状態異常は効かない上に、速度が遅く、MPの消費量もそれなりに高いためだ。

 だが、今回でいえばその遅さと追尾機能が幸いする。


『〖ホーリースフィア〗!』


 俺は〖カースナイト〗に続き、素早く〖ホーリースフィア〗を放った。

 俺自身もヨルネスへと直進して距離を詰めていく。


 〖カースナイト〗は宙を駆け、ヨルネスの側面へと回り込んでいく。


 ヨルネスを倒すには、魔法スキルの同時攻撃しかない。

 〖エンパス〗で即死させられかねない以上アロやトレントを下手に連れてくるわけにはいかねぇが、俺一人でも魔法スキルの同時攻撃はできる。

 〖カースナイト〗の遅さと追尾機能を利用し、ヨルネスを同時に攻撃できるように調整すればいい。


 ヨルネスは〖カースナイト〗から逃げるように動く。


 だが、無駄だ。

 〖カースナイト〗には追尾効果がある。

 呪いの騎士は速度を上げ、ヨルネス目掛けて槍を構える。


『〖ミラーカウンター〗』


 先程までとは桁違いなほどに大きな、光の壁がヨルネスの前面を覆う。

 〖魔法規模拡大〗で強化したようだ。

 無策で逃れようとしていたわけではなく、〖カースナイト〗の飛び込んでくる角度を調整していたのだ。


 ヨルネスの〖ミラーカウンター〗によって、〖カースナイト〗と〖ホーリースフィア〗の双方が同時に防がれる。


 そのとき俺は、ヨルネスの頭上へ移動していた。

 口の中に溜めていた魔力の塊を、至近距離から一気に放つ。


『〖グラビドン〗!』


 ヨルネスの頭部に、黒い球体が直撃した。

 石像の身体に亀裂が走り、ヨルネスが大きく高度を落とした。


 間違いなくダメージが入った。

 ヨルネスの絶対防御を破ってやった。


 俺は自分の放った魔法スキルよりも速く動ける。

 発動時間が違っても、その分俺が移動して接近すれば、同時に着弾させることは容易い。


 速度の差と〖カースナイト〗の追尾機能を活かせば、ヨルネスの魔法対策は打破できる。

 二発同時で対処されるなら三発同時だ。


『ようやく一発ぶちかましてやったぜ、ヨルネス』


 石像の顔は動かない。

 だが、俺を睨みつけているように思えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る