第593話

『主殿……本気で食べるのですか?』


『駄目か?』


 トレントの言葉に、俺は首を傾げた。

 

『駄目ではありませぬが……ううむ』


 俺はケサランパサランの残骸を回収して、毛皮らしき何かを剥ぎ、内臓らしき何かを掻き出し、木の枝に吊るして血抜きを行っていた。

 ……もっとも、血と呼んでいいのかどうかも少し怪しいところだが。


 ケサランパサランの姿は、巨大なたんぽぽと称するのが一番近い。

 もしかしたら植物に近い魔物なのかもしれないと思ったが、身体の構造的にはむしろ動物のそれに近いような気がする。


 俺は血抜きの間に、周囲を探索して食べられそうなものを探した。

 俺は森に生えていた、黒緑色の不穏な草へと目を向ける。

 強い魔力を感じたのだ。

 もしかしたら、貴重なものかもしれない。


 トレントがすかさず引き抜き、俺の前へと突き出した。

 ついてきた根っこが、ぷらぷらと揺れる。

 根っこが人面のような形になっていた。


『主殿! どうですか! 食べられますかな?』


 トレントに尋ねられ、俺は確認する。


【〖呪怨草〗:価値B-】

【強い怨念が宿る場所に生える草。】

【根に宿った淀んだ魔力は、アンデッドの材料や呪いの媒介として用いられる。】


 怨念が宿る……呪いの媒介か……。

 ンガイの森は、神の声への呪いや執念で溢れていたとしてもおかしくない。

 それらを糧に育ったのかもしれない。


 俺は鼻先を近づけた。

 髪の焦げるような匂いがした。


『貴重みたいだが……臭いからナシだな。高価みてぇだから、勿体ないんだけど』


『そうですか……』


 トレントがっかりしたように地面へと投げ捨てる。


「竜神さま! 見て、見て、綺麗なお花があったの!」


 少し離れていたアロが俺達へと駆けてきた。

 手に、大きな赤々とした派手な花が握られていた。

 奥の内側の花弁は金色になっている。

 美しい花だった。


【〖鳳凰花〗:価値A】

【突然変異によってのみ生じる、決して枯れることを知らない花。】

【また、炎の中に落としても燃えることがない。】

【それらの性質から、権力者の装飾品やお守りとして好まれた。】

【力強くも心地よい香りが、嗅ぐ者の幸福感を誘う。】


 お、おお……!

 簡単にAランク、Bランク価値の植物が見つかるとは……神の声が用意した、異世界なだけはある。


 俺は鳳凰花へと鼻先を近づけた。

 力強い生命力を感じさせる香りがした。


「ねえ、竜神さま! このお花、すっごく綺麗で、可愛い……!」


 俺は大きく頷いた。


『ああ、薬味に使えそうだな。飯の外見も引き立ちそうだ。よく見つけた、アロ』


 アロは一瞬無表情になったが、すぐに満面の笑顔を浮かべた。


「えへへ……竜神さまに褒めてもらえて嬉しいです」


『……それでよいのですか、アロ殿』


 トレントはアロを眺めて、不安そうにそう零した。


 その後もしばらく植物採取を続けていた。

 俺は変な木の根の近くに、土を被ったキノコがあることに気が付いた。

 ごつごつっとした、変な形の奴だった。

 黄土色をしている。


 俺がぼうっとその変なキノコを見ていると、トレントがすかさず土を払い、引っこ抜いて俺の前へと差し出した。


『主殿、どうですかな?』


『あ、ああ、ありがとうトレント。見てみるぞ』


 俺はキノコへと意識を向ける。


【〖金丹茸〗:価値L+(伝説級上位)】

【特異空間の魔力を帯びて、従来のキノコが変化したもの。】

【強い毒性を持っているが、同時に人間に不老を授ける力を持っている。】

【かつて人の世界に齎されて時の権力者が食したが、数年の内に暗殺されてしまったという。】


 き、金丹茸……なんだか、物々しいものが出てきたな。

 伝説級上位なんてあったのか。

 俺は初めて知ったぞ。


 しかし、毒性か……。

 まあ、俺達全員B+級以上の魔物なわけだし、これくらいの毒は今更効かないだろう。

 強い毒性とは書かれているが、人間が食べたって死なないくらいだ。


 不老ねえ……アロは最上位クラスのアンデッドだし、俺も一個前のウロボロスの時点で永遠に生きるだのいわれてたくらいだからな。


『主殿……駄目ですか?』


 トレントが寂しそうにそう言った。

 俺は金丹茸へと鼻を近づけた。

 うん、食欲をそそるいい香りがする。

 悪くなさそうだ。


『うん、それも食うか』


 勿体ない気もするが、元の世界に持って帰ってもロクなことにはならないだろう。

 気軽に誰かに売れるわけでもないし、説明して信じてもらえたとしてもこれで戦争が起きかねないような代物だ。

 説明書きにあったような悲劇を繰り返してしまうだけだろう。


 こういうのは深く考えず、バクッと勢いよく食っちまうのが一番だ。

 せっかく高級なんだし、価値に見合った美味さであってくれよ。


『やった! 私の取った食材が採用されましたぞ!』


 トレントが嬉しそうに跳ねて、次の食材を探して走っていった。


『お、おい、一応視界の範囲内にはいてくれよ。〖気配感知〗には引っかからねぇが、ヤベェ魔物が地面に潜んでいることだって考えられるんだから』


 アロはトレントが駆けていく背を、対抗意識を燃やした目で見つめていた。


 俺は苦笑いし……それからこの世界ではすっかり見飽きた、巨大な木へと目を向ける。


【〖ノロイの木〗:価値L(伝説級)】

【あっという間に一律の長さまで成長する、巨大な木。】

【異様な頑強さと、属性攻撃に対する強い耐性を持つ。】

【失われた本数だけいつの間にか生えてくる。】

【ただし、普通の世界では決して育つことはない。】

【〖狂神〗状態になる花粉を振りまく。】


 ……この木が、〖狂神〗を振りまいている元凶ってわけか。

 とんでもねぇ量があるし……俺の〖転がる〗を弾いたことからも、その頑強さは折り紙付きである。


 そこらの魔物よりもよっぽど頑丈だ。

 何ならトレントよりも耐久力がある。

 焼き払うだの考えるのは無謀そうだな。


「どうしましたか、竜神さま?」


 アロの言葉に俺は首を振った。


『いや……後で、落ち着いて話そう。そんための食事の機会でもある』


 アロ達には伝えきれていないことや、俺の憶測が沢山ある。

 なるべく落ち着いた場所で共有しておきたい。


『主殿っ! 見つけました! これは、これはどうでしょうか! 向こうにはもっといっぱいありますぞ!』


 トレントが手に赤い葡萄のようなものを抱え、俺へと走ってきた。

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