第566話

 リリクシーラの手から四つのチャクラムが放たれる。

 俺は〖竜の鏡〗でベビードラゴンへと姿を変えた。


 チャクラムは一回り以上大きくなっているが、これでやり過ごすのが一番確実だ。

 元のオネイロスの大きさだと、とてもじゃねぇが安定して避けることができねぇ。


 前回同様自身の周囲に〖ミラーカウンター〗の光の壁を展開する。

 跳ね返すためではない。

 自身に迫ってきた際に〖神仙縮地〗で急に距離を詰めて来ても〖ミラーカウンター〗が破壊される音で即座に反応できるようにしておくためである。


 だが、これで安心することはできない。

 リリクシーラとて、俺の対応策が固まってきた状態で、何度も同じ攻撃パターンを仕掛けて来るだけとは思えない。


 〖チャクラ覚醒〗はHPとMPを消耗し続けるスキルだ。

 リリクシーラとて四連〖アパラージタ〗を無駄撃ちはできないし、ダメージを受けてMPを用いて回復するのも避けたいはずだ。


 リリクシーラの動きは速くなった。

 スキルの威力も強化されている。


 だが、リリクシーラにとってプラスばかりではない。

 〖チャクラ覚醒〗のデメリットにより、長期戦を狙った戦法は取れなくなる。

 相手の出方を窺う牽制行為が取り辛くなったはずだ。


 今までの安全圏から攻撃しつつ俺が飛び込んでくるところを叩く戦法は取れない。

 これまでとは違う隙が出て来るはずなのだ。

 俺は、そこを突くしかない。


 〖チャクラ覚醒〗のメリットに翻弄されず、デメリットをしっかりアドバンテージに変えなければいけない。

 強化されたスキルに振り回されていれば、〖チャクラ覚醒〗の火力の前に一気に沈められかねない。


 〖アパラージタ〗のチャクラムが〖神仙縮地〗によって出鱈目な軌道に移動した。

 そのとき、違和感を覚えた。

 チャクラムが俺を回り込み、先の道を潰すかのような配置だったからだ。


 これまでリリクシーラの行動の隙を突くのはかなり苦労させられた。

 攻撃に対してカウンターを取るのであれば、どこかで意表を突かなければまず通らなかった。

 それはリリクシーラは攻撃を行う際に、相手の甘い対応を期待しているかのような行動をほとんど取らないからだ。

 ここまで機械的に戦えるのは、リリクシーラの性根も大きいだろうが、〖ラプラス干渉権限〗でかなり周到なシミュレーションを積んできたことが窺える。


 ここでチャクラムを投げてきたのは、チャクラムを当てるためじゃねぇ。

 本命の狙いは俺の行く手を潰し、速攻を仕掛けやすい近接戦の間合いで戦うことだ。

 この配置はそれ以外考えられねぇ。


 〖チャクラ覚醒〗の強化があるとはいえ、俺が一度対応できた慣れつつある攻撃パターンを、リリクシーラが捻りなく使って来るというのがそもそもおかしかったのだ。

 他のどの敵でも有り得ただろうが、コイツだけはそれをやってこないと読み切れたはずだった。


 リリクシーラが飛び込んでくるのなら、物理面のステータスが大幅に減少しているベビードラゴンの姿を取っているのはまずい。

 だが、どの道チャクラムが俺目掛けて戻って来る。

 ベビードラゴンじゃねぇと避けきる自信がない。


 悩んでいる猶予はない。

 俺は〖竜の鏡〗を解除しながら前へと飛び込みつつ、〖次元爪〗を前方へ放った。

 リリクシーラが前から攻めて来るなら牽制になるはずだった。


 俺が腕を振り切ったとき、リリクシーラは俺の上方を取っていた。

 腕には〖アパラージタ〗で造ったらしい、巨大な光の斧を掲げていた。


 〖神仙縮地〗を用いながらジグザグに移動したようだ。

 少しでも早く間合いを詰めるよりも、〖次元爪〗を読んで確実に回避して来やがった。


「よく私の狙いを見切れましたね。ですが、一手遅かった」


 ……リリクシーラの言葉通りだった。

 奴が〖アパラージタ〗を投げた瞬間に、俺の後方を狙って白兵戦を仕掛けるためのものだと読むことができていれば、安全に対応することもできていた。


 〖次元爪〗まで読んでいたことと言い、結局は俺が遅れて気が付くところまでリリクシーラの手の上だったのだ。

 いや……たとえ一瞬早くこの可能性に気が付いていたとしても、今まで散々リリクシーラの安全圏からの一方的な〖アパラージタ〗の猛攻に苦しめられてきていた俺は、『チャクラムの軌道』確証がない限りはその一点読みで動くことなんざできなかっただろう。

 ましてや、咄嗟の判断で完璧に対応することなど、どう考えても不可能だ。


 リリクシーラは、そこまで読んだ上で距離を詰める手段に出たのか……?

 ここまで病的に慎重だったリリクシーラだ。

 リスクを負って決めに来たと考えれば、狙って動いていると考えた方が妥当なのかもしれない。


 俺はリリクシーラと向き合いながら身体を捻り、同時に高度を上げた。

 前に出たリリクシーラが俺の上を取っているということは、〖アパラージタ〗のチャクラムの高度はやや低めである可能性が高い。

 リリクシーラとて、一歩間違えれば自分に当たりかねないはずだ。


 俺の尾に激痛が走った。

 〖アパラージタ〗のチャクラムが当たったのだ。

 予測は当たっていたが、一発避けられなかった!


 同時に俺に対し、リリクシーラが光の巨斧を振り下ろした。

 胸部から反対側の下に抜けて袈裟斬りにされた。


 俺の血で視界が蒼に染まった。

 意識が飛ぶかと思った。

 ダメージをかなりもらったはずだ。

 〖チャクラ覚醒〗のステータス向上スキルと、バカでかい斧型の〖アパラージタ〗、そして正面から直撃を受けたことが合わさったのだろう。

 一撃で俺のHPの上限値の大半を削りかねないダメージだった。

 ベビードラゴンの姿で受ければ確実に死んでいた。


 立て直す前に、二発目が来る……!

 俺はせいいっぱい斜め上の背後に逃げながら、〖アイディアルウェポン〗を使った。


 俺が出すのは、この場を凌げる大盾だ!


【〖オネイロスフリューゲル〗:価値L(伝説級)】

【〖防御力:3000〗】

【青紫に仄かに輝く大盾。】

【夢の世界を司るとされる〖夢幻竜〗の翼を用いて作られた。】

【人の世界と神の世界を隔てる扉として用いられているとされている。】

【生半可な攻撃を通さないことは無論のこと、近付こうとする者は幻影に惑わされるという。】


 青紫のグラデーションの掛かった巨大な盾が俺の前に展開された。

 オネイロスの両翼が左右から中央に向けて渦を巻いているかのようなデザインになっていた。

 素早く〖竜の鏡〗で前脚の形を変えて〖オネイロスフリューゲル〗を支えた。

 どうやらスキルレベル向上に伴い、出せる武具がウロボロスからオネイロスに進化したらしい。


 防御補正値ではなく、大盾の防御力となるようだ。

 矢を防いでダメージを受けるわけがないので当然ではあるが、初めて知った仕様であった。

 完全に攻撃を跳ね返すことはできないだろうが、何手かダメージを凌ぐ程度は可能なはずだ。


 その間に胸の傷を〖自己再生〗と〖竜の鏡〗で消し去る。

 併用した方が傷を治すMP消耗を抑えられるのだ。

 HPは〖ハイレスト〗で回復する。


 〖アパラージタ〗の大斧の一撃が〖オネイロスフリューゲル〗にぶちあたった。

 〖オネイロスフリューゲル〗の右半分が剥がれて宙を舞い、残った左半分も大きく抉れていた。

 無いよりマシだが、思ったより防げてねぇ!

 マジで【防御力:3000】の肉盾ってくらいの効果しかなさそうだ。


「アレと対面するのは、私です。貴方ではありません」


 リリクシーラが俺を睨みながらそう口にした。

 アレとは〖神の声〗のことだろうか。

 慕ってる割には、えらくぞんざいな呼び方をしている。

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