第565話

 リリクシーラの下腹部に〖ウロボロスブレイカ〗の右の剣、青い刃が突き刺さった。

 リリクシーラの口から碧い血が舞う。


 青の刃は斬りつけた対象に耐性を無視したダメージを与え、加えて相手を毒状態にする効果を持つ。

 リリクシーラには〖物理耐性:Lv9〗と〖毒耐性:Lv8〗があるが、この〖ウロボロスブレイカ〗の毒牙からは逃れられない。


 リリクシーラの〖アパラージタ〗のリーチに対抗するために〖アイディアルウェポン〗を使っただけなので、〖ウロボロスブレイカ〗の特殊効果はあったらラッキー程度にしか見ていなかったが、おまけにしては充分過ぎる効果だった。

 MPの消耗量はやや多いが、これまでももっと惜しまずに使ってもよかったかもしれない。


【通常スキル〖アイディアルウェポン〗のLvが8から9へと上がりました。】


 刃はリリクシーラの身体を貫通し、彼女の身体を〖ヘルゲート〗の黒炎が支配する壁へと釘付けにしている。

 逃げられないリリクシーラの身体が、黒い炎が象る骸の巨人に焼かれて行く。


 〖神仙縮地〗も、崖に縫い付けている今は使えるわけがない。

 あれは空間を歪めて伸び縮みさせるのが限界だ。


 〖ヘルゲート〗は俺の消耗も激しいが、その分直撃したときのダメージは保証ができる。

 このままリリクシーラは〖ヘルゲート〗の炎で焼き尽くしてやる。


「ここまで、やって……負ける、わけには……」


 リリクシーラの腕がぴくりと動いた。

 俺は弾かれた左の剣で、リリクシーラの胸部を斬ろうとした。


 次の瞬間、高速で〖ホーリーナーガ〗の尾が飛来してきた。

 俺の胸部を打ち抜く。

 俺はその反動で背後へと弾き飛ばされた。


 崖への拘束を純粋な膂力で跳ね除けられたのか!?

 俺は手許へ目をやる。

 〖ウロボロスブレイカ〗の右の剣の刃が砕けていた。


 振り解かれた以上、MPを浪費し続けるわけにはいかない。

 俺は〖アイディアルウェポン〗を消した。

 続けて〖竜の鏡〗を解除して、腕の形状に変化させていた前足を元の形に戻す。


 今……俺を尾で殴ったときのリリクシーラは、尋常ではない力だった。

 〖ホーリーナーガ〗自体ステータスは高いし、おまけに〖神仙気功〗による膂力の増加まで奴は持っている。

 だが、それだけじゃねぇ。

 今までのリリクシーラを遥かに超えていた。


 リリクシーラの身体が〖ヘルゲート〗の炎で焼け落ちて崩れていくが……その殻を喰い破り、中から新しいリリクシーラの頭が覗いていた。

 また〖転生の脱皮〗を使いやがったのか!

 魔力燃費は悪いはずだが、どれだけ外傷を与えてもHPどころか欠損部位ごと元通りになられるのはキリがねぇ。


 だが……これで奴も、かなりMPを吐き出した。

 もうひと踏ん張りで、決着をつけられる。


 俺は〖次元爪〗の連打をお見舞いした。

 リリクシーラの姿が左右にブレる。

 彼女の背後の崖壁が〖次元爪〗によって裂かれた。


 なんだ、今の避け方は……。

 これまでも〖神仙縮地〗での回避をされていたが、今のは完全に〖次元爪〗の軌道を読んでいたとしか思えない。

 あいつ……俺の前脚の動きから読んで、最小の動きで避けやがったのか。


 〖神仙縮地〗を更に使いこなして来たのか?

 それとも〖ラプラス干渉権限〗の予知の精度が上がっている?

 いや、もっと単純だ。反応速度が、上がっている。


 リリクシーラの身体に残っていた、焦げた〖転生の脱皮〗が動きについていけずに崖底へと破れて落ちて行った。

 露になったリリクシーラの身体は、全身が仄かに黄金の輝きを纏っていた。


『なんだ、その姿……』


 リリクシーラの瞳が、俺を睨んだ。

 寒気が走った。

 魔物でも見たことがないくらい、ぞっとするような冷たい目をしていた。


 彼女が〖ホーリーナーガ〗に変貌してから、どんどん顔つきから人間味が消えていく。

 いや、元々コイツは人間の姿をした化け物のような奴だったのかもしれねぇ。

 内面が表れつつあるのかもしれない。


「保険は使わずに取っておくのが理想なのですが、抱え込んで死ぬわけにもいきませんからね」


 リリクシーラはこきりと、首を横に倒す。

 無表情な瞳は、顔が動いても俺を睨んだまま固定されていた。


 とにかく、止まったらヤベェ。

 今のリリクシーラは、速度も膂力も桁外れだ。

 何を仕掛けて来るかわかったもんじゃねぇ。

 俺は崖壁のすぐ外側で飛行を続ける。


 リリクシーラの使ったスキルが何なのかはもうわかっている。

 姿を見たときは驚いたが、消去法で一つしか残っていねぇ。


【特性スキル〖チャクラ覚醒〗】

【身体の七つの中枢器官を魔力によって暴走させる。】

【思考が冴え、膂力が増し、魔力が滾る。】

【自身の全てのステータスを引き上げることができるが、HPとMPが急速に減少する。】

【我が身を滅ぼす諸刃の刃。】


 ……追い込まれたとき用の暴走スキルだ。

 黄金の輝きは、恐らく過剰に滾った魔力が溢れているためだろう。


 自分の部下に〖バーサーク〗を付ける奴はトールマンの兵の中にいたが、〖チャクラ覚醒〗はそれよりも遥かに厄介だ。

 〖バーサーク〗と違って頭が冴えた上で、あらゆるステータスを向上させる。 


「認めて差し上げますよ。私の経験上、貴方のように死地でなお矜持を忘れず、追い込まれた時ほど本領を発揮する者が最も厄介でした」


 リリクシーラが翼を広げ、俺への距離を詰めて来る。

 四つの手に〖アパラージタ〗の輝きが宿った。

 またチャクラムとして投擲してくるつもりだ。


 投げて来るかと思ったとき、チャクラムがひと回り大きさを増した。

 やはり〖チャクラ覚醒〗でスキルの威力が跳ね上がっている。


「ですが、ここまでですよ。お眠りなさい」


 〖チャクラ覚醒〗には自身のHP、MPを擦り減らす効果がついている。

 スライム暴走体のルインと同じく消耗しきるまで距離を保ったまま逃げ切るのが真っ先に思いつく策ではあるが、〖アパラージタ〗のチャクラムがある上に、〖神仙縮地〗で好きな様に距離を詰められる。

 だが、今のリリクシーラに白兵戦の間合いで仕掛けるのは危険過ぎる。

 どっちで動いたとしても、まるでリリクシーラを出し抜ける気がしない。


 しかし、これが本当の、最後の正念場だ。

 〖チャクラ覚醒〗は明らかにリスクを代償に、自分よりも上の相手を葬るためのスキルだ。

 ここを凌げば、リリクシーラは最後の手段を失う。

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