第564話

 リリクシーラが蛇の身体で崖壁を叩き、黒い炎から逃れようとする。

 だが、黒い炎から伸びた無数の骸の腕が、リリクシーラの身体へとしがみついた。


 骸の腕は大きさこそさほどではなかったが、大量の関節があり、縄のようになっていた。

 リリクシーラの蛇の身体や、人間体の腕を、がっちりと掴んでいた。

 掴まれた部位は、黒く焼け焦げ始めている。


 崖壁の炎から、五体の黒い骸の巨人の上半身が伸びた。


「これ、は……!」


 さすがのリリクシーラにも焦りがあった。

 俺のスキルのことはとっくに〖ステータス閲覧〗で知っているはずだ。

 この反応は未知への恐怖ではなく、既知への警戒だった。


【通常スキル〖ヘルゲート〗】

【空間魔法の一種。今は亡き魔界の一部を呼び出し、悪魔の業火で敵を焼き払う。】

【悪魔の業火は術者には届かない。】

【最大規模はスキルLvに大きく依存する。】

【威力は高いが、相応の対価を要する。】


 フェンリルを消失させ、伝説の防具であり高い魔法攻撃耐性を誇る〖悪装アンラマンユ〗を容易く砕いた悪魔の業火である。

 俺の胸部の奥で、MPが燃え尽きていく嫌な感覚があった。


 このスキルは威力が高い分、発動が遅く、MPの消耗も激しい。

 あまり頼りたいスキルではなかったが、リリクシーラを捉えた今倒し切らなければ、長引けば長引くほどに不利を強いられ続けることになる。


 慎重で警戒心が強いこいつを、もう一度捕まえられるなんて都合のいい保証はどこにもねぇ。

 逃せば〖チャクラ覚醒〗の超強化まである。

 この攻撃で倒し切らねぇと、後がない。


「あ、あ、ああ……!」


 リリクシーラの顔が炎に焼け焦げ、身体がぐったりとしていく。

 四つの腕は、骸の腕に押さえ付けられている。

 五体の巨人がリリクシーラへ崩れるように凭れ掛かっていくが、この攻撃だけではリリクシーラを仕留めきれない可能性がある。

 この魔界の担い手である俺には、この黒い炎によるダメージは届かないようであった。

 ならば、骸の巨人達と共に、リリクシーラへと一撃を入れる。


 リリクシーラの〖神仙縮地〗も、身体が動かせなければ何の意味もない。

 他のスキルもワンアクションを要する。

 この状況であれば、俺の一撃の方が先に通る。


 ……本当に、そうなのか?

 この攻撃が通ればリリクシーラを倒しきれるはずだ。

 そう考えたとき、嫌な予感がした。


 リリクシーラは、こんなにあっさりと無抵抗で大技を受けてくれるような奴だっただろうか。

 〖ヘルゲート〗は消耗が激しいとはいえ、ここまで骸の腕一本一本の拘束力は万能だっただろうか。


 一瞬、近付くのを躊躇った。

 その瞬間、リリクシーラの蛇の腹を裂いて、光の刃が走った。

 俺の胸部のスレスレを斬った。

 薄く、痛みが走る。


「……間合いには入ってきませんでしたか」


 裂かれたリリクシーラの腹部から、リリクシーラの顔が覗き、身体が一気に続いて来た。

 これは〖転生の脱皮〗のスキルだ!

 MPを大量に消耗し、抜け殻の囮を造ると同時にHPを一気に回復することができる。


 道理で身体がすぐ燃えると思った。

 あれは、既に半ば抜け殻のようなものだったのだ。


 〖転生の脱皮〗の内部で〖アパラージタ〗を準備し、俺にカウンターを入れることがリリクシーラの目的だったのだ。

 今安易に近づけば、リリクシーラに斬られていた。


 リリクシーラは一本の腕に大きな〖アパラージタ〗の剣を持っており、残り三つの腕にはそれぞれチャクラムを手にしていた。

 抜け殻から這い出て、自由になった身体で〖ヘルゲート〗から逃れようとしている。

 〖アパラージタ〗の武器で俺を牽制して逃げ遂せるつもりだ。


 ここまでやって逃げられるわけにはいかねぇ。

 だが、素手で武器を構えているリリクシーラに真っすぐ近づくのも危険だ。

 既にリリクシーラは武器を構えていた。

 次の瞬間にはチャクラムを投擲してくる。


 だったら、こっちも武器を造ればいい!


 俺は〖竜の鏡〗で前足の形を腕へと変え、オネイロスの身体を二足歩行の構造へと造り変える。

 そして〖アイディアルウェポン〗を発動した。


 ただ強いだけの武器じゃあ駄目だ。

 あの〖アパラージタ〗を弾き、リリクシーラを追い切れる力が必要なのだ。


 両手に大きな光が灯り、それは左右に分かれ、二つの剣の輪郭を象っていく。

 質量が伴い、色がつく。

 美しい二つの剣へと変わった。


 右の剣は刃が青く輝いており、赤い魔術式の様なものが刻まれている。

 左の剣は刃が深紅に輝いており、青い魔術式の様なものが刻まれている。


 以前の〖ウロボロスブレード〗とデザインが似ているが、あれよりは刃が短い。

 右の剣は極端に刃が湾曲しており、左の剣は二叉の刃が絡まった複雑な構造をしていた。


【〖ウロボロスブレイカ〗:価値A】

【〖攻撃力:+75〗】

【世界の終わりまで朽ちないとされる二振りの刃。】

【永遠と禁忌の象徴である双頭竜の骨を用いて作られた。】

【青の刃は斬りつけた対象に、耐性を無視したダメージを与え、毒状態にする。】

【赤の刃は魔法に強い耐性があり、斬りつけた魔力を分解する。】


 ウロボロスの双剣シリーズだ。

 右の刃は生命を破壊し、左の刃は魔法を破壊する力を持つようだ。

 この左の赤い剣ならば〖アパラージタ〗にも対抗できるかもしれねぇ。

 リリクシーラに余裕がある時ならばチャクラムを円を描くような軌道に乗せた上で〖神仙縮地〗の空間を縮める力で軌道も座標も誤魔化してくるが、今の状況では真っすぐ放つのが限界だ。

 それならば、これで弾けるはずだ。

 いや、弾いて見せる。


 三つのチャクラムが放たれる。

 リリクシーラは〖神仙縮地〗でチャクラムを疑似的に同じ座標に留まらせ、タイミングをずらして来る。

 だが、来るのは全て真っすぐだ。


 俺は神経を研ぎ澄ませて、左の剣を前に伸ばして一投目のチャクラムを弾いた。

 斬りつけた魔力を分解するとあったが、それには至らなかった。

 正面からしっかりと斬ったわけではないし、〖アパラージタ〗に込められている魔力が濃密すぎるためだろう。


 だが、凌ぐことができれば問題はない。

 俺はそのまま前へと突っ切った。

 続いて二投目を弾く。三投目は、タイミングを読み切れなかった。

 剣を抜け、俺の腹部の横を通り過ぎて斬りつけていった。

 しかし、この程度のダメージで今更止まってやるわけがねぇ!


 背後に〖ヘルゲート〗の炎がある以上、リリクシーラは前に出るしかない。

 そして彼女の逃走進路を俺の身体で遮ってしまえば、〖神仙縮地〗による回避はできない。


 リリクシーラは一瞬目を瞑り、呼吸を整えた。

 〖神仙気功〗による膂力の強化に専念している。

 最後の〖アパラージタ〗、光の剣で勝負に出てくるつもりだ。


「私は、このまま終わる訳にはいかないのです!」


 リリクシーラは目前まで迫った俺に対し、光の剣を振るう。

 俺は左の魔法耐性の剣で受け止めたが、力負けして押されてしまった。

 左肩を深く斬りつけられた。


『だが、そこまでだ!』


 俺は右手に構える剣を突き出した。

 リリクシーラのへその下、人間体と蛇の身体の連結部分に、剣が深々と突き刺さった。

 リリクシーラの身体が、彼女の抜け殻に釘付けになった。

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