第563話
リリクシーラは距離を保ったまま、翼を広げて俺の周囲を飛び回る。
四つの腕には、また光の円盤が現れていた。
〖アパラージタ〗のチャクラムだ。
落ち着け。
あのスキルは、避けられないものじゃあねぇ。
打点と耐久力は落ちるが、このまま被弾範囲の狭いベビードラゴンの姿で攻撃を仕掛ける!
俺は〖竜の鏡〗で翼を更にひと回り大きくした。
そして大気を翼で押し出し、リリクシーラへと接近した。
無理でもこちらから接近する必要がある。
いつまでも連続で〖アパラージタ〗のチャクラムを回避できるとは思えない。
引けば、一方的に攻撃される。
多少の不利は呑み込んで、攻め続けるしかない。
リリクシーラは俺から間合いを保つ様に引いていく。
引きながら、四つの腕を構えた。
〖アパラージタ〗のチャクラムが、四つ同時に放たれる。
二つずつ投げるのは止めたのか?
リリクシーラも、対応されてきていることに焦りを見せている。
リリクシーラの周囲の空間が歪む。
〖神仙縮地〗による間合いの誤魔化しだ。
四つのチャクラムは、不規則に座標を変える。
『……芸のねぇ奴だ』
俺は苛立ちに思わず呟く。
リリクシーラは、絶対に有利を手放さない。
不利な局面での勝負は逃げに徹して、自分が攻撃を受けにくい局面を維持し続ける。
ここまで徹底できる奴はなかなかいない。
だが、それはリリクシーラの攻撃にこちらが慣れやすく、行動を読みやすいという意味でもある。
無論リリクシーラもそのリスクは織り込み済みであろうが、そのアドバンテージをしっかり活かして攻撃に出るしかない。
そのとき、悪寒がした。
〖アパラージタ〗のチャクラムが、バラバラの位置で全て停止したのだ。
……〖神仙縮地〗で空間を伸ばしたのか?
スキル説明では〖神仙縮地〗は空間を縮めて移動を有利にするものだとあったが、自在に縮められるのであれば、伸ばすことは不可能ではないのかもしれない。
だが、問題は〖神仙縮地〗でなぜチャクラムを同時に停止させたか、ということだ。
タイミングをずらす目的であれば、全てのチャクラムを停止させるのは逆効果であるはず……。
リリクシーラの四つの腕に、新たに光の円盤が握られていた。
まさか、追加で放り投げて来るつもりか!?
リリクシーラも長々戦っていれば対応されると見て、決着を急いで来やがった。
『チッ!』
俺は〖竜の鏡〗で腕を大きく変化させた。
これで力不足が多少はマシになるはずだ。
そのまま腕を振るい、リリクシーラへと〖次元爪〗を放った。
リリクシーラは〖神仙縮地〗で身体を背後に逸らしながら、四つのチャクラムを放った。
合計八つのチャクラムが、あらゆる方位を網羅する様に俺へと迫って来る。
一旦、〖ワームホール〗の空間転移や〖竜の鏡〗の存在完全消失で回避するべきか?
いや、どちらも発動後の隙が大きすぎる。
〖ワームホール〗は転移先がバレバレだし、〖竜の鏡〗の存在完全消失も同じ座標に無防備に出現することになる。
どちらもリリクシーラに一度見せた技である以上、普通に使うのはあまりに危険すぎる。
一か八か、だ。
俺は〖ミラーカウンター〗のスキルによって、自分の前方向に強固な光の壁を造った。
このスキルでは魔法の球や、拡散する攻撃を弾き返すのには向いているが……魔力で造った武器に対しては相性は悪い。
恐らく、簡単に突破されるはずだ。
だが、光の壁があることに意味があるのだ。
俺は周囲に目を走らせ、八つの〖アパラージタ〗の座標と位置を確認する。
だが、〖神仙縮地〗でそれぞれの座標が出鱈目に変わることを思えば、とても一瞬の内に脳で処理しきれるようなものじゃあねぇ。
飛行の高度を上げ、周囲に〖グラビティ〗を放つ。
黒い光が俺を中心に展開される。
とりあえず、これで向かって来るチャクラムを下に逸らすことができる。
横から来たチャクラムの一つが、豪速で俺のすぐ下を通り抜けた。
危なかったと思ったその瞬間、〖ミラーカウンター〗の光の壁が砕けた。
俺は〖グラビティ〗の出力を引き上げながら空へと飛んだ。
足に熱が走った。
チャクラムが掠めたのだ。
だが、この程度で済んだのは安いものだ。
八つのチャクラムが各々に崖壁に衝突していく。
次々に土砂崩れが起きていく。
どうにか、八連〖アパラージタ〗を回避することに成功した。
「……まさか、ここまで早く〖アパラージタ〗のチャクラムに対応してきているとは」
リリクシーラが俺から逃げるように飛びながら、そう零した。
〖ホーリーナーガ〗の最大の利点は、中距離で一方的に攻撃しながら自動回復スキルを活かし、じわじわと削っていけることだ。
ここで逃がせばジリ貧だ。
もう一度ここで捕まえて、一気に終わらせる!
速度自体はリリクシーラが勝っている。
その上に〖神仙縮地〗もある。
愚直に追いかけても、捕らえられるかはわからない。
ならっ、こうする!
俺は〖竜の鏡〗を解いてオネイロスの姿に戻りながら深く息を吸い込み、〖病魔の息〗を周囲へと放った。
崖底一体が毒の煙に覆われていく。
「煙幕なんて、開き直った真似を……」
リリクシーラは、俺が前に視界を潰して接近する意図を隠すために、敢えて〖灼熱の息〗を選んだことを言っているのであろう。
同じことをして誤魔化すために〖灼熱の息〗を使っても、どうせ狙いは筒抜けになる。
だから開き直って〖病魔の息〗を使ったのだ。
こちらの方が範囲が広い上に魔力消耗も抑えられ、突っ切ってもダメージはない。
リリクシーラは速度を上げ、一気に〖病魔の息〗の範囲から逃れていく。
視界が潰れた中で戦う気はないのだ。
俺の狙いを読んで逆手に取ろうとした前回とは違い、勝負には乗ってこない。
不確定要素の多い状況は逃げに徹して、一方的に攻撃できる状況を保つ、という考え方だろう。
そうすると思っていた。
単純な追いかけっこなら俺は追い切れない。
仮に接近できても、視界が潰れていても気配の移動は追えるので意表を突くことは難しい。
細長い上に〖神仙縮地〗持ちである〖ホーリー・ナーガ〗を、この視界の中で〖次元爪〗で攻撃するのもあまり得策ではない。
リリクシーラからすれば、〖次元爪〗を〖神仙縮地〗で警戒しながらこの煙幕から逃れようとするのが最適解だったはずだ。
だからこそ、意表を突けた。
『ここで逃がすかよ!』
〖ワームホール〗でリリクシーラの近くへと転移した俺は、即座に腕を横薙ぎに払った。
そのままリリクシーラの身体を崖壁に叩き付ける。
〖病魔の息〗の煙幕があれば、それに乗じて〖ワームホール〗の転移先を誤魔化すことも不可能ではない。
〖ワームホール〗の欠陥である転移座標に先に生じる黒い光は、〖病魔の息〗に紛れる。
リリクシーラが迎え撃つつもりならば気づけたかもしれないが、逃げる際に背後に生じた僅かな違和感を捉えられるわけがない。
リリクシーラ相手に、保険だの、リスクだのといってはいられねぇ。
ここで殺しきる。
崖壁から黒い炎が上がった。
スキル〖ヘルゲート〗だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます