第630話

『……わかった。もう、それはいい。話す気になったら教えてくれ』


 ひとまず、俺はミーアから神の声の情報を聞くことを諦めた。

 ミーアの意図はわからないが、とにかく神の声について、これ以上話すつもりはないらしかった。


 俺への信頼が低いためかもしれない。

 神の声の力を聞けば俺が逃げると、そう思っているようにも見える。

 また、時間を置き、機を窺って探りを入れてみよう。


『じゃあ他に、二つほど聞かせてもらうぜ。お前の〖地獄道〗……それから、狂神化についてだ。俺が何を問いたいかは、わかるよな?』


 これまで〖地獄道〗の神聖スキルなんて存在さえ知らなかった。

 神聖スキルが六道に則している以上、〖地獄道〗と〖天道〗もあるとは思っていた。

 しかし、実際にこの世界で耳にしたのは、これが初めてだ。

 何故〖地獄道〗を持っているのか、どうやって手に入れたのか、それだけは絶対にミーアに説明してもらわなければならない。


 そして、当然、狂神化についてもだ。

 〖冥凍獄〗の時間停止で防げていたものかと思ったが、ミーアには【狂神(小)】がある。

 これを見逃すわけにはいかない。

 また、狂神化の発生時間についても確認しなければならない。


「狂神化については問題ない。今のところ、私に特に悪影響は生じていない。理性的であることは、話している君にも伝わっていることだと信じている。だが、私に後、どれだけ時間が残されているのかはわからないので、旅を急いでほしいのは事実だ」


 本当に、そうなのだろうか。

 ステータスに狂神が現れ始めて、何もない、なんて甘いことがあり得るのだろうか?

 いや……しかし、今はミーアの言葉を信じるしかない。


『精神に違和感を覚え始めたのは何日目くらいからだ?』


「知っての通り、ここでは日にち感覚が狂う。だから正確なことは言えないけれど、七日くらいだったかな?」


 俺はアロ、トレントへとちらりと目をやった。


「だ、だいたい……遅く見積もって、四日くらいかな……と、思います」


 アロがやや自信なさそうに答える。

 トレントも曖昧に頷いた。

 俺もそんなものだと思う。

 ただ、遅く見積もってなので、実際にはまだ三日目程度であるはずだ。


 ヘカトンケイルを倒して万事解決だとすれば、狂神が出る前にこのンガイの森から立ち去ることはそう難しくはない。

 ミーアが本当のことを口にしていれば……という前提ではあるし、ヘカトンケイルを倒しても状況打破ができなかった場合、かなり時間的に厳しいことになるのは間違いないが。

 それに、仮に脱出前にミーアの狂神化が進んだ場合、本当にミーア相手に戦うことになるだろう。


『……今は、信じるしかねぇか』


 思わず、そう〖念話〗で漏らしてしまった。

 トレントが、びくっと肩を震わせていた。

 迂闊だったかと俺は身構えたが、当のミーアは含み笑いを浮かべ、「そうしてもらえると、とてもありがたいよ」と答えただけだった。

 俺はほっと息を吐いた。


「〖地獄道〗だけれど、これはリーアルム聖国で、石像に封じられていた聖獣を倒して得たものなんだ。あの国は、がっつり神の声と絡んでいるからね。どの時代も、神の声は聖女を熱心に育てる傾向にある。宗教で縛りやすいから、従順な手駒にしやすいと考えているのかもしれない」


『せ、聖獣……?』


 どうにも俺には、そこが引っ掛かった。

 リーアルム聖国に隠していた、というところまではまだわかる。

 しかし、神聖スキルは神の声にとって大事なものであり、この世界の根幹に関わるものであるはずだ。

 それをそんな、自身に刃を向けるミーアが、偶然手に入れられるようなところに置いておくだろうか。


「そんなに私が疑わしいかな?」


『……他の神聖スキルは引き抜かれたのに〖地獄道〗だけ残されていたことと言い、妙じゃねぇか? お前、やっぱり、何か隠してねぇのか?』


 俺は踏み込んで、そう尋ねた。

 ミーアを怒らせることになるかもしれねぇが……やっぱり、ミーアは不審過ぎる。

 俺達が神の声に無知なのをいいことに、都合のいいことばかり言って、利用しようと考えているのではないだろうか。


「今はないけれど……私は一時期、五つの神聖スキルと〖ラプラス干渉権限:Lv8〗があったんだ。これさえあれば、神の声の干渉をある程度遮ることができる」


『〖ラプラス干渉権限:Lv8〗……』


 恐らく、神の声でさえ〖ラプラス干渉権限:Lv9〗だ。

 そう言えば、ミーアは特殊なスキルによって神の声の干渉を遮ることができたと、ウムカヒメはそう口にしていた。

 〖ラプラス干渉権限:Lv8〗のことだったのか。


「まあ……直接叩かれて、結局駄目だったのだけれどね。神の声は、私をこのンガイの森に取り込んで逃げられなくしてから、神聖スキルを剥がしていった。神の声は、どうせ私がンガイの森から逃げられないと思っていたのだろう。そう焦って、追い詰めてくることはなかった」


 性格の悪いアイツのことだ。

 自身に敵対したミーアを、時間を掛けて嬲り殺そうとするのは、容易に想像ができた。

 いや、他に使い道を考えていた、ということもあるかもしれない。


「神の声は、私が必死に足掻いている様を見届け、死ぬか狂神化が進み切ってから最後の神聖スキルを剥がすつもりだったのだろう。全ての神聖スキルを剥がせば、私が崩神化で死ぬ状況であったからな。レプリカでの回避もできたはずだが、どうせ回収できるのでどちらでもいいと考えたのだろう。だから私は、最後の最後で、一か八かで〖冥凍獄〗に逃げ込んだのだ。〖地獄道〗を抱えたまま、な」


『なるほど、それで……』


「ああ、神の声によってオリジンマターごと殺される可能性もあったが、運よくこうして君達に拾われることができた、ということだ。また奴に刃を向ける機会を与えてくれたことを……本当に、感謝しているよ」


 ミーアは、空を睨みながらそう言った。

 

 ……ひとまず、彼女の話は納得が行った。

 引っ掛かるところがなかったといえば嘘になる。

 だが、疑っていればキリがない。


 ミーアの話はとりあえずの筋は通っているし、これによって神の声のできることとできないことに、大まかながらに線引きが見えてきた。

 アイツは神様を気取っちゃいるが、あくまでも似て非なる何かだ。

 そこまで万能じゃねえし、圧倒的な有利にかまけた慢心も多少入っているように思える。


 俺は、ミーアを必要以上に警戒しちまっているのかもしれねぇ。

 ステータスを見た限り……ミーアの正体は、伝説級アンデッドの化け物だ。

 そのオーラを感知してしまうがばかりに、ミーアのことを警戒してしまう、という面も確かにあるだろう。


 確かに怪しいところでいえば満載だ。

 考え方が俺とは大きく異なるため目的がいつまでも一致するかは疑わしいし、これまで存在が明らかでさえなかった〖地獄道〗をあっさりと手に入れたなんて言うし、神の声についても結局肝心なところを教えてくれていない。


 だが、このンガイの森の脱出に第三者の協力は不可欠であるし、狂神のことを思うと他のいるかいないかわからない仲間候補を捜すなんて無謀にも程がある。

 今は、ミーアと手を組むしかないのだ。

 どうせ頼らなければならない相手だ。

 うだうだ悩んじまっていても仕方がない。

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