第629話
ミーアと状況を擦り合わせ、互いに協力関係であることを改めて再確認した後、俺達は円形に座って顔を合わせた。
「本当に助かったよ。〖冥凍獄〗の性質上、時間の経過を感じられないからね。目覚めることなく世界が吹き飛んでいたとしてもおかしくはない状態だった」
『世界が吹き飛ぶって、そんな……』
「それが冗談の類でないことは、とっくにわかっているのだろう? 神の声は、君に何も語らなかったのか?」
『……フォーレンのこと、だよな』
俺の言葉に、ミーアが安心したように頷く。
エルディアも、ミーアの石碑も、リリクシーラも、神の声も、邪神フォーレンについて触れていた。
フォーレンについては詳しいことは何も聞いてはいない。
ただ、過去に封印された巨大な化け物だということだけはわかっている。
神の声が嘘を吐いていなければ、神の声はフォーレンを召喚してこの世界を吹き飛ばし、元の世界へと戻ることが最終目標なのだと言っていた。
『なぁ……フォーレンって、なんなんだ?』
「私もよくは知らない。神格化して語られてはいるが、正体は災害や現象に近いもの……呪いや病魔ではないのかとも考えたこともある。確証があって言っているわけではないが、何分それだけ曖昧なのだ。神の声でさえ、どこまで知っているのか怪しいと私は睨んでいる。ただ、世界を滅ぼす力を秘めたものだということに誤りはないだろう」
『魔物じゃねぇのか……?』
「恐らく、そんなわかりやすいものではない。魔物だとしても、そこまで強大な存在が、ある日突然生まれ落ちるとも思えないのでな。ただ、仮に実態のある相手だったとしても、勝てるとは思わないことだ。かつて神の声が口にしていたことだが……もしフォーレンに剣を向けても、それはまともな戦いにならない上に、戦闘の余波で世界全体が蒸発するだろうとのことだった」
……そこまで危険な相手だったのか。
いや、ほとんど全知全能みたいな神の声が、わざわざ何千、何万年と掛けて復活させようとしている化け物だ。
それくらいできたって、おかしくはないのかもしれない。
神の声は、世界の好きな箇所で戦争を起こせるような相手だ。
人質だって、好きなタイミングで好きなように取れる。
ミーアは俺に対して、神の声と戦うには甘すぎると言った。
トレントはその口振りに怒ったし、俺もミーアのようにはなれないし、なりたくもないと思う。
だが、実際、ミーアの指摘はもっともなものでもあるのかもしれない。
どんな手段だって躊躇わずに取れる神の声相手に、俺が俺のままでどこまで抗えるのかは疑問がある。
解決策の一つとして、復活したフォーレンとやらを倒すことさえできれば、神の声の目的を完全に台無しにすることだってできるかもしれないと……俺は、そうも考えたことがあった。
ただ、ミーアが知ったらしいことから察するに、どうやらそれはほぼ不可能であるようだった。
戦闘になるのかさえ怪しい存在で、戦闘になった時点でこの世界が滅茶苦茶になることが避けられないような、強大な存在であるらしい。
「甘えた考えは捨てることだ、イルシア君。神の声の脅しに従ってフォーレンを復活させれば、その時点で世界に先はない。フォーレンは復活させないし、神の声は殺す。それ以外にないんだよ」
『あ、ああ……』
考えを見透かされていた。
ミーアは……俺に疑心を持っただろうか。
ミーアは手段を選ぶタイプではない。
それは話していてよくわかった。
リリクシーラと方向性こそ違えど、似た物を感じる。
仮に俺が、神の声に屈する程度の神聖スキル持ちだと判断したのならば、その時点で殺しに掛かってきてもおかしくはない。
ミーアにとって、俺が神の声を殺せる神聖スキル持ちならば味方だが、そうでなければ神の声のフォーレン復活を補佐するだけの敵なのだ。
その後、今後の予定についてミーアと詰めた。
といっても、俺が考えていた予定から大きな変更はない。
レベルを上げながら塔へと戻り、そこでヘカトンケイルを討伐する。
塔の中を調べて進展を探る。
そして、外へと出ることが叶えば、神の声の操る四体の〖スピリット・サーヴァント〗を倒す。
その後は、成り行きのままだ。
もしかしたら神の声との決着はそう遠くないかもしれないと、ミーアはそう口にした。
ンガイの森は、神の声が神聖スキル持ちの最後のレベル上げのために用意した特異空間であるらしかった。
神聖スキル持ちにとって、ここ以上にレベル上げに適した場はないはずだと、ミーアはそう口にした。
神の声の目的は、神聖スキル持ちが〖ラプラス干渉権限:LvMAX〗を得られるように強化すること、つまりはレベルを上げることだ。
であれば、俺がンガイの森で充分にレベルを上げれば、その後の神の声の俺に対する処遇は、〖ラプラス干渉権限〗によってフォーレンを復活させるか、データだけ取って自我を潰してンガイの森の住人にするかのどちらかとなるはずだった。
「私と君がいれば、ヘカトンケイルはきっと突破できるだろう。問題は、その後の神の声との戦いなのだけれど」
『……気になってたことが数点あるんだが、今更まとめて聞いていいか?』
「ああ、勿論だ。そう脅えなくても、私はつまらないことで腹を立てたりはしないさ。答えるか答えないかは、私が選ばせてもらうけれどね」
……腹を立てなくても、下手なことを口走れば冷静に殺しに来かねないのが、このミーアの恐いところだが。
いや、ミーアとて狂神化は怖いはずだ。
ミーア単独では、恐らくヘカトンケイルは突破できない。
多少俺が使えない奴だと思っても、速攻で殺しに来るようなことはしないはずだ。
『神の声と、一回戦ったんだよな? 勝てる見込みはあったのか? ステータスは?』
「正確には三回だった。まあ、どれもまともな戦いとは言えないし……最後の一回は、何の勝算もなく、激情のままに斬りかかっただけなのだけれど」
ミーアは溜め息を吐いた。
「今の私では及ばなかったよ」
『アレの精神干渉のスキルに回避策は見つかったのか? ランクは? 防御力は? どういう攻撃を、何回通せば勝てるんだ?』
ミーアは、フォーレンは絶対に敵わない相手だと、そう口にしていた。
だが、そもそもの話、俺からしてみれば、神の声が勝てるような存在なのかどうかが怪しいのだ。
神の声は、その気になればいつでも俺を殺すことができた。
これまで放置されてきたのは育成のためだ。
そして神の声は、俺が脅威になりそうであれば、その一歩前、安全に処理できるうちに俺を処理しに来るはずだ。
逆転の光明が見えた頃には、それが実る前に潰しに来るだろう。
「……余計な前情報は、入れない方がいいよ。君はただ、勝てると思って、できる限りの全てを尽くせばいい」
『い、いや、答えになってねぇだろ。知ってるより知らない方がいい? んなこと、あり得ねえだろ。どういう攻撃なら通るのか、どういう戦法を取って来るのか……!』
「嘘を吐いて君をその気にさせても仕方がない。ただ、本当のことを言って、やる気をなくされても困るからね。今の君程度じゃ、知っていても知らなくても変わりはない。それだけは言えるよ。まぁ……それは当然、私も同じことなのだけれどね」
……さすがに俺だって、今の状態で神の声に挑んで勝てるとは思っちゃいない。
しかし、そこまで言われちゃ、俺だってむしろ気が萎える。
勝てる見込みはほとんどありませんと、そう突き付けられたようなものだ。
ミーアは俺の考えを読んで、その上でやはり教えた方がマイナスだと考えたのだろうか。
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