第633話
アロとトレントが眼球蛇の相柳と戦っているのを、俺とミーアはやや離れたところから見守っていた。
トレントは木霊状態のまま、アロに抱えられている。
周囲はアロの撒いた〖亡者の霧〗で視界が悪くなっていた。
アロは背から黒い翼を伸ばし、黒い大木の合間を飛び回りながら相柳に〖ダークスフィア〗を撃っていた。
〖暗闇万華鏡〗の分身二体もアロの背後を飛びながら〖ダークスフィア〗を撃っている。
相柳の大きな眼球がいくつもぶら下がった顔面に、〖ダークスフィア〗の黒い光が幾つも炸裂していた。
しかし、相柳はほとんど怯む様子を見せない。
アロの後をしつこく追い掛け回し、隙あらば首を伸ばして飛び掛かろうとしていた。
『タフだな、相柳……』
相柳はステータスの大半をHPとMP、そして防御力に振ったような形になっている。
耐性スキルも多く、再生能力も高い。鱗と外皮も厄介だ。
俺でも殺しきるには手数がいる。
「この森で【Lv:83】なのが気に掛かっていたんだ。狩るか狩られるかの間に、最大レベルになるか殺されるかしているはずだからね。詳しくステータスを聞いてわかったよ。相柳はヘカトンケイルまではいかなくても、かなりの持久型だね」
ミーアは黒い大木に背を預け、背伸びをしながらアロ達と相柳の戦いを見物していた。
「低レベルで持久型なのはありがたい。ただ、攻撃力はそこそこ高いから、近接に持ち込んで、殴らせて殴ってを繰り返し、削り勝つのが本分なんだろう。アロ君とトレント君に経験を積ませるのに、これ以上の相手はいないくらいじゃないか。なぜ止めたんだい?」
『危険な目に遭わせたくなかったんだ。本当を言えば、神聖スキル関連の争いには、あいつらを関与させたくなかった』
「でも、もう降りられないさ。それに、あの子達も逃げる気はないんだろう? なら覚悟を決めるべきだ。中途半端なことをしたって仕方がないんだから」
『……ああ、そうだな』
俺は頷く。
ミーアがくすりと笑った。
俺はアロ達の戦いを見守りながら、ミーアは信頼していいのかもしれないと、そう思い始めていた。
確かに不穏な言動は多い。
不完全とはいえ、狂神の状態異常も持っている。
話してくれる情報も絞っているように思えるし、なんとなくちぐはぐだ。
神の声と対峙するために現実を見ているのは彼女の方なのだろうが、冷たい棘のある言葉も目立つ。
彼女にとって必要であるならば、俺を殺すことをきっと厭わないだろう。
ただ、俺達を裏切るつもりがあるのなら、今回のような提案をしてはこないのではないかとも思うのだ。
俺の部下を削るためにしても、さすがに遠回り過ぎる。
それに、彼女は時折、純粋に楽しそうな様子を見せる。
そういうのが嘘だとは俺は思いたくなかった。
リリクシーラに裏切られて、俺は人を疑うことに少し慣れてしまったのかもしれない。
ミーアの生き様を見て、神の声と戦うために多くのものを犠牲にしてきたのだな、と俺は感じていた。
ただ、それは程度の差はあれど、俺も似たようなものだったのかもしれない。
「いいね、アロ君。スキルに恵まれているし、どう動くかを事前に考えているのがわかる。要領がいいんだね、彼女は」
ミーアの言葉に俺は安堵した。
どうやら好評価のようだ。
俺が気にしすぎているかもしれないが、できるだけミーアの不興は買いたくない。
「ただ彼女、火力が高くて手数が多い分、あんまり全力で常に動き回っていいわけではなさそうだね。そろそろMP切れが近そうだ。あれで押し切れる相手ならいいけど、そうでないなら三人分身は控えた方がよさそうだね。あの子に教えておいてあげるといい」
『ああ、わかった。とはいっても、今は俺達がいるから、全力で相手を叩いて貢献度を稼ぐことに重点を置いてるだけだと思うがな』
「それはそうだろうけれど、アロ君、序盤は強くても後半から崩れるところがあったりしない? 事前に考えていた通りに進められるのなんて、戦いの最初だけだからね。劣勢になると巻き返しが利かないというか、弱さが出てくるタイプにも見えるよ。メンタルが弱いって言いたいわけではないんだけれどね。最初に作ったリードや状況を保って、そのまま逃げ切るような戦い方が多いんじゃないかな?」
『ど、どうだろう……』
「おいおい、君の部下だろう?」
『いや、俺の目の付くところにいるときは、そもそも劣勢になるような状況がねぇからな……』
勿論、アロが三騎士のサーマルや、アルアネと戦ったときの話を聞いたことはある。
ただ、そこまで踏み込んだ戦況やら、戦いの反省やらを聞いたわけではない。
「やっぱり過保護過ぎるんじゃないかな。もうちょっとしっかり戦いを経験させておかないと。命懸けの死闘で得られるのはレベルだけじゃない。戦いの直感や読み、駆け引きだって鍛えられる。大雑把にはセンスで補えても、細部は経験頼りになるからね。ここまで来た君ならわかるだろう?」
それはわかる気がする。
リリクシーラのホーリーナーガと戦ったとき、最初はまるで〖アパラージタ〗の光の武器の軌道が読めなかったし、ことごとく読み負けて追い込まれていた。
だが、極限の命のやり取りの中で、リリクシーラの読みや駆け引きに段々と追い付けるようになった。
リリクシーラのパターンが見えてきた、ということもあるだろうが、あのときの読みや駆け引きの感覚は、他の戦いでも役に立つだろうと思う。
その積み重ねの厚みが経験だとミーアは言いたいのだろう。
『……そうかもしれねぇな』
俺は肩を窄め、項垂れた。
「別に君を責めているわけじゃあないよ。なんだか説教臭くなってしまったね」
ミーアは笑った後、目を細めてアロ達の戦いへと意識を戻す。
『〖クレイスフィア〗!』
トレントから放たれた土の球体が、相柳の大きな眼球を掠める。
『むっ、惜しい……! 追われながら狙うのは、なかなか難しいですな……』
「ちょ、ちょっとトレントさん!」
トレントが〖クレイスフィア〗を放った反動で、アロの高度が上下した。
相柳の目の隙間から射出された液体が、アロの左足へと掛かった。
相柳のスキル〖腐蝕酸〗だ。
アロの足からどす黒い煙が上がり、太腿からボロボロと腐り落ちていく。
相柳の方がステータス面で大きく勝っていることはあるが、ほとんど掠っただけなのに肉体の損壊速度が速い。
おまけに、身体を伝ってどんどんと〖腐蝕酸〗の影響が広がっている。
『アロッ!』
俺は思わず叫んだ。
相柳は、更に〖腐蝕酸〗の追撃を放つ。
アロは横回転しながらそれを避けた。
さすがワルプルギスというべきか、回転が終わったとき、アロの足は元通りになっていた。
〖不滅の闇〗の効果か、肉体的な欠損はアロにとってはほとんど影響がないのかもしれない。
本当に一瞬で足が戻っていた。〖自己再生〗とは比べ物にならない再生速度だった。
「……トレントさん、その、〖クレイスフィア〗は止めて」
『はい……申し訳ござませんアロ殿……』
トレントはがっくりと首を項垂れさせる。
「アロ君は問題ないと思うけれど、あの子、大丈夫かな?」
ミーアが笑みを保ったままそう言った。
『……今回はちっと、相性が悪い』
相柳は速度が遅い上、中距離攻撃もさして強くない。
リーチがなく、スキル自体そう速くない。
ただその分、HPと防御力、攻撃力の高さを活かした、近距離戦闘の殴り合いが強い。
トレントは持久型だ。
ただ、さすがに格上かつ近接攻撃特化の相柳を相手に、無策で一方的に殴られるのはかなり苦しい。
遠距離魔法を撃って来るなら単発の魔法を〖妖精の呪言〗でカウンターすることもできただろうが、相柳はそういうタイプでもないらしい。
〖不死再生〗を使っての殴り合いもできないわけじゃないが、さすがにトレントが先に力尽きるだろう。
『でも戦いに参加してないわけじゃねぇ。〖死神の種〗ってスキルで、継続的に相柳のMPを奪ってるんだ。ちゃんと戦闘には貢献してる』
それに〖ガードロスト〗の魔法を当てて、相柳の防御力を下げてアロの〖ダークスフィア〗を通りやすくしている。
そうした縁の下的な役割はきっちりと果たしているのだ。
『それにああやって抱えられていることで、アロにMPを吸わせてるんだ。そうじゃねぇと、分身を用いた〖ダークスフィア〗の乱射をアレだけ維持することはできねぇよ』
「それは戦いに貢献しているというか……いや、敢えて言うことではないか」
ミーアはじっとトレントを見つめながら、自身のこめかみをトントンと叩いた。
や、やっぱり怖え……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます