第634話

 アロ達と相柳の戦いは、アロのMPが尽きてきたことで終わりが近づきつつあった。


 アロは既に〖暗闇万華鏡〗を止めて二人の分身を消していた。

 背から伸ばす黒羽を用いて逃げ回ってこそいるが、それも段々と速度が落ちてきている。

 分身を囮にすることができなくなって攻撃の機会も失い、ただ迫り来る相柳から逃げるのみとなっていた。


『ミーア、これ以上は無駄だ。アロ達に、相柳にダメージを与える手段はもうねぇ』


 相柳は伝説級の魔物だ。

 アロやトレントとは、ステータスにおいては絶対的な差がある。

 相手の速度が控え目であるためどうにかここまで決着を引っ張っては来られたが、相柳の本分はタフネスにある。

 これまで一方的にアロの魔法攻撃を受けていたのに、まともに堪えている様子がない。

 相柳は外皮が分厚く、再生速度も速い。


 アロの〖ダークスフィア〗も、まともに使うだけのMPがもう残っていないようだ。

 これ以上の戦闘に意味はない。


「相柳とアロ君、トレント君じゃ、差があり過ぎたかな。経験値はともかく、戦闘慣れという面では、A級上位の短期決戦タイプの魔物の方がよかったかもしれない」


 ミーアは顎に手を当て、そんなことを口にする。


『もう手を出していいか?』


「まだ〖死神の種〗があるのだろう? もしもアロ君がトレント君を安定して守りつつ相柳を引き付け続けられれば、まだ勝算は残る」


『すぐに捕まる! あの様子じゃ無理だ』


「まぁ……そうだろう。アロ君は、最初から相柳を倒そうとはしていなかった。安全に、安定したダメージを与え続けるように動いていた。彼女はよくも悪くも、本当に優等生だね」


『何が言いてぇんだ?』


「相柳の外皮に〖ダークスフィア〗を潰されて、突破できても再生速度に押されていた。せっかく分身で手数も稼げたのに、一撃もらわないようにと警戒の姿勢が強過ぎて、部位を狙った攻撃もほとんどできていなかった」


『〖腐蝕酸〗と相柳の素の攻撃力の高さがあるんだぞ? 酸撒き散らされて殴り掛かられたら対応できねぇ』


「トレント君を盾に短期決戦を挑めば勝機はあったよ。当然危険だろうけれど、それ以外に勝算がないことくらいわかっていたはずだ。最初から倒すことだけを目的にしていれば、勝っていたかもしれないね。今から逆転は不可能だろうけど」


 淡々とした物言いだったが、棘を感じさせる言い方だった。

 俺は少しムッとしたが、余計なことは言うべきではないと自分を納得させた。


 ミーアの言いたいことはわかる。

 要するに、アロの安定したレベル上げを目的とした戦闘スタイルが気に喰わないのだろう。

 戦闘経験を積ませたくてわざわざ俺を引き剥がしたのに、結局俺がついていることありきの戦い方で、勝ち筋を探るつもりが毛頭ない、と。


 ただ、アロは俺がいる間はずっとそうやってきたのだし、今回もレベルが第一の目的だと思っているだろう。

 俺もミーアの今の発言を聞くまで、今はこの戦い方でいいと考えていた。

 それにアロは、必要なときにはしっかりと勝つための戦い方をしている。

 自分の方針とズレていたからといって拗ねられても困る。


 それにミーアも口にしていたが、相柳は普通に強い。

 もう少しステータスが低い相手であれば、アロも勝ちにいったかもしれない。

 だが、相柳は相手の土俵でまともに戦えば、俺でも苦戦するステータスだ。

 アロとトレントが一か八かで攻勢に出て強引に相柳の再生能力を上回るダメージを叩き込もうとすれば、三分経たずに返り討ちとなって全滅する可能性が高い。

 かなり苛烈な近接戦になるため、俺とミーアの救助が間に合わない危険性だって一気に跳ね上がる。


 ミーアはきっと、それをしろと言っているのだ。

 だが、俺は、さすがに戦闘訓練でそこまでしろとは言えない。

 ミーアのそれは、明らかに仲間を使い潰すことを前提にした考え方だからだ。

 俺はミーアの、二体いるのだから片方死んでも構わないだろう、という言葉を思い出していた。


 そこまでしないと神の声には勝てないかもしれない、というのはわかる。

 だが、俺はアロかトレントを犠牲にすれば確実に神の声を倒せると言われたって、絶対にそれは受け入れない。

 ミーアとは違う。


 神の声は、言うなればこの世界を崩壊させるための大きなシステムのような存在だ。

 そんな奴を相手取るに当たって、俺の考えは甘いんだろうなとはミーアに会う前から気がついてはいた。

 しかし、ここは譲っちゃいけねぇラインだ。


『……悪いな、お前から見たら俺はさぞ甘ちゃんに見えて仕方ねぇだろう』


「いい、悪いとは言っていないさイルシア君。思ったことを口に出しただけだ。含みを持たせたようで申し訳ないね」


 ミーアの言葉は裏が読めねぇ。

 ミーアは笑っていても、呆れていても、表情も声調もどこか作られたもののようだった。

 皮肉なのか本心なのかさえわからないし、敢えてそれを問い質す気にもなれなかった。


「きゃあっ!」


 そのとき、アロの悲鳴が響いた。

 避け損ねた相柳の〖腐蝕酸〗をまともに背に受けたのだ。

 アロは地面に肩から落下した。

 羽根が溶け、背の肉が腐り落ち、骨が覗いていた。


 アロの腕から投げ出されたトレントが、顔面から落ちて地面に打ち付けられていた。


 相柳が一気に接近していく。

 ここから立て直して距離を取るのは、今のアロ達にはもう不可能だ。


『やっ、やらせませんぞ!』


 トレントがアロの前に立ち、一気に巨大化した。

 膨れ上がる身体が、ゴツイ樹皮へと変化していく。

 元のワールドトレントの姿に戻ったのだ。


 腕代わりの大きな枝を掲げる。

 その枝を、細かい枝が覆い尽くしていった。

 トレントの〖樹籠の鎧〗だ。

 枝の大きなダマができた。

 恐らく、相柳の一撃を身体で受け止め、〖ウッドカウンター〗のスキルでぶん殴り返すつもりだろう。


 ……だが、相柳もまた甘くない。

 トレントのオハコの耐久力は相柳の方が遥かに上だ。


 相柳の一撃も相当重い上に、近接スキルも豊富だ。

 この間合いで戦うのはいくらなんでも危険だった。

 ミーアはそれをさせたがっているようだが、俺はさすがに賛成できねぇ。


 相柳はトレント目掛けて、撓らせた巨大な尾を鞭のように打ち付けようとした。

 いや、違う!

 搦め取って、締め付ける気だ。

 あれではカウンターで殴り返すこともできない上に、締め付けが始まったら無事に助けるのは困難だ。


 俺は〖次元爪〗で、相柳の尾を弾いた。

 思わぬ一撃に相柳の巨体が後方へ跳んだ。

 トレントは太い幹を前傾に撓らせ、安堵の様子を見せていた。


 相柳は綺麗に渦を巻きながら着地して衝撃を殺し、離れた場所にいる俺を睨んだ。


『ミーア、ここまでだ』


「仕方がない。そう警戒しないでくれ。私も別に、傲慢に振る舞うつもりはないんだ」


 ミーアの言葉を聞いて、俺も安心した。

 もう少し食い下がって来るかと思っていた。

 

 しかし……あの相柳、本当にタフだ。

 倒し切るのにちっと時間が掛かるかもしれねぇ。

 俺も、あのステータスと一対一で殴り合うのは遠慮したい。


 俺は地面を蹴って翼を広げ、相柳へと飛んだ。

 

『ミーア、援護射撃を頼む』


 ミーアは〖人化の術〗で攻撃力が半減している。

 解除する気がないのなら、数値の減少のない魔法攻撃で援護してもらった方がいい。

 ミーアの魔法攻撃なら、相柳にとっても無視できないダメージになる。

 俺が近接で気を引きつつ攻撃を通せば、相柳相手でもすぐに倒せるだろう。


「その必要はない。あのくらい、私だけで充分だ」


 ミーアが大剣を構えて地面を蹴った刹那、その姿が消えた。

 いや、違う、遥か前方へ瞬間移動したのだ。

 俺よりもずっと速い。


 リリクシーラの〖神仙縮地〗が頭を過った。

 あれは空間を縮めたり広げたりして瞬間移動したり、投擲武器の軌道を曲げたりするスキルだった。

 今の動きは、あの〖神仙縮地〗に近いものがあった。


 しかし、ミーアのスキルにそのようなものはない。

 恐らくあれは〖神速の一閃〗だ。

 他で見たことがあるが、あのスキルは瞬間速度を引き上げる。

 だが、あまりに洗練され過ぎていて、ほとんどワープにしか見えない。

 極めればここまでになるスキルなのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る