第363話

 その後、俺はエルディアへと、この遺跡について尋ねてみた。

 親子感動の再会という不意打ち大イベントの前に霞んでいたが、俺の本題は別にある。

 支離滅裂に俺の前世の文字が刻まれていたこの遺跡の探索だ。


『よかろう、聞かせてやる』


 エルディアは尊大に構えながらも、どこかうずうずしているようだった。

 ……やっぱこのドラゴン、話したがりなんじゃなかろうか。

 そう俺が考えているとエルディアがムッとした目で見ていたので、俺は首を振って目を逸らし、必死に別のことを考える。


 なんだろなーこの遺跡、なんか変な文字あるし、すっげー気になるなー。

 エルディアさんかっけーなーすげー強そうだなー、ふんふふんふふーん……。


『……ふん』


 エルディアはやや不快気に鼻を逸らしつつも、話を再開してくれた。

 ……いけねぇいけねぇ、余計な思考拾われねぇように注意しねぇとな。


『我が初めて来たとき、既にこの地は廃れていた。だが魔王様がここを気に入っていたらしく、度々飛んできたものよ……』


 そう切り出し、この島のことを話しくてくれた。

 どうやらこの島と遺跡は、前魔王が気に入っており、時折足を運んでいた場所であったそうだった。


 エルディアがその大きな図体を動かせば、背景の壁が露わになった。

 そこには大きな壁画と、その周囲には日本語やらアルファベットやらに類似した文字が刻まれていた。

 相変わらず文字列の意味は分からないし、よくみたら、『ら』と『る』が合体したような妙な文字が混ざっていたりする。

 ……ひょっとしてこれ、全然別の言語なのか?

 いや、ねぇだろ。ここまで揃ってるんだし……。


 壁画の方は、抽象的すぎてよくわからねぇ。

 巨大な目玉っぽいものが宙に浮かんでおり、その下には六人の人間が並んでいる。

 あまり緻密な絵ではなく、デフォルメというか、一人十筆程度で描かれた雑なものだ。

 目玉の化け物に関しては本当に丸描いてちょん、ちょん、といった感じだ。


 あの……エルディアさん、これは……?


『魔王様は、邪神フォーレンと、それに抗う六大賢者だと仰られておった。今より想像もつかぬほど遥か昔、空と海、そして大地のすべてを消滅させるため、フォーレンが空より降りて来た。六大賢者は、六つの異界からなるそれぞれの頂点に立つ者から構成されており、ニンゲン、魔人、魔物、魔獣、天使、悪魔に分かれていた。六大賢者は長きに渡る激闘の末に、フォーレンを封印したのだ』


 この世界の神話みたいなもんらしい。

 確かに絵を見返してみれば、二足歩行だがよく見たら狼の様な顔をしていたり、翼があったり、首から上が骸になっていたりしている。


 スケールが大きすぎて、俺にはなんとやらだ。

 ……あれ、これやっぱ、俺の前世関係ないんじゃね?

 俺は遠のきかけた興味を悟られないよう、必死にエルディアの話へと意識を向ける。


 ……しかし、魔人、ねぇ。

 亜人は聞いたことあるけど、魔人は聞いたことねぇな。

 それに、魔物や魔獣に区別があったのも俺からしてみれば驚きだ。


『古の種族である。今は天使と悪魔の住まう天界と冥界以外の現界と呼ばれる四界が混ざり、ニンゲンと魔人、魔物と魔獣の境界は失せ、今ではニンゲンと魔物以外の識別にさして意味はない。しかし、ニンゲンと魔物が異なる世界の住人であったことを裏付ける証拠はある。それが……』


 あ……進化の有無……。


『…………』


 先に言われたことが腹立たしかったのか、エルディアが目に力を込める。

 す、すいません……。


 俺はエルディアから目を逸らしながら考える。

 ……確かに、進化の有無は引っ掛かりは覚えていた。

 レベルといい、何らかのシステムで縛られたこの世界において、進化の有無はそのレベルの意義を大きく覆す。

 特にその裏側が見える俺には、まるで元々別のものを無理矢理くっつけたようなちぐはぐささえ覚える。


 この世界に普通の動物はいない。

 すべてが人間と魔物に分かれている。

 ならばスキルとステータスを持つ人間も魔物の一環なのではと思うのだが、進化だったりランクだったりが欠けている。


 もっとも、だからといって、俺には今エルディアの語った神話は、この世界のちぐはぐさを元に、それに理由付けするために昔の人が作った話の様にしか思えない。

 ……それに正直、抽象的すぎてよくわからねぇ話だ。

 隣を見れば、相方はうつらうつらと、首をかくんかくんさせている。


 エルディアが相方を睨んでいたので、俺はそうっと前足で相方の首の根元をつついた。

 おい、起きろ。エルディア先生の歴史の授業だぞ。


 相方は鬱陶しそうに俺を見上げてから、エルディアへと目を移す。


『ンナ話、魔王ハ誰ニ聞イタンダヨ』


 お、おい、相方さん。

 あいつ機嫌損ねるとちょっとまずいかもしれんぞ。

 だが俺の心配を他所に、エルディアは得意気に歯茎を見せ、笑っていた。


『ニンゲン共の間でも似た神話が広まっておる。だが我が主、魔王様は……世界の意志より、直接そうお聞きになったのだ』


 か、神の声……!?

 俺の反応を関心と受け取ったエルディアが、フンと楽し気に鼻息を漏らす。


『まだ続きがある。我ら魔物とニンゲンは、姿、考え方があまりに異なるため、相容れぬ。そして互いが互いを危険視するだけの戦力を持っていた。だが、四界が繋がったため離れることもできぬ。ニンゲンは魔物を排斥しようとした。魔物もニンゲンを滅ぼそうとした。だが、魔物の多くは徒党を組むことを知らぬ。我々は個として優れた力を持ちながらも、やがて数を減らした』


 ……俺もそれには、覚えがある。

 姿の違い、性質の違いは、大きな隔たりになる。

 考え方が同じはずの俺だって、どれだけそれによって苦難に遭ってきたことか。


『しかし、それだけでは終わらぬ。フォーレンの封印を保つため、大賢者の力は、大賢者が死んでから長い年月を経て、また別の者へと宿る。魔物の大賢者の力を手にした者は、無知な下等魔物の群れさえ意のままに操った。そして、大規模な戦争を引き起こす様になったのだ。そしてその魔物の大賢者の力を宿した者こそが魔王様であると、魔王様が我に語ってくださった。魔王様は生まれたときより、永き因縁よりニンゲンを滅ぼす宿命をおっておったのだ』


 胡散臭そうに相方は目を細めていたが、俺はエルディアの話を一蹴することができなかった。

 そうか……それが、神聖スキルか。


【神聖スキル〖人間道〗】

【人の世界を支配する権限を得る。本来の力は失われているが、進化先に大きな影響を与える。】


 俺が勇者を倒した際に、なぜか俺へと譲渡されたスキルである。

 スキルの説明と、聊かのズレはある。だが、合わせれば見えて来ることもある。


『……オイ、相方、ドウシタ?』


 珍しく、相方が俺を心配した目でやや下方から顔を見上げる。

 エルディアも警戒気味に構え、すぐ移動できるようにかわずかに上体を浮かせる。


『何を憤っておる』


 神話が抽象的すぎるため、靄が掛かっている様に大半のことはわからない。

 だが、今の俺にもわかることがある。

 恐らく神の声は、神話における邪神フォーレンか大賢者に関する何者か、または本人であるということ。

 神話も、魔王と勇者を頭にした戦争も……神の声の用意した茶番に過ぎないということだ。

 

 そして間違いなく、世界は、再びそこに巻き込まれつつあった。

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