第362話

【〖ディアボロス:ランクA〗】

【その圧倒的な破壊力は他の追随を許さない。】

【強靭なる爪はただ一振りで十の人間を殺す。】

【口から洩れる炎はただ一息で幾百の人間を焼き殺す。】

【魔王の恩恵を受けたドラゴンの至る進化。】


 ……ステータスからもわかってたことだが、俺が回復特化型なら、こいつは攻撃特化型ってわけか。

 ちょっと気になる称号スキルもチェックさせてもらうか。


【称号スキル〖竜王〗】

【現界において、最も強いドラゴンに送られる称号。】

【寿命、攻撃力のステータス上昇率に補正が掛かる。】

【必要経験値が減少し、一部の基本耐性スキルを取得しやすくする。】

【また、進化するごとに耐性スキルのLvを引き上げる。】

【進化先にも大きく影響する。】


 基本的に、俺の〖竜王の息子〗と同じ……つーか、上位だな。

 俺の方には寿命やら攻撃力補正はなかったし、Lvアップに連動した耐性スキルのレベル上昇も、5を超えると上がらなくなる。

 ただこの称号を手に入れる頃には、既に最終進化が終わってたんじゃなかろうか……。

 なんつーか、宝の持ち腐れ感がすげぇんだけど。


 しかし、魔王、魔王か……。

 ちょろちょろっと、他のモンスターの説明文やらで出てきてたことはあったが……まさか、こうして元配下さんとやらが出てくるとは思わなかった。

 つーことは、魔王がいるのか。


 後を追いかけて来たアロが俺の横に並び、巨竜……ディアボロスへと恐る恐る目を向けた後、心配げに俺を見上げる。

 因みにナイトメアは俺の後方に、トレントさんはずっと後ろの上層へ上がるための階段の下でスタンバイしている。


 大丈夫だ。ディアボロスに敵意はねぇ……はずだ。


 ディアボロスが、アロを睨む。

 一瞬、ぞっとするような冷たい圧迫感を覚えた。

 咄嗟に俺は警戒心を強めたが、それは杞憂だったらしく、殺気はすぐに消え失せた。


『なんだ、ニンゲンではなくアンデッドか』

 

 アロは今のディアボロスのプレッシャ-に怯えたが、さっと俺の後ろ足に抱き着いた。

 身体が僅かに震えている。

 俺でもディアボロスの威圧感は怖い。

 アロ達からすれば、俺の何倍も怖いはずだ。


『貴様ら、この島へ何をしに来た? その驚き様……この我がいたことは、知らなかったようだな』


 親父なのかどうか、確かめたいところだが……なんつーか、本当に訊いちまっていいんだろうか?

 気まずいっつうか、俺も実感ねぇっつうか……。

 いや、すっげー親近感は湧いて来るんだけど、今更パパーっていうのも違うだろ。

 俺、ウロボロスよ? 一年も生きてないけど、立派な成竜よ?

 でもなんかこのドラゴン、この島に居座ってるんなら、森に卵がほっぽりだされてたのもおかしいし……でもでも、このスキル……。


『……この我が問うているのだぞ。何を戸惑っておる』


 ディアボロスが不快気に、尾を地面へ叩きつける。

 床があっさりと砕け、辺り一帯が揺れる。


「……グァ」

『……ナーニモジモジシテンダ、オ前。気持チ悪ィゾ』


 相方からも突っ込みが入った。

 目を細めて俺を見ている。


 だ、だって、父親だぞ!?

 俺、さんっざんウロウロして……こんな、今更父親が出て来たって、どうしたらいいのかわかんねぇよ。

 つーか俺の父親ってことは、お前の父親でもあるんだからな? すっげぇどうでもよさそうな態度取ってるけどよ。


 俺が相方と言い合っている間にも、ディアボロスはどんどんと不機嫌になっていく。

 無視されているのが気に喰わないのだろう。

 俺は慌てて、相方からディアボロスへと顔を向け直す。


 い、いや俺、強すぎて居場所なかったっていうか……。

 あの、ディアボロスさんはどうしてこちらへ?


『ほう、我の種族名を知っておるのか』


 あれ……知ってたら、まずいの?

 ああ、そりゃそうか。

 〖神の声〗も〖ステータス閲覧〗も、そうそう誰もが持ってるもんでもねぇもんな。

 ディアボロスなんてレア中のレアドラゴンだろ。

 Aランクモンスター自体少ないのだ。いったいディアボロスが、今までにこの世界で何体産まれたことがあることやら。


 俺は顔を下に向けて、ポリポリと首の裏を掻いて誤魔化した。

 この辺りのスキルにどういった意味があるのか、俺にはさっぱりわからねぇ。

 下手に口にしない方がいいだろう。


 ディアボロスは俺へ疑心の込められた目を向けていたが、『まぁよい。我が、なぜここにいるかだったな…』と、話を仕切り直す。

 どうやらすんなりと教えてくれるらしい。

 疑問点をほっぽり出して自分の話を始めたあたり、実は話したくてウズウズしてたんじゃなかろうか。

 耐性に〖孤独耐性:LvMax〗とかあったし、話し相手に飢えていたのかもしれない。


『我がここにいるのは、世界の意志より、お告げを聞いたからだ』


 せ、世界の意志……?

 ……神の声の、似非神のことか?

 確かスキルの中に〖神の声〗があったはずだ。レベルは1ぽっちだったが。


『我は元々……魔王様に仕えておった魔物の一体であった。魔王様が勇者に敗れて以来、多くの魔物が後を追って死んだ。我武者羅に人里を襲って返り討ちとなった者……世界の果てへと飛んで行って二度と返ってこなかったもの……様々だ。我もそうするつもりだった』


 え、えらく重い話をぶっこんできやがった。

 つーか、勇者って、あのキンパツ野郎か?

 この竜王さん、勇者が三人で襲い掛かってきても余裕で返り討ちにできるだろ。


『貴様が何を連想しているのかは知らんが、五百年程前の話であるぞ』


 全然関係なかった。

 ご、五百年も生きてんの?


『しかし我が死を決意したとき、天命が下ったのだ。頭に声が聞こえて来た。いずれこの世界に、再び魔王が現れる。竜王であるお前は、そのときまで生きながらえることができる。そのとき、次代の魔王へと忠誠を尽し、人の時代に終止符を打つのだ、とな。我はすぐわかった。この声こそ、魔王様が時折口にしていた世界の意志とやらであると』


 ……おん?

 あの、なんだか、話が不穏な方へ転がっているような……。


『そして、そのときまで身を隠し、ただただ待ち続けよ……と。これまで長かった。この島に身を隠し、時折外を歩いては、ただ日が昇り、落ちるのを見守った。何度も声の主を疑った。だが、我にはわかる。今、そのときが確かに近づいてきているのをな。以前……我は、進化したばかりで、魔王様と肩を並べて戦うことはできなかった。だが、今は違う。もう勇者なぞに、遅れを取りはせぬ。我が露払いし、新たなる我が主君を導くときがきたのだ。前魔王様が望んだ世界を作り出し、その魂への手向けとするのだ』


 ディアボロスが恍惚とした表情で、目の先を天井へと向ける。

 その目はきっと天井の遥か先、空を見据えているのだろう。


 だ、ダメだこれ……。

 俺の親父、完全にダメな奴だ。


『貴様、アダム共を退けるとは、見込みのあるドラゴンよ。我と共に来い。我の部下にしてやろう。いずれ来たる、次の魔王様へ我と共に従うのだ』


 俺が呆然としていると、顔を降ろして目線を俺に合わせたディアボロスが、不満げに俺を見る。


『なんだ? 我の下に着くのが、嫌だと申すか?』


 そ、そっちじゃねぇんだけど……もっとその、根本的な方といいますか……。

 ど、どうするこれ、どうしようこれ。

 魔王が復活する? 世界の意志?


 しかし、どうやら答えを先延ばしにはしておけなさそうだ。

 ディアボロスとしては、ドラゴンなら魔王に付くのが当然、という考え方らしい。

 俺が人間側に付くようなことを言えば、敵とみなして攻撃してくるかもしれねぇ。


 ここは一つ、穏便に済ませるために……!


 俺はすっと顎を地面に着け、姿勢を低くした。


 ははっ、ありがたき幸せ。

 もしもその時が来たのなら、このウロボロス、全力を挙げてディアボロスさんにお供させていただきます!


『オイ相方、ソレデイイノカ……』


 相方が、思うところのあるような目で俺を見る。


 だ、大丈夫だって。

 そんときなんて、早々滅多に来ねぇよ。

 この場だけ適当に誤魔化して話合わせときゃいいじゃねぇか。


『……ソイツ多分、ニンゲン山ホド殺シテンゾ』


 ……そ、そうかもしれねぇけど……でも、俺の父親かもしれねぇんだぞ?

 目前であれこれやってるの見たわけでもねぇし、俺に敵意は向けてねぇみたいだし……俺も、どう対応したらいいのか、全然わかんねぇよ……。


『フン、ディアボロス、ディアボロスと……貴様は、礼儀も知らんのだな』


 ディアボロスが、わざとらしく呆れた風に首を振るい、深く溜め息を吐いた。

 れ、礼儀……? ドラゴン間の礼儀……?


『我には、魔王様よりいただいた、エルディアという大切な名がある。特別に、その名で呼ぶことを貴様に許可してやろう。ディアボロスなぞ、我の形態を示す言葉でしかない』


 得意げに言い、ちらっと横目で俺の様子を窺う。

 ……変に勿体ぶって、要するに名前で呼んでくれってことか。


 なんだこのオッサン、ツンデレかよ……と、普段なら気を緩めるところだが、ディアボロス……改めエルディアの不穏な発言のせいで、どうにも落ち着かねぇ。

 割かし歓迎してくれてそうなのはありがたいが……あんまし、この島には長居しない方がいいかもしれねぇな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る