第466話

「竜神さまっ!」

「キシィッ!」


 拠点である滝の洞窟前に戻った俺は、アロと黒蜥蜴が駆けて来るのを見て屈み、顎を地に着けた。

 飛びついて来たアロと黒蜥蜴を頬で受け止める。


 ふと周辺へ目をやれば、ナイトメアが順調に周辺に糸の巣を広げているのが見える。

 ……間違って壊さねぇようにしねぇとな。

 あいつ、機嫌損ねたら結構引き摺るから。

 つっても、この辺に、蜘蛛の巣に掛かる様な魔物がいるんだろうか?

 

 ヴォルクが生でフェンリル肉を喰らっていたが、俺はもう、何も言うまい。

 せっかく肉が大量に手に入ったので、また海水から塩を作って久々に干し肉を作ってみるかな、と俺はふと思いついた。


 アロの身体が、唐突に俺の頬から離れた。

 ちらりとアロへ目をやると、彼女は探るような目付きで、俺の身体をジロジロと見ていた。


 ……な、なんか、むず痒いというか、恥ずかしいんだけど。

 なんだ? 変なものでもついてたか?


「……毛の長さと鱗の配置、ちょっと変わってる」


 う、嘘、わかるのか!?

 ……クレイガーディアンの〖ダイレクトバースト〗で、一度窮地に追い込まれたときのせいだろう。

 あの後、心配を掛けないように、ここへと戻ってくる前に〖自己再生〗で入念に再生しておいたのだが、きっちりとバレてしまった。


「……あんまり無茶、しないで……。もしも竜神さまがいなくなったら、私、どうしたらいいのか、わからない」


 俺は少し首を持ち上げた後、頭を下げた。


「グルゥウウ……」

『わ、悪い……ちょっと、焦っちまった』


 俺とアロのやり取りを見ていた黒蜥蜴が、遅れてあたふたと俺の身体を確認し始めていた。

 ……ふ、普通、見てもわかんねぇと思うけどな。


『そうだ……アロ、トレントさんがどこにいるかわかるか? ちょいと、一旦全員に集まってほしいんだ。レベルが最大になったから、進化しようと思う』


 俺がアロに〖念話〗で頼むと、視界端にあった木がぐるりと回転し、俺の方を向いた。

 トレントさんだった。

 なんだお前、話聞いてたのかよ。

 どうやら日光浴中だったらしい。


 アロがヴォルクやナイトメアへと事情を説明しに向かっている間に、俺は進化先を確認することにした。

 ……次の進化種族で、俺はリリクシーラとベルゼバブを相手取らなければならない。


【進化先を表示しますか?】


 このメッセージも、随分と久し振りだ。

 さぁ、進化先を出しやがれ。

 どこまでテメェの思い通りなのかは知らねぇが、今は掌で踊ってやる。 


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【未来】

【〖シンズ:ランクL(伝説級)〗】

【〖オネイロス:ランクL(伝説級)〗】

【〖ジズ:ランクL(伝説級)〗】

【〖ジャバウォック:ランクA+〗】

【〖イグ:ランクA+〗】

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【現在】

〖ウロボロス〗:ランクA

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

【過去】

〖厄病竜〗:ランクB-

〖厄病子竜〗:ランクD+

〖ベビードラゴン〗:ランクD-

〖ドラゴンエッグ〗:ランクF

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 ……候補は五つ、か。

 結構多いんだな。


 しかし、ジズ、オネイロス、シンズと比べて、ジャバウォック、イグは、ランクで劣る。

 詳細確認を行って、よほどの事情がない限りは除外することになるだろう。

 とりあえず、下位ランクから見ていくこととしよう。

 もしもランクA+しかなかったらジリ貧になるところだったが、しっかり伝説級があってよかった。


【〖イグ:ランクA+〗】

【紺碧色をした、細長い身体を持つドラゴン。舌が恐ろしく長い。】

【毒に麻痺と状態異常に優れており、自身もほとんどの状態異常を受け付けない。】

【また、呪いを掛けた相手の体内に大量の蛇を生み出し、配下として使役することができる。】

【敵の体力を奪って発動するため、自身の魔力の消耗は最小限に抑えられる。】

【なお、多くの場合は、体力が尽きる前に正気を失くしてしまう。】

【眷属を大量に生み出す性質上、出現した際の被害は大きい。】

【だが、人類はその眷属の数よりも、捕まった時のことを恐怖する。】


 ……い、いきなり、強烈なのが出て来やがった。

 こ、これは避けてぇかな。

 大量の生贄によって眷属を造り出し、大量の蛇の兵を用いて相手を罠にかけ、物量と呪いで嬲り殺す様な戦い方になるだろう。

 強い……気はするが、これは、ちょっと、俺には無理な気がする。

 そ、それに、A+だからな、うん。


【〖ジャバウォック:ランクA+〗】

【喰らいつく牙は巨大な剣の列に、引き掴む鈎爪は巨大な槍の束に等しい。】

【その邪眼は見るものすべてを焼き払い、吐いた吐息は一国をも腐敗させ、撓る尾は地震を引き起こした。】

【全身の一つ一つが恐るべき呪われた凶器である、邪悪なドラゴン。】

【その圧倒的な破壊力は、他の魔物の追随を許さない。】


 ……確か、随分前にもスキル欄で見た名前だ。

 どうやら完全に攻撃力特化型ドラゴンのようだ。

 A+ではあるが……俺の経験上、攻撃力特化型は安定して強く、格上にも容易に喰らいつけるポテンシャルを秘めている。

 ランクで劣るので優先順位は低くなるが……絶対にナシな選択、ではないはずだ。


【〖ジズ:ランクL(伝説級)〗】

【艶やかに煌めく羽毛を有する巨大なドラゴン。】

【その姿と圧倒的な大きさより、〖太陽を覆い隠す者〗と恐れられる。】

【戦闘時には〖業火の鎧〗を身体に纏うため、生半可な者では近づくことさえ許されない。】

【飛行能力が高く、飛び回りながら遠距離攻撃での一方的な蹂躙を得意とする。】


 こいつは、かなり強いかもしれない……。

 飛行能力が高いのは大きな利点と言える。

 俺が疑問を抱いていた〖鎌鼬〗の威力不足問題も、数々の炎スキルによって補ってくれるかもしれない。


 防御面に関しても、〖業火の鎧〗があるため期待ができる。

 近接戦が全体的に大きく優位になるはずだ。

 常時炎が身を守っているため、ベルゼバブの〖インハーラ〗からの〖蠅王の暴風〗に対する、牽制にも成り得る。

 かなりアリなんじゃなかろうか……?


【〖オネイロス:ランクL(伝説級)〗】

【〖夢幻竜〗とも呼ばれる。夢の世界を司ると言い伝えられるドラゴン。】

【光と重力と空間を操る、強力な魔法を用いて戦う。】

【〖オネイロス〗の放つ魔法は、その場を異界へと変えてしまうという。】

【姿を変えたり隠したりして相手を翻弄しながら、絶大な威力を誇る魔法スキルを叩き込むことを得意とする。】


 これはまた……随分と、トリッキーなタイプだな。

 俺の知る限り、重力魔法スキルは強力なものが多い。

 あれらを手に入れられて、伝説級のステータスもついてくるのならば、かなり戦闘は楽になるだろう。

 しかし……その分、近接戦には弱いのではなかろうか、という危惧はある。


 俺も色々スキルは持っているが、最後は殴る蹴るに頼るところが多い。

 ……それは相方が魔法スキルの大半を持って行ったから、ということもあるのだが、上手く扱えずに持て余しちまうんじゃねえだろうか、という危惧がある。


 さて、次が最後だな……。


【〖シンズ:ランクL(伝説級)〗】

【遠い古代に、人類を滅亡寸前まで追い込み、魔物の世界を築き上げたことがある。】

【人の原罪を咎めるために現れる、と言い伝えられているドラゴン。】

【七つの首は容貌と性質が異なり、それぞれ〖傲慢〗、〖強欲〗、〖嫉妬〗、〖憤怒〗、〖色欲〗、〖暴食〗、〖怠惰〗を司る。】

【また、身体能力が大きく下がり、魔力と体力を持続的に消耗させるものの、首を個別のドラゴンとして分離させることができる。】


 一瞬、俺の思考が止まった。

 ……多頭竜、か。そうか、今回もあったか。


 冷静に能力面を考察するのならば、特化型の首が七体も揃っているのならば、総合的にはオールラウンダータイプといえるだろう。

 大外れの可能性もあるが……〖神の声〗を信じるのならば、どれほど昔かは知らないが、〖シンズ〗は当代の勇者と聖女に勝っている。


 分離がどの程度の実用性があるのかがネックだが、上手く使うことができれば、戦力をアロ達と組み合わせてチーム分けし、要領よくリリクシーラとベルゼバブを相手取れるかもしれない。

 一番怖いのは……各個撃破されることだ。

 六回まで〖道連れ〗ができるのは強力な強みなのかもしれないが……俺は、そんなものは、もう計算に入れて考えたくはない。


 いや、正直に言えば……俺は、それより悩んでいることがある。

 相方が、戻ってくるのか、どうかだ。

 普通に考えて、戻ってくるわけがない。

 相方は、確かに俺の身体から離れ、その先で死んだのだ。


 ……だが、スキルやステータスという不穏なものが支配するこの世界では、この進化によって、相方が戻ってくることも、あり得るのだろうか? 


 俺はただじっと考えていた。

 伝説級を選べば……恐らく、これが俺にとっても、最後の進化になる。

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