第482話

 朝日に目を覚ましてから、俺は昨日吊り下げておいたフェンリルの干し肉を貪った。

 ……口に残るスパイシーさが、完全にカレー風味だった。

 マ、マジなのか、〖ハデス・マンドラゴラ〗……いや、美味しいんだけども、どうしてもあまり高級な感じはしない。


 休息を経た俺達は、再びこの地を探索することにした。

 目的はレベル上げだ。

 アロやナイトメア、マギアタイトも進化まで持って行っておきたい、という思いもあるが、そろそろ俺自身のレベリングにも目を向けなければいけない。


 ……しかし、こういうときに限って他の魔物と出くわさなかったりする。

 いっそのこと山頂を目指して、〖クレイガーディアン〗と〖シュブニグラス〗へ挑んでやろうか……とも考えたのだが、奴らはさすがに今の状態では厳しい。


 強敵を避けていては成長できない。

 いつ聖女が攻めてくるかわからない以上、後回しは危ない。

 それはわかっているが、〖クレイガーディアン〗の〖ダイレクトバースト〗は危険過ぎる。

 そもそも奴らを乗り越えた先に何が待ち受けているのかもわからないのだ。

 もう少し、後回しにするべきだ。


 山頂とは反対方向を探してみようと考え、川沿いに進み、海辺を歩いて探索してみた。

 ……フェンリルくらいでちょうどいいのだが、こういうときに限って遭遇できない。

 フェンリルを狩りすぎて、警戒されているのだろうか。

 そろそろ例のキラークイーンと再会しても問題ない頃なのだが……。


 ふと歩いていると、山頂側でないにも拘らず、霧が濃くなってきていることに気が付いた。

 ……こっちにも、何かがいるのか?

 てっきり山の上に霧の発生源があるのかと思っていたが、そういうわけではないのかもしれない。

 少し迷ったが、進むことにした。


 少し進んだところで、空に大きな、細長い影が浮かび上がってきた。

 何かが空を飛んでいるようだ。一体じゃない、三体……いや、五体程見える。

 じっとしていると向こうから近づいて来て、青い体表が浮かび上がってきた。


 巨大な、全長十メートル近い青色の鰻だった。

 大きな鰭が、翼の様についている。それも一つではなく、長い身体から五組ほど生えていた。


【〖ドラゴンフィッシュ〗:B+ランクモンスター】

【空を泳ぐことを覚えた巨大な魚の魔物。】

【凶悪な性質であり、豪雨や濃霧と共に突然現れては、その地を荒らして颯爽と去っていく。】

【魚が飛ぶのを見れば村が滅ぶ、とまで地方では言い伝えられている。】

【その〖噛みつき〗は容易く地面を削り取り、喰らいついた相手を死んでも放しはしない。】


 ……物騒な奴なんだな。

 ここが『最東の異境地』とまで称されているだけのことはある。

 フェンリルもそうだったが、単体でその地を脅かす魔物が、群れを成してゴロゴロと生息していやがる。

 しかし、奴よりランクが若干高い。

 BとB+の差は意外と大きいので侮れない。


 ふむ、距離があるな。

 別に〖次元爪〗で斬り殺してもいいが、ここは新たに得たスキル〖グラビドン〗を試させてもらう。

 俺は口先を先頭のドラゴンフィッシュへと向け、魔力を溜める。

 口の中に黒い光が集まっていく。


 俺はちらりとアロを見下ろす。

 俺が撃ったら、それで仕留めてしまうかもしれない。

 アロに先に撃たせた方がいいか、と思ったのだ。


 ……だが、先に動いたのはトレントだった。

 トレントの口から放たれた真っ赤な直線が、ドラゴンフィッシュへと伸びる。

 で、出た……新スキルの〖熱光線〗だ。

 大ムカデ相手に死線を潜ることになった過去を思い出す。


 ドラゴンフィッシュは器用に空を舞って逃げようとした。

 実際、見事な動きだった。

 だが、〖熱光線〗のヤバさは、その射程と規格外の攻撃範囲にある。

 縦に、横に、トレントの首の動きと連動し、赤の直線が駆け回る。

 ドラゴンフィッシュ達もついに優雅な泳ぎを捨て、身体を折って必死に回避を始める。


 ついに三体の身体へとぶち当たった。

 ドラゴンフィッシュ達の身体から煙が上がる。

 三体共、頭を折り、鬱陶しそうに被弾箇所を睨んでいた。


 こ、これ、それなりに効いたんじゃ……!


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:ドラゴンフィッシュ

状態:憤怒(小)

Lv :68/85

HP :649/658

MP :411/411

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……まぁ、そうなるよな、うん。

 トレントはまだ進化したてで、レベルがたったの1なのだ。

 真っ当にダメージが通るわけがなかった。

 まだトレントさんのステータスは、HP以外は100前後ばかりなのだ。

 ここから手頃な相手を倒して四十程度まで上がれば全然違うのだろうが……。


 おまけにちゃっかりと怒らせてしまっている。

 奴らの目が、ほぼ無威力なのにド派手な技を放ったトレントへと向いている。

 無駄にでかいしこれ、トレントさん的にされないか……?


『あ、主殿、すいませぬ……』


 トレントの巨体が光に包まれ、小さくなっていく。

 そして例の、ひよこの化け物にトレントさん顔のお面を被せた姿に変化した。

 べ、便利かもしれないな、〖木霊化〗……。


「〖ゲール〗!」


 アロが宙へと手を掲げる。

 竜巻が打ち上げられ、ドラゴンフィッシュ達が呻き声を上げながら散り散りになっていく。

 俺もそれを見て、気を取り直す。

 口の中に溜めていた〖グラビドン〗の黒球を先頭のドラゴンフィッシュへと放った。

 黒球の通過した空間が歪み景色がブレる。


「……ギ?」


 ドラゴンフィッシュが身体を折って躱そうとしたが、黒球に吸い寄せられるかの様に動いた。

 黒球は先頭のドラゴンフィッシュを透過し、更に奥へと飛んでいった。

 ドラゴンフィッシュは無傷だったかに見えたのだが、次の瞬間にドラゴンフィッシュの周囲の空間が歪み、中心へと押し潰されるかの様に長い身体が纏まり、弾けて血と肉片が舞った。

 

【経験値を1680得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を1680得ました。】

【〖オネイロス〗のLvが76から78へと上がりました。】


 え、えげつねぇ、ワンパンどころじゃ収まらなかったぞ。

 このドラゴンフィッシュ、あの大ムカデより遥かに強くて、アビスの親玉のマザーと同列のはずなんだがな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る