第481話 side:リリクシーラ

 アーデジア王国の魔王騒動がルインの死によって終止符が打たれた直後、リリクシーラ一行はベルゼバブを移動に用いてリーアルム聖国へと帰還していた。

 リリクシーラはベルゼバブに偵察用の蠅の魔獣を飛ばさせた後、治療のために聖都の宮殿地下にある一室へと移動していた。


「……助かりましたよ、再生師のオウル。貴方がいなければ、ここで終わっていたところでした」


 リリクシーラは鉄格子の向こう側にいる無精髭の男へと声を掛け、自身の左腕の調子を試す様に動かす。


「で、でしたら、オイラを解放していただけると助かるのですがね……」


 彼の名はオウル。

 隈の酷い無精髭の冴えない外見だが、この世界に三人といないとされる、他者の欠損を治す白魔法スキル〖リグネ〗の使い手であり、再生師と称されていた。

 彼がまだ少年だった十五年前にリーアルム聖国が保護し、以来ずっと牢に繋いでいる。

 定期的に弱った魔物を連れて来ては、聖騎士団の面子が連れ添い、レベリングを行っている。


 リリクシーラは暴走したルインに不意を突かれ、手足を失っていた。

 オウルの〖リグネ〗によって四肢を取り戻すことに成功したのだ。


「何を言っている。聖王国は、お前を保護しているのだ。どこぞの悪党に囚われれば、今の扱いでは済まないだろう。世間知らずのお前の身ではわからないだろうが、一日たりとお前が自由に外を歩けることはない」


 リリクシーラの傍らに立つアルヒスが彼へと言う。


「こんなの、死んでいるのと変わりがない……」


「その件ですが、お話があります。次の聖騎士団の任務に同行していただけませんか、オウル」


「……前も言ったが、そんなのはゴメンだ。オイラにゃ、そんな力なんてない。どうせ都合よくこき使われて、危ないときには切り捨てられるんだ。ここから出られたら何でもいいってわけじゃない、当たり前だろう」


 リリクシーラからの提案に、オウルは渋い顔をする。


「次の戦いに付いて来てくださるのであれば、貴方をここから解放いたしますよ。それに、私の方から特別に、常に護衛の者を派遣させていただきます。貴方はただ戦える聖騎士より、遥かに貴重な人材です。見殺しにすることはあり得ませんよ」


「聖女様、オウルを外に出すのですか? それに、常に護衛をつけるなど……」


「あの人間道さえ滅ぼすことができれば、後はどうでもいいのですよ。それに、その暁には、オウルは世界を救った英雄の一人になります。相応の扱いは必要でしょう」


 オウルは床を睨み、がしがしと頭を掻く。


「オイラに何をさせようってんだ」


「ただ後方で、負傷者の手当てをするだけですよ。仮に貴方が命を落とすときは、私も聖騎士団も死んだ後でしょうね」


「…………」


 オウルはしばらく俯いて沈黙していたが、顔を上げた。


「わかった……それ、やる。やってやる。こんなところさっさと出て、故郷の村に帰ってやる」


「ありがとうございます、オウル。貴方の働きに期待しています」


 リリクシーラは彼に笑いかけ、手を取った。

 その笑みに釣られ、つい聖国に憤りを覚えていたオウルも表情を崩してしまっていた。

 オウルはすぐさま首を振るい、表情を戻す。


 その後、リリクシーラとアルヒスは宮殿内の通路を歩いていた。


「本当に解放するのですか? リリクシーラ様」


「どうでしょうかね。一応連れ出す準備はしておきましたが、人間道との戦いに彼を使うかもまだ決めておりませんので」


「……そうですか」


 アルヒスにはリリクシーラのいつもの手口だとわかっていたが、それでもオウルの様子を思い出すと彼が不憫であった。


「今後は、どう動くおつもりですか?」


「……少々手荒な手を使うことになりますが、隣国から騎竜を貸していただきましょう。並行して畜生道の眷属に各辺境地を探らせます。後は大監獄の悪魔の勧誘……空いた枠の補充に念のために竜王の回収、ハウグレーとの三度目の交渉ですね。ハウグレーはまた行方を追えなくなったそうなので、畜生道の偵察頼みになりますが。後は……最悪の場面に備えて、称号スキルを上げておく必要もありますね。私としても、本末転倒なのでこれは使いたくないのですが」


「……そのために、わざとあの場面で竜王を殺さなかったのですね」


「人間道が進化レベルに近づくのを避けたかった、のが第一の目的でしたね。こうなってしまった以上、大した意味はなかったでしょうが」


「ただ、大監獄の悪魔を出すのは私は反対です。彼女の引き起こした事件を耳にしたことはありますが、あれは制御できる人間ではありません。内部から荒らされます。ハウグレーに関しても諦めるべきです。これ以上、あの老人に時間を取られるべきではないと考えます」


 リリクシーラが目線でアルヒスへと言葉を続けるように促す。


「要するに……あまり、あのドラゴンに時間を与えるべきではないと思います。移動にも時間が掛かります、こちらから神託で当たりをつけて攻め込むべきは?」


 リリクシーラが首を振るう。


「もう時間を与え過ぎましたよ。急いて準備を不完全にするより、万全に整えてから攻めるべきでしょう。この聖国まで戻るのにも時間が掛かったのです。更にここから敵の潜む地へと向かっている間に、進化とレベル上げは行われてしまいます」


「しかし……」


「実は十中八九、逃げた先はわかっているのです。ただ、あの地は広い上に視界が悪く、未開地となっています。畜生道の眷属でも見つけるのは難しいでしょう。あそこへ急いて攻め入っても、逃げ回られれば、結局は相手に十分な猶予を与えてしまうことになる。私単独ではどうにもなりませんし、全体の移動速度ではこちらは敵いませんからね。下手に追いかけ回せば、未開地で疲労して迎え撃たれるのはこちらです。ならばある程度の準備を相手にも整えさせて、逃げる選択肢を自発的に失くしてもらいます。当然、余分な時間を与えるつもりはありませんがね」


「……承知いたしました。すぐに一つずつ、手筈を整えましょう。ただ、騎竜の借り受けはリリクシーラ様がいなければ難しいでしょうし、大監獄の悪魔も一度直接面会して適性を考えるべきです。ハウグレーは、聖騎士団でどうにか当たってみますので……」


 リリクシーラが首を振るう。


「騎竜に関する隣国への交渉は聖騎士団に投げさせてもらいます。後のことはどうなってもいいので、脅しを掛けてとにかく数を集めてください。大監獄の悪魔も、見極めは不要です。手段を選んでいられる場合ではありませんので」


「ほ、本気ですか?」


「ハウグレーに関しては場所が分かり次第、私が直接交渉に当たります。最優先人物ですので」


「さすがにそれは……いえ、わかりました」


 アルヒスはリリクシーラの言葉にやや戸惑ったが、迷いを振り切る様に頷いた。


「わかっているとは思いますが、次の〖人間道〗との対面では、しっかりと頼みますよ。前回の様に、判断ミスを重ねる様な無様は見せないでください」


「…………はい」


 アルヒスは顔を俯かせたまま、小さく返した。


「ところで、その……称号スキルとは、何の話でしょうか? 今までその様な話は聞かされていませんでしたが」


「……保険ですよ。ただ、アルヒスは気に掛けなくても結構です」

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