第480話
俺はアロ達を背に乗せ、黒蜥蜴と共に空を飛んで崖を越え、元マンドラゴラ畑を脱した。
……ハデス・マンドラゴラは、ナイトメアの糸で俺の背へと縛り付けている。
【〖ハデス・マンドラゴラ〗:価値B+】
【クセが強いが、食欲を亢進させる独特の香りを放つ。】
【他に味わえない風味と希少性を持つために、代えの利かない最高級食材として重宝される。】
【だが、人の手に負える魔物ではなく、秘境にのみ生息するため、如何なる命知らずも挑むことはないだろう。】
【ある時代の王子が〖ハデス・マンドラゴラ〗を求め、百人の兵を死なせたことがある。】
……どうにも、とてつもなく高価な食材として扱われているらしい。
せっかくなので、持ち帰らせてもらうこととした。
霧で視界が悪いので迷子になるのを防ぐため、今まで通り、崖を越えてからは歩いて進んでいくことにした。
俺は地面に降り立ってから、屈んで腹を地に着けてアロ達を降ろす。
アロ、ヴォルク、ナイトメアに続き、全長一メートル程度の、翼のある卵形の化け物が地へと降りる。
『ふう、主殿、ありがとうございます。いい乗り心地でしたぞ』
『お、おう……』
そう、これがトレントさんの〖木霊化〗の姿である。
身体は緑に発光しており、ララン達の姿に近い。
卵形で翼はあるが腕はなく、細長い足があり、ひよこっぽいというのが適しているかもしれない。
顔の部分には鼻の長い木偶の仮面がついていた。
どうやらトレントさんの〖木霊化〗にはMPの持続的な消耗は存在しないようだった。
発動時にちょっと多めに消耗するが、そこまで致命的な程ではない。
……〖飛行〗はあったが、この崖を超えるほどはなかったので、そのまま俺の背に乗っかってもらうことにしたのだ。
だが元の〖タイラント・ガーディアン〗の姿では到底背に乗せられなかったので、〖木霊化〗を使ってもらうことにした。
ただ……物理面ステータスが半減するので、あまり戦闘での使い道はないかもしれない。
狭いところに入り込むのには向いているかもしれないが。
アロがトレントの翼の下に腕を入れて持ち上げる。
「ちょっとだけ可愛い……」
『やめてくだされアロ殿』
ぱたぱたとトレントが足を動かす。
そ、そうか? それ可愛いか?
俺的にはちょっと不気味さが勝るんだが。
地を歩き、ひとまず滝の洞窟へと帰還する。
今日はもうヴォルクやナイトメア、黒蜥蜴のMPが空に近い。
トレントやアロは回復できないこともないが、大分精神的な疲労が溜まっているようだった。
なので少しだけ息抜きの時間を設け、今日は眠ることにした。
アロに洞窟の外で〖クレイ〗で土製の器と炉を象ってもらい、俺の〖灼熱の息〗で一気に焼き上げて白化させた。
……うむ、本当は〖アルキミアの魔土〗を使いたいところだが、これでもそれなりの強度を保っている。
考えてみればB+級の高位リッチの生み出した魔法土を、L級のドラゴンの炎で焼き上げたものなので、当然といえば当然なのかもしれないが。
例の〖クレイガーディアン〗から〖アルキミアの魔土〗を奪いたいところだが、爆発して跡形もなくなってしまうので難しいだろう。
『……アロ、本当に大丈夫か? かなり魔法を連発してただろ?』
「私はまだ大丈夫です! それに、戦闘と違って気を張らなくていいから、別にそこまで疲れません」
まぁ、それはそうだ。
下位級の魔物相手でも、命の奪い合いであることには違いない。
そうすると、肉体的にというより、精神的な疲れがどうしても大きくなってしまう。
しかし、アロも随分と手慣れたものだ。
悔しいが、俺が手で捏ねるより〖クレイ〗で象った方が遥かに早いだろう。
おまけに試行を積むごとに、模様やら縁の形状にこだわりが見え始めて来る。
だがアロよ、芸術品としてはこう、俺は手製以外は認めないからな!
……と考えつつ、俺はつい地面に向かって〖クレイ〗と念じていた。
だが、何も出て来る手ごたえがない。
むう……回復魔法の〖レスト〗は、これで習得できそうな感触があったんだがな。
向き不向きはあるんだろうが……。
「竜神さま、これもお願いします!」
アロが嬉しそうに、オネイロスを象った土塊を指差す。
お、おお、これは見事……!
鱗の質まで再現されている。
馬鹿な、〖クレイ〗はここまで精巧にできるのか?
『主殿、私も作ってみましたぞ! 焼いてくだされ!』
トレントの前に、歪なバケツをひっくり返したような形状の土塊が置いてあった。
お、おう、頑張ったな、うん。大丈夫だ、任せておけ。
その後は海へと塩を採りに行くことにした。
単独で向かうつもりだったのだが、アロが付いてきたがった。
ヴォルクに意見を求め「今の戦力ならばアロがいなくても、フェンリル三体くらいならば十分に追い返せる」と太鼓判をもらったので、アロを連れて川沿いに降り、海へと移動した。
川沿いに降りて海へと向かい、海水から〖灼熱の息〗で塩を生成し、土器の中へと集めていく。
フェンリル肉が腐る程ある……というより、このままだと本当に腐ってしまう。
とっとと塩漬けにして干し肉化しておくべきだろう。
幸いなことに香草代わりのハデス・マンドラゴラも手に入っている。
滝の洞窟に戻ってから、吊り下げて血抜きしておいたフェンリル肉を切り分けて壺に入れ、ハデス・マンドラゴラをスライスした欠片や塩に漬け込んだ。
うむ、一晩寝かしてから外に吊るすことにしよう。
「イルシアよ、また肉を焼いてもらっていいか? できれば塩も欲しいのだが」
ヴォルクが声を掛けて来た。
『おう、マンドラゴラの欠片はそっちの壺に入ってるから好きに使っていいぞ』
話を聞いていたアロが動き、切り分けたフェンリル肉やら塩を持って炉の方へと移動する。
「悪いな、アロ」
ヴォルクが声を掛ける。
さて、俺も炉の方へ移動するか。
『主殿、私に任せてくだされ!』
トレントが巨体を揺らしながら、炉の方へと移動していく。
「……奴に任せると、少し生焼けなことが多いのだがな。まぁ、我はいいのだが」
ヴォルクが移動していくトレントを見守りながら、ぼそりと零した。
ト、トレントさん……。
「しかし、こういう生活も、悪くはないな」
ヴォルクが歯を見せて笑った。
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