第483話
残る四体のドラゴンフィッシュ達が、空をぐるぐると円を描く様に回りながら降りて来る。
アロは〖ゲール〗を、ナイトメアは〖ダークスフィア〗を、ヴォルクは〖衝撃波〗を、黒蜥蜴は〖クレイガン〗を宙へと打ち上げていた。
しかし、ドラゴンフィッシュ達はそれを上手く躱して着実に接近してくる。
偶に当たっても〖自己再生〗であっさりと怪我を治していく。
MPが高めのステータス構成だったので、俺が手出しを控えると少々戦いが長引きそうだ。
B+が四体……こいつらの相手は、さすがにトレントやナイトメアには厳しいか。
アロとヴォルクなら対抗できるかもしれないが、それでも善戦というわけにはいかないだろう。
奴らは自在に宙を飛び回る上に、まだ数も残っている。
俺も全体をカバー仕切れない。
さくっと俺が片付けちまった方がいいかもしれない。
……いや、奴らの空を自在に動き回る機動力を削ぐことができれば話は別だ。
重力魔法〖グラビティ〗で全員地面に磔にしてしまえば、対処は格段と楽になる。
『全員、ちょっと伏せてくれ! 引き付けてから、奴らを落とす!』
俺の背に、木霊トレントさんが立った。
……確かにそこなら安全だろうが、そろそろそのスキル解除してもいいんじゃねぇのか?
「ギヴァヴァヴァ!」
ドラゴンフィッシュが、一番背の高い俺へと頭部を向けて来た。
魚の口が思ったよりも大きく裂ける。
口を開いたというより、頭部が剝がれたかの様だった。
現れた大きな口には、牙がびっしりと敷き詰められている。
ビ、ビビった……。
確かにこれは、噛まれれば俺でもかなり痛そうだ。
が、牙が届く前に、やらせてもらうぞ!
重力魔法〖グラビティ〗!
俺を中心として円状に黒い光が走る。
ドラゴンフィッシュが、次々に地面へと身体を叩きつけ、地に跳ね上げられた魚の如くもがき始める。
もっとも……アロ達も身を屈めて苦し気にしているが、最初から地面に立っていた上に身構えていたため、ドラゴンフィッシュ達よりは被害は少ないだろう。
元より、俺も全力では放っていない。
さて……俺も、試しておきたかったスキルがある。
新スキルを試させてもらうこととしよう。
【通常スキル〖アイディアルウェポン〗】
【自身の理想の武器を夢の世界より持ち出すことができる魔法スキル。】
【性能は魔法力とスキルレベルの高さに大きく依存する。】
【使用中は持続的に魔力を消耗する。】
【術者の手元から離れたとき、この武器は消滅する。】
要するに、思い浮かべた武器を創り出すことができるスキルらしい。
曖昧な夢の世界を司り〖夢幻竜〗と称されるオネイロスらしいスキルであるといえる。
今の俺は四つ足竜なので武器を構えられないのだが……オネイロスには、〖竜の鏡〗がある。
身体の作りを弄るくらいは造作ないことである。
俺は〖竜の鏡〗で周囲の光や空間を魔力で歪ませ、二足歩行の竜へと身体を作り変えた。
うし……少々違和感はあるが、悪くはない。
見える高さが一気に変わった。
続けて〖アイディアルウェポン〗を発動する。
スキルレベルは入手時の段階でLv5だったため、全く使えない、ということはないはずだ。
俺はとにかく、俺の身の丈にあった剣をイメージした。
手許に燐光が走り、それが質量を持った物質へと変化していく。
柄は黒く、刃は淀んだ白色の、巨大な包丁が手元に現れた。
紫の光が刃から滲み出ている。
【〖大厄刀〗:価値B】
【〖攻撃力:+65〗】
【災いを呼び寄せるとされている、巨大な剣。片側にしか刃がない。】
【災いを振りまく竜の骨を用いて作られた。】
【斬った相手に、持ち主の魔力に比例した〖毒〗と〖呪い〗を付与する。】
刃が白いのは骨から作られたためのようだ。
む、むぅ……手間が掛かる割には、ちょっとしょっぱい補正だな……。
無論ないよりはマシなんだが、維持魔力が掛かることを考えると、あまり実用的とはいえない。
動き方も限定されてしまうし、四足歩行に慣れてしまったので剣を振るうのにはどうしても違和感がある。
「……ほう」
……ヴォルクが、興味津々といった目で俺を見ていた。
わ、悪いな、これ、手放すと消えちゃうみたいだから、貸して試し斬りとかはできないと思うぞ。
『一気に解除すんぞ!』
俺は〖念話〗で伝えながら、〖グラビティ〗を解除した。
重力に縛られていたドラゴンフィッシュ達が解放される。
同時に、アロ達が一斉に動き出した。
「ギヴァ!」
ドラゴンフィッシュの一体が、大口を開けて黒蜥蜴を襲った。
危ないか……と思ったが、俺が〖グラビドン〗でミンチにしたドラゴンフィッシュが血塗れの頭部を浮かし、黒蜥蜴へと喰らいつこうとした奴の横っ腹に喰らいついた。
「ギグェッ!」
ドラゴンフィッシュは身体を折り、苦し気に頭部を地面に打ち付ける。
あいつはとっくに死んでいたはずだ。
ちらりとアロを見ると、死体へ手を伸ばしている。
アロの死体を武器にして操る〖アンデッドメイカー〗のスキルだったようだ。
ああして見ると、結構ぶっ壊れスキルだな……。
ただ問題は、ちょうどよく手頃な死体が転がっている場面がほとんどないことなのだが。
俺はヴォルクを見る。
アロ達のレベリングを手伝うために、大分控えめな戦いをしているようだった。
相手の気を惹きつつも、攻めると見せかけて護りに徹している。
ここに来てからヴォルクはそういった戦い方が目立つ。
俺はいつの間にやら、周囲の霧がやや濃くなっていることに気が付いた。
……ううむ、いや、この地に吹く風とかでどうとでも変わるものだろうと思うので、いちいち不審がるようなものでもないのかもしれないが。
と、そのとき、ヴォルクと戦っているドラゴンフィッシュの姿が、大きく二重にブレたように見えた。
すぐ元には戻ったが、なんだったのだろうか。
船酔いした様な気持ち悪さを感じる。
「ぐっ……!」
ヴォルクが振るい掛けた剣を止め、後ろへ跳んだ。
着地を誤ったのか、体勢が崩れた。
ヴォルクのすぐ目前でドラゴンフィッシュの口が閉じる。
……なんだ? ヴォルクにしては、ちょっと不格好な動きだった。
「ギッ!」
ナイトメアもドラゴンフィッシュに喰らいつかれかけていた。
辛うじて回避には成功したものの、続けてドラゴンフィッシュは喰いつき攻撃で追撃に掛かっている。
ナイトメアの動きにも困惑が見える。
避け方にかなり無駄が多い。
俺は地面を蹴って跳んで翼で飛距離を稼ぎ、大厄刀でドラゴンフィッシュの頭部を貫き、そのまま地面に縫い付けた。
「ギジェェッ!」
【経験値を900得ました。】
【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を900得ました。】
【〖オネイロス〗のLvが78から79へと上がりました。】
ドラゴンフィッシュが息絶える。
ナイトメアが安堵した様に足を止めた。
ふと、トレントが背からいなくなっていたことに気が付いた。
顔を上げると、巨大なトレント型の金属塊が一直線に地面へと落ちていくのが目に見えた。
どうやら俺が跳んだのに合わせて飛び、〖メテオスタンプ〗を狙ったらしい。
……が、ドラゴンフィッシュには掠りもせずに地面へ落ちて、大地に穴を空けて半身を埋もれさせた。
『あ、主殿ー!』
……やっぱりヴォルクの判断ミスといい、ナイトメアの立ち回りといい、トレントの〖メテオスタンプ〗大ポカといい、何か妙だ。
幻覚魔法を撃たれてるのか?
俺は幻覚への完全耐性があるため、自動で解除してしまったのだろう。
いや、霧自体に幻覚作用があるのかもしれない。
しかし妙だ。別にあの空飛ぶ鰻共に、極端な幻覚耐性や、幻覚系のスキルはないのだが……。
「ギヴァァァァァァァァァアアアア!」
突然、大きなドラゴンフィッシュの声が辺りに響いた。
空に追加で二体の細長い影が浮かび上がっていく。
仲間を呼んだ、にしてもおかしい。
この場に生き残りのドラゴンフィッシュは三体いたが……全員、俺の視界の範囲の中にいた。
どいつも、鳴き声を上げているような素振りはなかった。
一体何が、あいつらを呼んだというんだ?
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