第484話

 三体のドラゴンフィッシュに加えて、追加で現れた二体のドラゴンフィッシュが空を舞い、こちらへ近づいて来る。

 ……なるほど、向こうの戦い方は見えて来た。

 敵を広範囲の幻覚で惑わせながら、B+級戦力の補充を同時に行ってくれるとは、なかなかエゲつないことをしてくれる。


 俺はとりあえず〖次元爪〗を飛ばし、ドラゴンフィッシュ達の鰭の一部を抉り、飛行能力を下げておくことにした。

 呻き声と共に奴らの高度が落ちる。

 奴らには〖自己再生〗があるのですぐに回復させるだろうが、これでひとまずは奴らの動きを乱すことができる。

 この後も、タイミングを計って〖次元爪〗を飛ばしていこう。


 この数のB+級を相手取るには、アロ達だけではかなり厳しい。

 奴らの最大の利点である、空を自在に飛び回る能力を十全に活かさせるわけにはいかない。


 俺が幻覚への完全耐性を持っていなかったら少し危なかったかもしれねぇ。

 今の状況だと俺が状況に合わせてドラゴンフィッシュを撃ち落とすことができるのでそこまでの痛手にはならないが、もしも前形態のウロボロスのままだと、このまま全滅で詰んでいただろう。

 つーかこれ、L級モンスターがいねぇと安定した突破ができない布陣だぞ。


 恐らく、どこかで息を潜めていやがる奴がいる。

 霧を生み出し、自軍が優位となる様に幻覚を見せつつ、新しい仲間を呼び出して獲物を仕留めさせようとしているのだ。

 恐らく、ドラゴンフィッシュの上位種だろう。

 鳴き声がほとんど一緒だったことからもそれは間違いない。


 B級上位の上となると、A級下位は最低でもあるはずだ。

 気を付けなければならない。

 不意を突かれれば、俺以外は即死級のダメージを叩き込まれることになる。


 俺はアロ達がドラゴンフィッシュに押し負けない様に応戦しつつ、不意打ちを警戒して敵の親玉を優先気味に捜し当てる必要がある。


 ……今のところ、俺の感知には見えているドラゴンフィッシュしか反応しない。

 敵さんは姿を隠すのが随分と得意なのだろう。

 さっきのデカイ鳴き声も、霧の中で反響しているような響き方で、出所を掴むことができなかった。


 とりあえず地中に埋まったトレントを引き抜こうと接近すると、〖木霊化〗を使って地中の穴を残したままに外へと脱出していた。

 翼を羽搏かせて鶏の様な飛び方をし、空中で元の木の姿へと戻っていた。

 ……なんだあのスキル、意外と使えるじゃねぇか。


 黒蜥蜴へと目を向けると、ドラゴンフィッシュから大きく接近されているのに〖クレイガン〗を撃ち続けていた。

 ……幻覚に惑わされているな、アレは。

 黒蜥蜴のレベルでは、かなり余裕を以て回避しなければ、ドラゴンフィッシュの攻撃を避けられない。

 俺は右腕を一閃し、〖次元爪〗で黒蜥蜴を狙っているドラゴンフィッシュの尾と、鰓の一つを斬り飛ばした。


「ギォオオ!」


 ドラゴンフィッシュが地に落ちてもがく。

 そのときに距離感を狂わされているのに気が付いたらしく、黒蜥蜴が慌てて後方へと退いた。


 ……霧を幻覚の発動トリガーにしているらしく、俺の〖ミラージュ〗とは大きく異なる。

 俺でも、この規模の幻覚による戦闘支援は不可能だ。


 考えろ、敵は幻覚で姿を隠しているわけじゃない。

 もしそうだとすれば、幻覚完全耐性のある俺に対しては筒抜けになってしまっているはずだ。

 物理的な距離が遠いのか?

 周囲の霧には、やや濃さに差異がある。

 ……霧の濃いところに、奴の隠れ場所のヒントがあるのだろうか?


 あまり油断はできねぇ、未知の敵だ。

 俺に引き付けつつ、カウンターを取れる状態がいいんだが……。


 いや、いける!

 幻覚には、幻覚で対応させてもらおう。

 騙し合いじゃどっちが上か、勝負といこうじゃねぇか。

 こっちは〖夢幻竜〗のオネイロスだ。


「ギヴァヴァ!」


 二体のドラゴンフィッシュが俺へと向かって来る。

 背にトレントの〖熱光線〗を受けていたが、無視して俺へと突っ込んでくる。

 距離があっては〖次元爪〗で一方的に削られるだけだと踏み、俺を優先的に排除しようと考えているようだ。


 ちょうどいい、俺の作戦を試させてもらう!

 恐らく潜んでいる野郎も、状況を見ていれば、俺を規格外だとは踏んでいるはずだ。

 それでもまだ撤退しないのは、俺を倒せる機会があると考えているからに他ならない。

 或いは、逃げられない事情があるか、だが……どっちにしろ、勝利は諦めていないはずだ。


 ならば、潜んでいる奴に見せかけのチャンスを与えてやれば、向こうから出てくるはずだ。

 誘い出して返り討ちにしてやる。


『一度わざとやられた振りをするが、気にしないでくれ! 敵のボスを炙り出す!』


 俺は〖念話〗で先にアロ達に伝えておくことにした。

 急にやられた振りをしたら、敵より仲間の方がパニックに陥りかねない。


『しっかり聞こえましたぞ主殿! 主殿がやられた振りをするそうですが、気にして集中を乱さない様にとの言葉がありました! 聞き洩らしないよう! 目前の敵から意識を離さぬように!』


 トレントが聞き洩らしがないよう、他の仲間へと再度通達を行ってくれた。

 なんだ、意外としっかりしてるじゃねぇかあいつ。

 進化したから中身もちょっとしゃきっとしたのかもしれない。


「ギヴォァアア!」「ギヴェァァアッ!」


 俺に迫ってくる二体のドラゴンフィッシュが、それぞれに口を捲れあげさせ、ずらりと並んだ牙を見せつけてくれる。

 俺は引き付けて寸前でそれを回避しながら〖ミラージュ〗を用いて周囲の光を操り、俺の身体が抉れて血肉が宙へ散ったかのような幻影を作り出す。


「グォオオオオオオ……!」


 俺は敢えてダメージを受けたふうを装うために、手から〖アイディアルウェポン〗で生み出した大厄刀を投げ出した。

 別に〖ミラージュ〗で武器を失った様に装ってもよかったが、どの道そろそろ手放そうと思っていたのだ。

 まず〖アイディアルウェポン〗での維持魔力が掛かる上に、〖竜の鏡〗で前足と身体を変化させている分の維持魔力も必要となる。

 その見返りとしては、大厄刀はちょっと力不足だ。

 状態異常付与は使えないことはないが、元々過剰戦力でもある。

 面白そうなので、伸ばしていきたいスキルではあるのだが……。


『主殿ォ!? 大丈夫でございますか!』


 トレントの声が聞こえて来る。

 い、いや、お前は絶対聞こえてただろ!?

 血肉が散ったのが少々ショッキングだったのかもしれないが、自分から注意を促しておいて勢いよく掌を返すのはやめてほしい。

 アロも、心配気味に俺の方を見ていた。

 トレントが囃し立てるので余計に気になったのだろう。

 だ、大丈夫か、あれ……。


 だが、俺の方は、どうやらターゲットをしっかりと引き付けられたようだ。

 微かだが……ついに、背後から気配を感じ取った。

 ようやく奴の潜んでいた場所が特定できた。

 奴は地中に潜り込んでいたのだ。


 突如として生じた竜巻が俺の死角へと迫ってくる。

 アロが使うものと似ている。恐らくこれは〖ゲール〗だ。

 俺は〖グラビドン〗の黒い光を口に溜めつつ、身体を翻して大きく回り込んで竜巻を避けた。

 土の中にいるなら、地面ごとぶっ飛ばしてやるよ!


 俺は口から〖グラビドン〗の黒球を放つ。

 地面の砂が、黒球に吸い寄せられる様にぱらぱらと疎らながらに持ち上がっていた。

 地面に着弾する。着弾した地面が僅かに歪んだ後、一気に多量の砂飛沫を上げて弾けた。


 巻き上がった砂の中から、一気に霧が噴き上がった。

 どうやら、こいつが霧を生み出している原因と考えていいらしい。


 霧の中から、俺と同じ程の背丈がある、奇妙な化け物が姿を現した。

 大きな身体から細長い首が四つ伸びており、その先端には鬼の様な顔がついていた。

 一瞬度肝を抜かれたが、違う。

 こいつはただのペテン師だ。


 すぐに四面鬼の化け物の姿が歪んで消えて、奴がいた場所に大きな貝が現れていた。

 貝の狭間から無数の触手が不気味に蠢いている。

 こ、こいつが、ドラゴンフィッシュの親玉なのか?

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