第237話

 俺は来た道を辿って走る。

 今の体型だと、デカすぎて下手に転がったら辺りの地形が変わっちまうことが難点だな。

 充分速く走れるからいいんだけども、転がりたくて身体がムズムズする。

 転がり放題だった砂漠がある意味懐かしい。


 いつかまた黒蜥蜴と〖転がる〗で勝負したいものだ。

 あいつ、今どうしてんのかな……。


 ワイトと別れた場所に近づいてきたところで〖気配感知〗を使う。

 離れたところから強い殺気と、三体の魔獣の気配を感じ取った。

 恐らく、うち二体はワイトとトレントだ。

 もう一体は野良だろうな。


 交戦状態か。くそっ、まずいな。

 いや、むしろ間に合ったことを幸いと考えるべきか。

 かなり近いはずだ。


 気配から察するに、どちらのサイドにもあまり動きがない。

 牽制し合いながら動いているように感じる。ということは同格近くの相手ということか。

 レベル上げに丁度いいくらいの相手だといいんだが。


「グゥォゥッ!」


 俺は吠えながら、三体の魔獣の気配の場へと飛び込む。

 木を薙ぎ倒しながら着地する。辺りが大きく揺れた。


 予想通り、ワイトとトレントがいた。

 そして二体に対峙している、黄土色の大蟹。

 人間より一回り小さい程度の大きさをしている。


 大蟹の甲殻はほぼ全体をフジツボのようなもので覆われており、ちょっと不気味な外見をしていた。

 右と左で極端にサイズの違う鋏が特徴的だった。


 陣形から察するに、トレントを前方に立たせてワイトが後方から援護射撃を行っていたようだ。

 実際トレントには引っ掻かれたような傷があるが、ワイトはダメージを受けていないようだった。

 俺が派手に地面を揺らしながら飛び込んだのに驚いたらしく、三体共動きを止めていた。


 とりあえず今の内に種族をチェックしとくか。

 危ない魔物なら即座に殺すつもりでいた。

 しかしトレントが傷だらけということは、裏を返せば複数回ダメージを受けても耐えられる程度の攻撃力しかないということである。

 それにこの距離なら一瞬で仕留められるはずだ。

 ワイトやトレントを殺されることもまずない。


【〖モリオオガニ〗:D-ランクモンスター】

【左右異なる大きさの鋏で不規則な連撃を繰り出す。】

【甲羅表面をドランクに寄生させて魔力を分けて育て、代わりに甲殻の強度を補う習性がある。】

【たまに欲張って繁殖させて魔力を賄えず、ドランクに吸い尽くされて死ぬ個体も存在する。】


 ドランク?

 ああ、あのフジツボのことか。

 特に危ない習性があるわけでもなさそうだし、ランクもさほど高いわけではない。


 モリオオガニは俺を見て分が悪いと判断したらしく、横歩きで俺から離れて行く。

 このまま逃げるつもりらしい。

 そうはいかねぇ。

 今、ワイトはLV1だ。何かの拍子で死にかねない。

 悪いが、こんな手頃な相手を逃すわけには行かん。

 俺は素早く反対側へと回り込んだ。


 ワイトはモリオオガニの逃げ道を塞いだ俺を見て、カランと音を立てて頷く。

 俺の意図が通じたようだ。


 モリオオガニは大周りでカーブし、身体の向きを九十度変える。


「ギシャァァァッ!」


 そこへトレントが枝を振り下ろす。

 モリオオガニは大きな鋏で枝を切断し、トレントの脇を駆け抜けてワイトへと突進していく。

 ワイトの横を通って逃げるつもりらしい。


 ワイトは向かってくるモリオオガニに対して腕を向ける。

 風が巻き起こり、小さな竜巻が生まれる。竜巻は落ちている葉や土を弾き飛ばしながら、モリオオガニへと向かう。

 消去法から考えて〖ゲール〗というスキルだろう。

 風を操る魔法だったらしい。


 モリオオガニは竜巻に向かって大きい方の鋏を振るった。

 竜巻が乱暴に掻き消される。

 ワイトはここまであっさり潰されると思っていなかったのか、一歩退いた。


 表情はわからないが、仕草から察するに焦っているように思う。

 ワイトEランクモリオオガニD-ランクは荷が重いか。


 モリオオガニは身体を翻すことで竜巻から受けた衝撃を受け流し、減速を押さえる。

 そのままワイトへと接近し、身体を勢いをつけて回転させ、大きい方の鋏を振るった。


 ワイトは飛び跳ね、綺麗に鋏の上に乗った。

 モリオオガニが振るい落とそうと鋏を動かすより速く、更にもう一度ジャンプする。

 身軽だ。余計な肉がないからこそできる芸当だろう。


 モリオオガニは宙にいるワイトへ、今度は小さい方の鋏を向ける。

 振るうと見せかけて途中で止める。

 フェイントに釣られたワイトが腕をガードに上げたのを見て、下腹部へ差し込むように鋏を伸ばす。 

 小さい分、大きい方よりも素早く動かせるようだ。


 ここまでだな。

 俺は翼で風を起こし、魔力を乗せる。

 恒例の〖鎌鼬〗である。このスキルが一番楽だ。


 風の刃は、モリオオガニよりも遥かに速い。

 モリオオガニの伸ばした小さな鋏を切り飛ばした。

 モリオオガニは何もついていない腕をワイトへと押し当てた後、バランスを崩して転倒した。ひっくり返ったままばたばた足を蠢かす。

 勝負あったな。


 ワイトは背から地に落下した後、くるりと後転して起き上がる。

 それからモリオオガニが倒れているのを見ると、近くの木に背を預けてしゃがみ込んだ。


 大分お疲れらしい。

 ワイトのMPだと魔法一回ですっからかんだろうしな。


「ガァァツ!」


 相方が吠えると、トレントを光が包む。

 トレントの傷がどんどん癒えて行く。


 ワイトは……怪我はなさそうだよな。

 近づいて様子を見てみる。

 ワイトは俺が近づいてきたことに気付くと首を傾け、ぽっかりと開いた目の穴で俺を見上げた。

 どことなく緊張から解放された、といった様子だ。


 よしよし、頑張ったな。

 トレントもよくワイトを守ってくれた。

 ワイトだけだとモリオオガニに殺されていたかもしれない。


 さて、モリオオガニにトドメを刺すか。

 俺はモリオオガニのいたところへと目を向ける。だがすでにそこにモリオオガニの姿はなかった。


 あれ、逃がしちまったか?

 でも今そんな音は……と思っていると、バリ、バリと隣から聞こえてきた。

 横へ向けると、相方がモリオオガニを甲羅ごと食しているところだった。

 相方が上を向くと、モリオオガニの右の大きな鋏の部位が落ちてきて地面へと刺さった。


 い、いや、別にいいんだけどよ。

 ただ欲をいえばもうちょっとこう、俺に相談してから動いてほしいっつうか……。

 トレントかワイトにトドメ刺させたら経験値多目に入ったかもしれねぇし。


【経験値を14得ました。】

【称号スキル〖歩く卵:Lv--〗により、更に経験値を14得ました。】


 ……ああ、一応経験値取得圏内に入るのかコレ。

 そろそろDランクも外れると思ってたわ。

 本当に微々たるもんだけど、ないよりはまぁマシだな。


 ま、今気になるのは俺よりワイトとトレントのステータスだな。

 多少なりとも戦ったんだからそれなりに経験値は入ったはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る