第238話

 相方は舌で口周りを舐め、モリオオガニの甲殻の断片を落としていた。

 それから満足気に「グァアアッ」と、欠伸混じりの鳴き声を上げる。


 俺は相方から目線を外し、木の根にしゃがみ込むワイトへと向き直る。

 さて、ステータスチェックと行きますかな。

 モリオオガニはDランクモンスターだ。

 Eランクモンスターであるワイトにはがっつりと経験値が入ったはずだ。

 

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:スカル・ローメイジ

状態:呪い

Lv :4/13

HP :9/26

MP :2/22

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ん……あれ、そんなでもない?

 み、三つだけか? 結構ワイト頑張ってたよな。

 まぁトドメ刺しちまったの、相方だしなぁ……。

 戦闘能力はトレントの方が高いし、結局俺が圧殺した形だし、それ相応の経験値しか入ってこねぇか。


 そもそも俺には取得経験値倍増スキルと必要経験値軽減スキルがあるからな。

 多分そのせいで感覚がちょっとずれてるんだろう。


 焦んなくても大丈夫か。

 安全が保障されてる戦闘で三つもレベルが上がるんだから。

 安全第一で行こう。死んじまったら元も子もねぇからな。いや、死んでるんだけど。


 しっかし骨、骨の魔術師と来たら、次はどうなるんだろうか。

 肉体戻ってくるよな? これで次が骨の大魔術師とかねぇよな?

 これでレベル上げ続けて最終的に骨の集合体みたいなマジもんの化け物になった挙句最終進化の称号がくっ付いて来たら、俺はどうやってワイトを慰めてやればいいんだろうか。


 じぃっと見ていると、ワイトがカランと首を下げた。

 なんだ? 顔を見すぎたか?

 恥ずかしがってんのか疲れてるだけなのかポーカーフェイス過ぎてわかんねぇぞ。


 いつか表情筋がついて普通に喋れるようになったらいいんだけどな。

 そうなったら俺もあれこれ喋れて退屈しねぇし。

 ああ、でもそんときは村に帰るときになんのかな……。

 目標ではあるんだが、ちょっと寂しいような気も。


 つるりと丸いワイトの後頭部を眺めながら、そんなことをつい考えてしまう。


『アイノの娘は、名をアロといいます。まだ十にもならない、とても愛嬌のある小さな女の子でした』


 ふと、竜神の巫女ヒビから伝えられた〖念話〗の内容を思い出す。

 十にもならない、小さな女の子。

 本当にワイトはアロなのだろうか。


 俺の様子が変わったことに気付いたのか、ワイトがまた顔を上げる。

 再び目が合い、決心する。確かめねぇと。


 主権限で簡単な意思なら伝えられるみたいだけど、固有名詞はぶつけられそうにねぇからな。

 だったら〖人化の術〗で直接訊いてみるしかない。


「グォッ」


 俺は一応、相方へと同意を求める。


「グァッ?」


 相方は間抜けな声で鳴き、首をぐるりと回した。

 もう別に了承取らなくてもいいか。なんかこいつの顔見てたらどうでもよくなってきたわ。

 俺はすっと爪を伸ばし、相方の額に依然くっ付いたままの蜘蛛の卵嚢を剥がして近くの木にくっ付ける。

 残したままだとどうなるかわかんねぇからな。


「グァッ!? グ、グア……」


 相方が卵嚢を取り返そうと首を伸ばす。

 その首を掴んで固定し、〖人化の術〗を使った。


 熱が走り、身体が小さくなっていく。

 あまり激痛はない。すっかり〖人化の術〗が身体に馴染んできた感じがするな。


「グ、グ、グァ……」


 俺は身体の縮小に合わせて相方を体内へと押し込んでいく。

 相方はみるみる小さくなる。

 肉の狭間から恨みがましそうにこちらを見る目が覗いていたが、それもじきに消える。

 人型に収まる頃には完全に一つ首だった。


 俺は指を広げ、自分の手を確認する。

 若干鱗があり青白いが、もうほとんど人間みたいなものだ。

 最初は使った瞬間激痛で自爆してたクソスキルもよくここまで成長したもんだ。


 軽く背伸びをしてから、手櫛で髪を梳く。

 うんうん、やっぱし人の身体はいいな。竜の方が慣れちまってるから若干動きづらいのが悲しいところだが。


 さっきまでに比べてワイトと目線の高さが近い。

 ワイトが興味深そうにじぃっと俺の顔を見つめている。

 人化を見るのは初めてだったな。


 視線を感じて振り返ると、トレントが不思議そうに身体をくねらせ、角度を変えながら俺を観察していた。

 人間サイズで見るとトレント超怖いな。

 俺よりずっと大きい。つい見上げる形になってしまう。

 なんか新鮮だな。


 ワイトがすっと立ち上がり、俺の回りをぐるぐると回り出す。

 ぺたぺたと身体を触られた。

 ある程度俺の身体を触った後、満足したのかよろよろとその場に膝をついた。


 ……ひょっとして羨ましいのか。

 わ、悪い。自慢するつもりじゃなかったんだけど……。

 お、お前も多分、あと二回くらい進化したら人型になれるって! 絶対、多分……。

 とと、そんなこと言いたいんじゃなかったんだ。


「ア、ア、ア……あ、ああ、あ」


 おお、普通に喋れるぞ。


 俺の発声テストを聞き、ワイトが首を傾げる。


「アロ、アロって名前、知ってるか?」


 ワイトがコトン、と逆側に首を傾ける。

 メトロノームのような動きだった。


 ……知らねぇのかな?

 一応〖グリシャ言語:Lv1〗は持ってるから、ちょっとは通じてるはずなんだけど。

 んでも、記憶があるのかどうかも怪しいからどっちとも言えねぇよな。

 もうちょっと進化してからまた質問をぶつけてみるか。


 そういや母親の名前も聞いていたな。

 えっと……確か……。


「アイノ、は? 聞き覚え、ないか?」


 俺が訊くと、ワイトの身動きがぴたりと止まった。

 少し俺が黙っていると、ワイトの身体がカタカタと震えだした。

 顎の骨が、三度動く。俺から聞いた言葉を繰り返そうとしているのがわかった。


 ワイトは目を覆い、その場に蹲った。

 俺はワイトの傍らに座り、ワイトの頭を撫でた。

 青白く、固く、冷たい頭蓋骨。


「……そうか、アロなんだな」


 返事は返って来なかった。

 ただ、ワイトの顎の骨が動いたような気がした。


 安心しろよ、ワイト……いや、アロ。

 俺が絶対人間の姿に戻してやるからな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る