第239話

「ガァァァァァァァァァッ!」


 朝、俺は割とガチな咆哮を聞いて目を覚ました。

 目を擦り、ぐぅっと首を伸ばす。


 まだ入り口から入ってくる光も控えめだ。

 かなりの早朝だな。

 後二時間くらいは寝かしてほしいんだが。


 さて、と。

 入り口を確認した後、次に奥にいるアロへと目をやる。


 アロは表情こそわからないものの、手足をカタカタと動かしてあたふたしていた。

 俺に眼窩を向け、次に確認するようにチラチラと俺の相方を目で示す。


「ガァッ! ガァァァアッ! ガァァァアアッ!」


 相方が狂ったように吠え、首を捻る。


 相方の額には、裂けた卵嚢がくっついている。

 そして顔中に人の拳より一回り大きい程度の蜘蛛が八体ほど這っている。


「ガァァァァァッ!」


 おっ、ついに孵ったのか。

 子蜘蛛達は緑の毛に覆われている。

 あの一本だけ足をひょこひょこ動かしていた親蜘蛛と同じ色だ。


 蜘蛛さんよ、あんたの子供は孵ったぜ。

 俺は部屋隅にある蜘蛛の死骸へと目を向ける。


 ……あれもそろそろ、外に埋めに行くか。

 つーか祠、一回掃除するか。


「ガァァァァッ! ガァァァァッ!」


 と、まずは種族をチェックするか。

 喚く相方の顔についている蜘蛛へと意識を集中する。


【〖ベビーアレイニー〗:Eランクモンスター】

【毛の生えた子蜘蛛。】

【様々なポテンシャルを秘めているが、外敵が多く成体になれる個体は少ない。】

【苦味はあるが、意外と美味しい。】


 親蜘蛛もアレイニーだったっけな。

 外敵が多い、か。

 安心しろ、今お前達が纏わりつている奴が一人前に育ててくれるはずだからな。


「ガァァァァアッ、アァァァアアアァァッ!」


 ……そろそろ助けてやるか。

 俺は相方の顔を前足で軽く数度叩く。

 相方の顔に這っていた子蜘蛛達がぼとぼとと落ちていく。

 ある者はひっくり返り、ある者はすばやく起き上がって祠の中を這い始める。


 相方は地面に顎をくっつけ、ぐったりとしていた。


「グゥァ……」


 低く呻き、上目で俺を見る。

 目には涙が滲んでいた。


 ……まぁ、顔面に卵嚢くっ付けてりゃいつかこうなると思ってたよ。

 やっぱ止めた方が良かったか。


 シャッシャッ、シャッシャッ。

 シャッシャッ、シャッシャッ。


 子蜘蛛の鳴き声かと思ったが、どうやら足の毛が擦れる音のようだ。

 祠内に大量のシャッシャという音が反響し、ちっと不気味だった。

 これ、Dランクモンスターにも命懸けな人間にとってはマジで恐怖でしかないだろうな。

 一応、アレイニーは温厚な種だったはずだが。


 と、カラコロと骨の音が聞こえてくる。

 天井に気をつけながら振り返ると、アロが子蜘蛛に囲まれていた。

 じりじりと寄ってくる子蜘蛛達に対し、首をカラカラと回しながら見回していた。


 一瞬蜘蛛達の動きが止まったかと思うと、息を揃えたかのように一斉にアロへと迫っていく。

 凄まじい数の足音が鳴る。

 俺が近づいて首を伸ばすと、アロが死に物狂いで登ってきた。

 子蜘蛛が追いかけてくるより先にまた頭を上げる。


 子蜘蛛達はすぐアロから興味を失くしたらしく、思い思いに祠の中を散っていく。

 こいつら、本当に自由だな……。


 額からカタカタと振動を感じる。

 アロが震えている。

 よっぽど怖かったのだろう。

 ……降ろすのはもうちょい落ち着いてからか。


 しっかり躾けてくれよ、相方よ。

 これ場合によってはすぐ追い出すことになるかもしれんぞ、悪いけど。

 

「ガァ……」


 相方はまだ顔に這われた恐怖が抜けないらしく、普段よりも大人しかった。


 おい、飼いたいって言ったのお前だよな?

 世話と躾けしっかりしろよ?


 相方は俺の視線を受け、そっと目を逸らした。

 こ、こいつ……!


 しかし……本当にこれ、俺の手に負えるのかどうか怪しいぞ。

 今はEランクだけど、成長したらどんどん大きくなるんだよな?

 魔物って成長クソ速そうだし、全員Bランクとかなったら下手したら俺死んじまうぞ。

 謀反起こされたら負けるぞ。


 下手に育てるより、自然に返した方が後味も悪くないんじゃないだろうか。

 そもそも冷静に考えたら魔物って飼えるもんじゃないだろうし。


 どうしたものかと子蜘蛛達に目を向けると、親蜘蛛の死体に集っていた。

 最初は一体だったのか二体、三体と増えて行く。そしていつの間にか八体全員が集まっていた。


 ……ん? 何やってんだ?

 死を弔ってるわけでもあるまいし。


 また八体がさっと散る。親蜘蛛の死体がなくなっていた。

 くすんだ緑の毛だけがわずかに散っている。


 ……く、喰いやがった。

 いや、蜘蛛の間では普通なのかもしれねぇけど!

 生まれたばっかで栄養が必要だって、それはわかるんだけども!


 腹が膨れて満足したのか、子蜘蛛達は祠の奥の一角に集まって眠り始めた。

 こいつら本当に自由だな、おい。


 どうすんだこれ。

 本気で飼うのか?


 相方へと目を向ける。

 相方は寝ている子蜘蛛達へと恐る恐ると首を伸ばし、顔を近づける。


「ガァ……」


 それから満足したかのように、ほっと息を吐いた。

 俺へと向き直る。


『飼ウ! オレ、飼ウ!』


 マ、マジかよ。

 さっきお前、ちょっと怖がってなかったか?


『大丈夫! 問題ネェ!』


 ……う、うーん、まぁ、もうちょい様子見ながら考えるか。

 アロも脅えてるし。


 とりあえず子蜘蛛達を残したまま、俺は祠に出た。


 祠の前に生えていた木は、俺に気が付くと目を開けて根を引っこ抜き、動き出した。

 レッサートレントである。

 トレントは普段、土に根を張り直して休んでいるらしい。


 ……しかし、邪竜に骸骨に蜘蛛にトレントか。

 賑やかになってきたというか、完全にこれ魔王ルート入ってるんじゃなかろうか。


 とりあえず今日の目的もアロのレベル上げと食糧の確保である。

 まぁ食糧に関しては、また近い内に貢物持ってきてくれそうな気はするけど。


 あと、もう一つ気になることがある。

 逃げたマンティコアのことである。

 また近々集落を襲撃しに来るのは目に見えているし、さっさと決着をつけておきたい。


 それに竜神の巫女が『あの方向に逃げたのならば大丈夫です』と言っていたのも気にかかる。

 あっちには何があるというのだろう。

 どうせだからレベル上げと食糧の確保ついでに確かめておきたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る