第451話
「イル……シア……」
海に落ちたルインの腕が、溶かされるように消えて行った。
【経験値を42660得ました。】
【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を42660得ました。】
【〖ウロボロス〗のLvが109から122へと上がりました。】
膨大な経験値が入る。
今まで俺が倒して来た魔物とは、経験値の桁が明らかに違う。
これが伝説級の経験値なのだろう。
今更こんなに急激にレベルが上がるとは思わなかった。
だが、今は喜びもなく、虚無感の方が近い。
海面を見渡す。
だが、相方の鱗や血肉のほんの断片が浮いているだけで、まとまったものは、何一つ残っていなかった。
奴の〖ルイン〗の直撃を受けて、綺麗さっぱり消えてしまったのだろう。
【通常スキル〖ワイドレスト〗を得ました。】
【通常スキル〖リグネ〗を得ました。】
魔法スキル……か。
【称号スキル〖|大物喰らい(ジャイアントキリング)〗のLvが3から5へと上がりました。】
【称号スキル〖勇者〗のLvが9からMAXへと上がりました。】
【通常スキル〖闇払う一閃〗を得ました。】
俺はメッセージが終わるのを、淡々と待った。
それから相方の首に対して〖自己再生〗を、使おうと試みてみた。
切断面が癒え、流血が収まっていく。
俺は相方の生きていた証が消えていくような気がして、すぐに止めた。
元より、復活する見込みなど、なかった。
切り離した首も相方の意思が残っていたのだ。
相方がそのまま帰ってくるような、そんな都合のいいことが起きるはずがなかったのだ。
身体が嫌に軽く、バランスが取り辛い。
俺はぼうっと空を舞っては、海面に降り、相方の断片へと目線を降ろした。
実感が持てない。
砂漠で勇者を討つべく進化してから、以来、ずっと俺を横で支えてくれた相方がもう二度と戻ってこないのだと、その事が理解できない。
スライムの奴と相討ちになり、相方は消えちまった。
だが、不思議と、スライムの奴が憎いという感覚はない。
奴がリトルロックドラゴンを村に嗾けようとしていた黒幕だとわかったときには、こいつだけは、絶対に生かしておいてはいけない奴だと思った。
しかし今となってみれば、ただ神の声に振り回された、哀れな奴だったとしか思えない。
少しの間、何をするわけでもなく、俺はその場に留まっていた。
だがすぐに、アロ達と合流しないと、と思い至った。
正直なところ、顔を合わせ辛い。
アロ達は、相方を犠牲にして生き残った俺を、許してくれるだろうか?
ナイトメアはきっと、俺のことを許しはいないだろう。
あいつは、本当に相方の事が大好きだった。
……だが、今は、戻らないといけない。
アルバン大鉱山で合流すると、アロ達には伝えている。
アロにナイトメア、マギアタイト爺が、揃って生還できていない可能性だってあるのだ。
それに、流れで聖女と敵対することになったであろう、ヴォルクがどうなったのかも気になる。
俺は最後に、相方の沈んで行った辺りに向け、頭を下げた。
……今まで俺を支えてくれて、本当にありがとうな。
俺は絶対、半端なところで死んだりなんかしねぇ。
最期が来たとしたら、そのときはお前みたいに、かっこよく意地を通して死んでやる。
だから、見守っててくれよ、相方。
俺は重い身体を引き摺るように飛び、アルバン大鉱山を目指す。
MPが自動回復する度に〖自己再生〗で翼や身体を再生させてはいるものの、まったく追いつかない。
自動回復量も、普段よりかなり遅い。
身体を酷使し過ぎたためだろう。
ローグハイル、カオス・ウーズ、リリクシーラ、そしてルインを連続して相手取ったのだ。
今生きているのは、本当に奇跡だ。
駄目な気はしていたが、一応〖ハイレスト〗を使おうとはしてみた。
だが、やはり駄目だった。
MPが足りないわけではなく、使うために必要なものが、頭から抜け落ちている感覚だ。
確か、かつて戦ったツインヘッドのスキルも、反対側の首がなくなったからといって、ステータスから抹消されることはなかった。
恐らくだが、手がなくなって剣が振れなくなってしまった様な、そういう扱いなのだろう。
ウロボロスは魔法スキルが逆の首でしか使えないドラゴンだった、そう考えるとしっくりくる。
もしも首が一つなのが普通の種族に進化した際には、魔法スキルは帰って来るのかもしれない。
飛んでいる最中に、今回得たスキルを確認してみた。
【通常スキル〖リグネ〗】
【欠損した身体の部位を再生させると共に、HPを回復させる。】
【〖レスト〗と比べ、MPの消耗が著しく激しい。】
……〖自己再生〗の、魔法バージョンってところか。
俺には大して利点はない……か?
いや、他者に対して使用することができるのならば、その意味は大きいかもしれない。
【なお、使用できる人間や魔物は少なく、捕まって酷使され、それが元で命を落とす事が多い。】
【古代にはDランクで〖リグネ〗を覚える魔物がいたのだが、幼体では生殖能力を持たない事もあり、一体残らず絶滅した。】
いつもの神の声節か……いや、笑えないが。
……それにしても、また人間か。いつの時代も、とんでもねぇことしやがる奴はいるもんだ。
【通常スキル〖闇払う一閃〗】
【剣に聖なる光を込め、敵を斬る。】
【この一閃の前では、あらゆるまやかしは意味をなさない。】
【耐性スキル・特性スキル・通常スキル・特殊状態によるダメージ軽減・無効を無視した大ダメージを与える。】
これが勇者レベル最大で覚えるスキル、か。
残念ながら、俺は剣を使って戦わない。人間専用スキルだったらしい。
わざわざ人化してまで使う機会があるとは思えないが……特殊なスキルで身を守っている相手には、強烈なメタ攻撃になる……かも、しれない。
とはいえ、これまでそんな魔物は見たことがない。
まともにダメージが通らなかったツボガメも、特性スキルの補正より、素の防御力によるところが大きかった。
わざわざ攻撃力を半減させ、人化してまで使う機会は来ないだろう。
『ちっとは期待したが、思ったより微妙だな。俺としては、同格相手に主戦力として使えるようなスキルが欲しかったんだが、相か……』
俺は何も考えずに、自然と〖念話〗を使っていた。
相方と、ついそう呼び掛けようとして、自分が無意味なことをやっていると自覚し、そこで途切れさせた。
ふと、リリクシーラの事が頭を過ぎった。
もしかしたら、もしかしたら、あいつの〖スピリット・サーヴァント〗なら、亡骸もほとんど残さずに消えちまった相方の魂を、呼び戻すことができるのではないだろうか。
いや、実際にはわからない、というより、無理だろう。
確かにセラピムは、いつの日か聖女が魔法で呼び戻すため、聖国の石像の中に、魂を封じられていたという。
しかし、特殊な手順を踏んでいたからこそ、遠い昔に死んだドラゴンを蘇らせることができたのだと言われてしまえば、それだけの話だ。
そもそも、あの魔法の対象がどこまで通るのかがわからないし、相手がどの状態の時に使うのが正しいのかも知らない。
おまけに相方は単一の魔物ではないため、〖スピリット・サーヴァント〗の対象に入るとは到底思えない。
だが、可能性はゼロではない。
……もしかしたら、リリクシーラは、魔王の神聖スキルを手に入れた俺が裏切るのが怖くて、俺を攻撃したのかもしれない。
ルインに近い化け物が誕生した例を聖国の文献から知っており、それを危惧しての行動だったとすれば、納得ができないことはない。
人間の強者として、絶対に手のつけられない化け物に変貌する恐れのある俺を放置するわけには、いけなかったのかもしれない。
だったとしたら、ルインの囮になって王都を守った俺との敵対を、取り下げてくれるかもしれない。
甘い考えだとはわかっている。
しかし、万が一の裏切りへの警戒なら、もうリリクシーラが俺と敵対する理由はないはずだ。
相方と俺は、そんくらいのことをやった、その自負がある。
俺は、相方が死んだ一因となったリリクシーラを、絶対に許すことができないだろう。
もしもあいつが最初から協力していれば、スライムを逃がし、ルインへ進化させるようなことはなかった。
しかし俺も、不用意な殺し合いなんざ、したくはない。
試した結果、順当に、リリクシーラのスキルで相方を蘇生するのが不可能だとする。
だが、それでも……リリクシーラが、相方を蘇らせようと少しでも試みてくれた、その事実さえあれば、リリクシーラを許せないにしても、俺は、仇を取ろうとまでは、考えなくても済む。
そんな気がするのだ。
「ハッハァ、いたいたァ! お前が、イルシアか! カッハハハハ! 半分ねぇじゃん、ここまで瀕死だと、俺様が出張る意味なんざなかったなぁこりゃ!」
耳障りな甲高い笑い声が、後方のやや離れたところから聞こえて来た。
……な、なんだ? 人間の声?
身体の状態のせいで〖気配感知〗が機能しなかったらしい。
振り返れば、はだけた黒衣を纏う、虫の様な六枚の羽のある男が、宙に浮かんでいた。
明らかに、ただの人間ではない。
四本の腕を持ち、皮膚は灰色、エルフの様に耳は尖っており、口許には牙があり、指が異様に長く、その全てから、鋭い爪が伸びている。
周囲には、人間大の蠅が、三体ほど飛び回っている。
俺の記憶に、聖女の言葉が蘇ってくる。
『以前、私が聖騎士団の方々と共同で討伐した、凶悪な魔物、魔獣王ベルゼバブの魂も縛り付けています。とはいえこちらは扱いが難しく、本音で言えば極力使用したくないところではありますが』
まさか、こいつ……!
「悪く思うんじゃねぇぞォ、俺様も、聖女様には逆らえねぇからよオ! クハハハハハハ!」
男が目を大きく見開く。
目の中には、真っ赤な瞳が、いくつも蠢いていた。
俺は理解した。
今思えば、魔獣王の魂が扱い切れなかった、なんていうのは、リリクシーラにとって、あまりに都合の良すぎる言い訳だ。
戦力を出し惜しみするために、俺に対して、魔獣王を使わない言い訳を先回りして用意していたと考えれば、今の事態にも説明がつく。
奴は、徹底して保険を掛けるため、魔獣王という切り札を、俺に伏せて持ち続けていたのだ。
『……そうか、それがアイツのやり方か。よくわかったよ、俺と和解する気なんざ、全くねぇってことが』
リリクシーラは、今なお、俺を意地でも排除するつもりらしい。
「そんなにボロボロなら、わざわざこの姿じゃなくても、逃がすことはなさそうだなァ。身軽なのはいいが、力が入らねぇ上に、気分が悪くて敵わねぇからなァ……!」
男の身体が僅かに光る。
次の瞬間、急速に膨張し、質量を増していく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます