第452話

 男の身体が膨張し、元々人外だった風貌が、どんどんと化け物染みていく。

 想像していた通り、その姿は、巨大な醜悪な蠅、そのものだった。

 六つの脚がすべて、人間の腕に近い造形になっていることと、頭から伸びた巨大な角、異様に膨らんだ下腹部を除けば、概ね蠅から乖離した造形ではない。


 ただ想定外だったのは、俺の予想よりも、巨体だったことである。

 全長、二十メートル以上ある。

 俺の倍以上だ。


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種族:ベルゼバブ

状態:スピリット

Lv :86/130(Lock)

HP :1076/2152

MP :2064/2071

攻撃力:1485

防御力:1090

魔法力:1384

素早さ:701(1402)

ランク:A+


神聖スキル:

〖畜生道:Lv--〗


特性スキル:

〖神の声:Lv8〗〖グリシャ言語:Lv3〗〖帯毒:Lv9〗

〖毒瘴気:Lv7〗〖闇属性:Lv--〗〖鈍重な身体:Lv--〗

〖HP自動回復:Lv6〗〖MP自動回復:Lv6〗〖暴食:Lv--〗

〖擬態:Lv--〗〖飛行:Lv6〗〖食再生:Lv3〗

〖眷属の目:Lv--〗


耐性スキル:

〖毒無効:Lv--〗〖呪い無効:Lv--〗〖闇属性吸収:Lv--〗

〖物理耐性:Lv6〗〖魔法耐性:Lv8〗〖即死耐性:Lv4〗


通常スキル:

〖ステータス閲覧:Lv6〗〖インハーラ:Lv6〗〖灼熱の息:Lv5〗

〖病魔の息:Lv6〗〖まどろみの息:Lv6〗〖蠅王の暴風:Lv6〗

〖眷属増殖:Lv8〗〖念話:Lv4〗〖酸の唾液:Lv3〗

〖毒牙:Lv7〗〖毒毒:Lv7〗〖毒爪:Lv6〗

〖人化の術:Lv4〗〖噛みつく:Lv5〗〖自己再生:Lv5〗

〖ダークネスレイン:Lv4〗〖デス:Lv4〗〖ワイドバーサーク:Lv6〗


称号スキル:

〖魔獣王:Lv6〗〖ポイズンマスター:Lv9〗〖嘘吐き:Lv1〗

〖蠅の王:Lv--〗〖災害:LvMAX〗〖不浄の象徴:Lv--〗

〖ラプラス干渉権限:Lv2〗〖従霊獣:Lv--〗〖最終進化者:Lv--〗

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 ラ、ランク、A+!?

 ステータスだけでいえば、スライムの奴は疎か、エルディアにさえ余裕で勝っている。


 なんでこんな奴が、リリクシーラ相手に敗れたんだ。

 そもそもこんな隠し玉があったのなら、エルディア相手にあそこまで必死に逃げる必要は、なかったはずだ。

 俺に対して切り札を伏せるためだけに、あそこから演じていたのか。


 ……いや、そもそもあの時、リリクシーラが重力魔法でエルディアを押さえ込んだ時点で、かなり優位に立っていた。

 翼が潰れてエルディアは機動力を失い、出鱈目にスキルを放つのが限界だった。

 逃げるとリリクシーラが判断を下したため、エルディアにトドメを刺したくなかった俺は素直に従った。


 ……あの時、リリクシーラは、俺のレベルが進化から遠いラインで、留めておきたかったのかもしれない。

 エルディアはAランク、レベル上限のドラゴンだ。

 間違いなく、神聖スキル持ちを除いて、最高の経験値保有者だ。

 リリクシーラは、俺が制御できない程強くなるのを嫌がっており、あの場でエルディアを俺と共闘して処理することを嫌ったのだろう。


 考えれば考える程に、リリクシーラの冷徹振りが見えて来る。

 もしかしたら、俺からは見えていない、他の思惑も何かあったのかもしれない。


『死ぬ気で避けろよォ、本当に死ぬからなァ!』


 ベルゼバブの巨体が、俺へと迫ってくる。


 どうやらベルゼバブの特性スキル〖鈍重な身体〗が、速さの基礎ステータスを半減させているようだった。

 奴の言っていた人間の身体の方が速く動ける、というのは、このスキルの呪縛から解放されるからだろう。


 だが、【素早さ:701】はAランクの中では多少遅くとも、充分に化け物クラスだ。

 俺の素早さなら普段なら振り切れるが、今のこの身体だと、全力の速度は出せない。


 俺は正面から飛び掛かってくるベルゼバブに対し、飛びながらも〖転がる〗を取り入れた動きでトリッキーに軌道を変え、斜め下へと潜り抜けるように回避した。

 ベルゼバブの巨大な腕が、俺の尾を掠める。


 地上戦じゃなく、空中戦なのが幸いした。

 立体的な動きができる空中では、逃げ道の選択肢が増える。


 だが、逃げたところで、ジリ貧だ。

 コイツは防御力もHPも馬鹿高い。


 攻撃極振りタイプの紙装甲ならばまだ逆転の芽もあったが、硬い上にタフ過ぎる。

 逃げようにも、距離が開けば、〖人化の術〗で素早さを倍増させて追ってくる。

 振り切れるわけがない。


 ベルゼバブが振り向くと同時に、縦に、横に、斜めに、六本の腕で各々に俺を追う。

 身体を逸らし、飛び回りながら回避する。避けきれなかった腕には〖鎌鼬〗を当て、動きを止めさせた。

 止まった腕を蹴り飛ばして促進力を引き上げ、ベルゼバブから強引に距離を取る。


 ど、どうすればいい?

 相方が繋いでくれた命だ。こんなところで死んで、アロ達を永遠に待たせるわけには、絶対にいかねぇ。

 逃げて人化を誘い、防御力が落ちたところを重傷を与えて、退かせるか?


 MPが減少し続けるデメリットは〖擬態〗のスキルで帳消しにしているようだが、最大HP半減はどうやらそのままのようだった。

 MP減少以外のデメリットは生きているはずだ。


『いい動きだ! だが、背後にも気をつけるべきだなァ!』


 二体の蠅が、俺の背後から迫ってくる。

 思ったより速い。俺は片側のステータスを確認する。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

種族:肉屠りの魔蠅

状態:眷属

Lv :30/60(Lock)

HP :312/312

MP :107/107

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 C+ランク……脅威ではない、が、確実に仕留める!

 一体ずつに〖鎌鼬〗を放つ。

 それぞれ身体が中央部で切断され、地へと落ちていく。


 経験値取得が、発生しない……?

 特殊なスキルで作った魔物らしい。

 恐らく、奴らはレベル30固定で生み出されるのだろう。


『隙ありだぜェ!』


 ベルゼバブの膨れ上がった下腹部に大きな横の線が現れ、大きな口が現れた。

 夥しい数の牙がずらりと並んでいた。

 な、なんだ、あれ……!?


『〖インハーラ〗!』


 巨大な口の前に、魔法陣が浮かび上がる。

 俺はその魔法陣に禍々しいものを感じ、逃れる方向へと頭を向け、必死に翼を羽搏かせた。


 尻目にベルゼバブを確認する。

 魔法陣の中央を起点に渦が発生する……と、同時に、身体が、強く引っ張られる。

 俺の倒した二体の蠅の眷属の死骸が、ベルゼバブの口の中へと吸い込まれていった。

 吸い上げられる海水の飛沫が、俺の身体に当たる。


 なんて出鱈目な戦い方だよ!

 辛うじて俺の飛行でどうにか相殺できているが、こいつにこの魔法がある限り、空中戦は鬼門かもしれねぇ。


『ウップ、ごちそうさま……ああ、しょっぺぇ、ここだと、モロに水吸っちまうのが難点だなァ……』


 魔法陣が薄れ、巨大な口が閉じられていく。

 行ける! 今なら奴の魔法の気流に乗り、横を駆け抜けられる。

 意表を突けるかもしれねぇ。

 ここで逃げて、人化を誘う。


 俺は身を翻し、奴の吸い込みでできた風の流れを利用し、ベルバブの横を駆け抜けた。

 そのとき、完全に一度閉じた口が、再び開いていくのが目に見えた。


『からのォ、絶対死ぬビーム!!』


 紫色の竜巻が、奴の口から放たれた。

 海が、奴を起点に、大きく開けていく。

 奴の吐き出した息に汚染されるように、紫色の汚れの様なものが、海水に一気に広がっていった。


『ハハハハハァ! 前ならこれで、いい経験値稼ぎになったんだがなァ! お前、勘がいいなァ、いや、運がいいのか?』


 な、なんだ、このスキル。

 攻撃の規模が違う。

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