第453話
俺はベルゼバブの横を駆け抜け、通り過ぎ様に奴の背に、尾の一撃を叩き込んだ。
だが、奴の巨体はビクともしない。
防御力が桁外れに高いが、俺の攻撃が通っていない、なんてことはないはずだ。
だが、特性スキルに〖鈍重な身体〗とあるように、奴の巨体の打たれ強さは尋常ではない。
ちょっとやそっとの攻撃では仰け反らせることはできない。
逃げ腰の一撃では防御力に阻まれてさしたるダメージにはならないが、正面からぶつかっても、反撃の一撃でこっちが重傷を負うだけだ。
こんな奴、どうやって倒せというんだ。
……もっとも、その重さ故に、人化時以外のときに速度半減がついているのは、唯一の救いと言える。
奴は速度を取れば、そのタフさと攻撃力、防御力を半減させなければならない。
俺は奴の背へと一撃を叩き込んだ反動を利用して加速し、そのまま上空を目指し、斜め方向で飛んだ。
低い位置にいては、さっきの奴の攻撃……絶対死ぬビームこと、吸い込む力を引き上げる〖インハーラ〗の魔法によって強化した〖蠅王の暴風〗の範囲からは逃れられない。
だが、上空にいれば、急下降すれば、あの攻撃から逃れられるかもしれない。
あの攻撃は、恐るべき範囲攻撃だ。
受ければ大ダメージに加えて、範囲内を猛毒状態にする付与効果がある。
あんな強烈な毒を受ければ、まともに動くことさえできなくなってしまう。
俺が目指しているのは、陸地の方角である。
ルインを相手取る時は、軌道を読まれては、馬鹿みたいに射程距離の長い魔法スキルで爆撃されるため、動きの単調になる〖転がる〗を使い続けることは難しかった。
だが、今の俺の身体でベルゼバブから逃げ切るには、〖転がる〗に懸けるしかない。
海の上で勝ち目もない戦いをチンタラと続け、翼を負傷でもすれば、その時点で俺の死が確定しちまう。
『オイオイ、面倒臭い真似は止めろよ。逃げれるわけねぇだろォ、そんなボロッボロの身体でよォ!』
奴が六本の腕で宙を引き裂きながら、俺を追い掛けて来る。
俺は高度を調整して奴の爪を回避し、速度の差を利用して距離を開ける。
奴が通常状態ならば、俺の方が速い。
『チッ、仕方ねぇなァ! 悪足掻きばっかしやがって!』
ベルゼバブの巨体が輝き、光の中に浮かぶシルエットが小さくなっていく。
六本腕に、灰色の皮膚に虫の羽。最初に遭遇した時の風貌、人化状態へと戻った。
「好きじゃねぇのにさァ、こっちの身体はよ!」
狙い通り……!
後は、防御力と打たれ強さが減少した今の間にダメージを与え、退かせることができれば最善だ。
俺は尻目に奴の姿を捕らえ、やや速度を落とし、〖鎌鼬〗を一発、奴へと放った。
「無駄ァ! ハハハ、俺様の身軽さ、舐めてんじゃねぇぞォ!」
奴は最小限の動きで風の刃を回避した。
捉えきれる気がしない。奴の人化中の素早さは、俺が今までに見て来た魔物の中でも頂点に立つ。
だが、やるしかない。
普通にやっては攻撃は当たらない。
だから、敢えて、奴の一撃をわざと受ける。
そしてカウンターの一撃を奴に叩き込む。
人化中は攻撃が軽くなるとはいえ、決して無視できないダメージだ。
今の俺の身体だと、本来ならば避けたい作戦。だが、他に手はない。
当てろ、俺。絶対に当てろ。
考えろ、奴がどう俺へ攻撃するのか、俺はそれに対してどう動けば、確実に奴へと攻撃を入れることができるのか。
「ヒャホウ、もらいッ!」
奴が、更に加速し、俺の背へと狙いを付ける。
思っていたよりも速い。
だが、タイミングを見誤るな、反撃が速すぎては避けられる。
引き付けろ。奴の攻撃が俺の背に当たったその瞬間に、俺の最高の一撃をぶつけ、瀕死に追い込んでやる。
背に激痛が走ったその刹那、俺は身体を翻し、背後へと前脚の爪を叩き込んでいた。
そのまま真下の海面へと一直線に落としてやるつもりだった。
絶対に当たったはずと、錯覚した。だが、俺の身体は大きく前傾し、崩れていた。
空振ったのだ。
「あっぶねぇなァ、殺気丸出しだったから来るとは思ってたが、予想外にギリギリだった。ちっと掠っちまったじゃねぇかよォ」
そう聞こえてきたのは、背後からだった。
いくらなんでも速すぎる。これが【素早さ:1402】の世界……。
二撃目の爪が、俺の身体を容赦なく裂いた。
俺の青い血が舞う。危機を感じ、一気に高度を落とした。
三撃目の爪が俺の頭を掠めていた。
俺は重力加速度に任せ、高度を落としつつ変則的な動きを混ぜ、続く四撃目、五撃目を回避し、海面ギリギリからほぼ直角にルートを曲げ、陸地を目指して真っ直ぐに飛んだ。
引き裂かれた表皮を〖自己再生〗で止血していく。
……どうやら、毒にやられちまったようだ。まだそこまで効果は出ていないが、今の状態で時間と共にHPを削られていくのは、本当に辛い。
選択肢がまた狭められていく。
俺の最善策は、ベルゼバブを人化させている間に攻撃を叩き込み、退かせることだった。
だが、前者は不可能だ。
攻撃しようとして、はっきりと無理だと悟った。
あの最良の一撃があっさりと回避された時点で、今のMP残量で無策のまま、人化状態の奴に一撃入れることなんて絶対にできない。
だから、次善策へと全てを懸ける。
陸地へ逃げ、〖転がる〗を用いての逃走である。
正直こちらも成功の可能性は限りなくゼロに近い。
だが俺は、奴の戦い方を見ていて、一つの策を思いついた。
これを使えば、とりあえず、奴から距離は取れる……かもしれない。
だが、この策を使えば、俺の身体は無事では済まない。
その状態で、本当に〖転がる〗を用いて逃げ切ることができるのかどうかは、かなり怪しい。
しかし、現状ではすぐに詰まされるだけだ。とにかく状況を変え、少しでも逃げ切る可能性を探るしかない。
相方が、命を懸けて繋いでくれたんだ。
絶対にこんなところで終わってやらねぇ、なんとしてでも生き延びてやる。
「俺様から逃げ切れると思ってんのかァ、あ?」
ベルゼバブも海面ギリギリを飛んで俺を追いかけて来る。
すぐに追いつかれる。だが、それでいい。
今はとにかく、後の逃走率を少しでも上げるため、陸地への距離を詰める。
「グルゥォォォオオッ!」
俺は尾で海面を弾く。
水飛沫がベルゼバブを襲う。
ベルゼバブは大きく円軌道を描いて回避し、そのまま俺の前方へと回り込んだ。
「チマチマやんのは性に合わないわけよォ。どうせだったら正面からぶつかって潔く死ぬっていう男気はお前の中にはないわけかァ?」
俺は海面へと頭から突っ込み、奴を真下から強襲する。
予想外だったらしく奴が身体を引いて回避した隙に、俺はそのままの方向を崩さず、真っ直ぐに陸地目掛けて飛び続ける。
「お前、諦め悪すぎて無様なんだよォ! クソみたいな臆病者めが!」
ベルゼバブの奴がすぐさま飛行を再開し、俺を追いかけて来る。
充分に距離を詰めたところで、奴の姿が、海中に消えた。
下から来る、そう考えて高度を上げようとした瞬間、腹部に激痛が走り、俺の身体が上に跳ね上げられた。
避けれ、なかった。
こんなときに、追加のダメージを……!
続けて、俺の腹部を穿って上に抜けたベルゼバブが、今度は頭上から落ちてきて俺の左の翼を引き裂いた。
青い血が舞う。
重ねて、毒を盛られた。
少し翼が痺れる。
「グゥ……!」
俺は海に叩き落された。
泳いで体勢を整えながら、俺は考える。
翼は、俺の生命線だ。
飛行能力が大幅に削がれることになっちまった。
「何の面白味もなく死ね!」
俺の頭上でベルゼバブの巨体が輝き、再び体積を増して怪物化していく。
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