第714話 side:ヴォルク
『四肢をバラバラにするのは止めだ、銀髪の剣士よ。ここからは本気でお前を斬りに行く』
アーレスが我へとそう呼びかけ、剣を構える。
『確かにお前は、オレが見てきた中で最強の剣士よ。だが、次はない』
アーレスの姿が揺らぐ。
また歩術のスキル〖
アトラナートが天井から無数の糸を放ち、アーレスを狙う。
切断力の高い〖断糸〗のスキルであろう。
だが、アーレスの動きにはまるで追い付けていなかった。
アーレスはあの大鎧で動きが速すぎる。
〖
多少なりとも動きを制限してくれればとは思ったが、アーレスはかなりの余裕を以て回避している。
我の死角に立ったアーレスが横に剣を振るった。
我は寸前で屈み、それを回避した。
聖堂のホールの壁一面に斬撃が走った。
聖堂全体が大きく揺れ、崩落が始まった。
我は周囲を確認する。
聖堂に閉じ込められていた民らは、既にここに残ってはいなかった。
我の先に戦っていた手負いの剣士二人も、他の民に運ばれてここを出て行ったようであった。
ひとまず周囲は気にせず戦えるようだ。
『なんと……続けて躱してみせるか!』
アーレスが感嘆を漏らす。
……一応避けられてこそいるが、我の戦闘勘に対して、肉体と思考がまるで追い付いていない。
咄嗟に躱してから、ようやく自身の動きの意図を遅れて理解できる。
そして一度躱すごとに、身体に錘が纏わりつくような、重い疲労感があった。
じきにアーレスの動きに我は追い付けなくなる。
そして今アーレスと戦えているのは、奴が剣士としての戦い方をしているからに過ぎないだろう。
アーレスの本分がもはや剣士でないことは、奴のオーラから明瞭に感じる。
順当に行けばいずれ敗れる。
どんなに危うくても、勝負に出なければならない。
受け身では勝てない。
格上相手との戦いは短期決戦以外にない。
実力の開きが大きい程、勝負は短い方がいい。
一瞬に全てをぶつける。
アーレスに勝つためにはそれしかない。
『忘れていたぞ! これが斬り合いというものか! 誇るがいい、お前はこのアーレスに剣の楽しみを思い出させたのだ!』
アーレスが向かって来る。
我もまた、アーレスへと向かって飛び込む。
鈍い金属音が鳴った。
奴の鎧の腹部を斬ったが、我が剣は弾かれていた。
鎧越しに叩き斬って衝撃を伝えようとしたが、どうやらそれでは敵いそうにない。
いつの間にか、我はその場に膝を突いていた。
目線を落とせば、自身の横っ腹が深く抉られているのが見えた。
興奮で麻痺していたが、どうやら我もまた奴の一撃を受けていたようだ。
口から溢れてきた血が、我の足へと垂れた。
掠めただけとはいえ、あの巨大な剣の一撃をこれだけの軽症で抑えられたのは、むしろ幸運か。
我には〖自己再生〗もある。
完全とはいえなくとも、この程度の傷を塞ぐことは容易い。
『〖白銀の巨鎧アルビオン〗……勇者としての、オレの象徴のようなものだ。お前の剣で打ち砕けるとでも思ってか?』
『クラウガイイ!』
飛び降りてきたアトラナートが、アーレスへと接近しながら〖断糸〗を放つ。
『回避させ、少しでも隙を作って仕掛ける魂胆か。乗ってやっても問題はないが……』
アーレスは籠手で〖断糸〗を弾く。
『端からこの程度の攻撃、避けるにも値せん』
アトラナートが、大きな爪の付いた腕を振るう。
アーレスはアトラナートをまともに叩き斬った。
彼女の身体が、一撃でバラバラになる。
だが、血は出なかった。
アトラナートの身体は糸玉となり、アーレスの身体に纏わりつく。
アトラナートのスキル、〖ドッペルコクーン〗である。
本人同等の能力を持った分身を糸玉より生み出すスキル。
倒したとしても、アトラナートの凶悪な粘着性を誇る毒糸、〖吸魔闇粘糸〗に纏わりつかれることになる。
アーレスは糸玉によって、床へと固定されることになった。
『チッ! オレがこのような罠に掛かるなど……!』
〖ドッペルコクーン〗と〖吸魔闇粘糸〗は凶悪なコンボだが、タネが割れれば粘糸の被害を受けないように対処されて終わりである。
〖衝撃波〗で容易に対応されてしまう。
少しでも我が気を引き、〖ドッペルコクーン〗の分身体が接近できる状況を作ることが狙いであった。
もっともアーレスには桁外れな剛力がある。
一瞬で引き剥がされるだろうが、アーレス相手にその一瞬を稼げるのは大きい。
「耐えてくれよ、マギアタイト!」
『任セルガイイ、ヴォルク殿!』
我は渾身の力を込めて、アーレスの手許へと刺突を放った。
『……オレとの剣の打ち合いを望むだと? この至近距離であればオレの巨大な剣では力が乗り切らず、糸の妨害があれば尚のことと判断したか。しかし、それはこのオレを舐め過ぎだ!』
アーレスが強引に糸を引き剥がしながら大剣を振るう。
我の剣と、アーレスの剣が衝突した。
『グウウウウウ!』
マギアタイトの黄金剣が砕け散る。
衝撃に耐えきれなかった、我の腕の骨が歪むのを感じた。
我は凄まじい衝撃で床に叩きつけられた。
「かはっ!」
戦いの興奮で痛みは麻痺していたが、それでも体内の臓器が、背を打った衝撃でかき混ぜられたのがわかった。
『あ、有り得ぬ……オレが、戦いの最中で、剣を手放すことになるなど!』
アーレスが叫ぶ。
奴の言葉通り、奴の手に剣はなかった。
アーレスの巨大な剣は、床まで降りてきたアトラナートの横へと突き刺さっていた。
〖ドッペルコクーン〗の糸はアトラナートと繋がっていたのだ。
被弾すれば、アトラナートに自在に身体を引っ張られることになる。
アトラナートは、我がアーレスの手許に刺突を放つのに合わせて、奴の剣を引っ張り上げてくれたのだ。
あれがなければ、この床に叩きつけられた衝撃だけで我はくたばっていただろう。
ハレナエに鎧の剣士の〖スピリット・サーヴァント〗が向かったことは知っていた。
敵の武器を奪うこと。
それが事前に決めていた作戦の一つであった。
アーレスは籠手で我へと掴みかかって来た。
身体のダメージのため反応が遅れた。
我の身体が、アトラナートへと素早く手繰り寄せられる。
アーレスの籠手は空を切り、勢い余って床を殴りつけた。
「助かった、アトラナート」
我はアトラナートの横で立ち上がる。
怪我のせいで呼吸が乱れるが、〖自己再生〗のお陰で辛うじてまだ動ける。
『大した剣士だとこのオレが認めてやったというのに、ここまで虚仮にしてくれるとはな』
アーレスからどす黒い怒気を感じる。
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