第715話 side:ヴォルク
『大した剣士だとこのオレが認めてやったというのに、ここまで虚仮にしてくれるとはな』
「剣士として立ち合うつもりはない。貴様を倒せればそれでいい。貴様はただ神の人形となり、無意味な殺戮を齎す化け物に他ならんのだからな」
『オレの剣を奪った程度でいい気になるなよ! お前が既に限界なのはわかっているぞ! もはや徒手のオレを凌ぐことさえできはしまい!』
アーレスの言葉通りであった。
自身の限界以上の力を引き出し、強引にアーレスの剣を躱していたのだ。
一撃避けるごとに肉体が悲鳴を上げていた。
そこに加えて、アーレスの剣を受け、奴の剣に床へと叩きのめされたのだ。
〖自己再生〗の強引な応急処置でどうにか動けてこそいるが、次の一振りが我の正真正銘の限界となるだろう。
そこに我の、余力の全てを注ぎ込む。
我は砕けた黄金剣、マギアタイトの方を見る。
『グ……ウグ……』
砕けた黄金が液体になり、その近くに本体であるコアが転がっているのが目に見えた。
どうにか奴も生きてはいるようであった。
しかし、これ以上戦わせることはできそうにない。
「アトラナート……身体がもう、まともに動きそうにない。補助を頼む」
『……ワカッタ』
アトラナートの糸が、我の身体に付けられる。
アトラナートのスキルに〖パペット〗というものがある。
糸を付けた対象を自在に動かせる、というスキルだ。
これでアトラナートに我の動きを補助してもらう。
我は床に刺さったアーレスの巨大な剣を引き抜き、手に構える。
「……これは凄まじい」
手にした瞬間、強大な魔力を感じ取った。
古の勇者の剣……平凡なものではあるまいとは思っていたが、想像を遥かに超える。
色々な剣をこれまで手にしてきたが、これほどのものは初めてである。
この剣の一撃であれば、アーレスにも通用するかもしれん。
「これほどの魔剣……名を知らぬままに振るうのが惜しい。悪いが、貴様の主に刃を向けてもらうぞ」
我は剣へとそう口にした。
アーレスの兜から吐息が漏れる。
我の様子に、微かに笑ったようにも見えた。
『〖神裁のアスカロン〗……あらゆる魔を裁くといわれる宝剣である。その大きさ故に、オレ以外に扱える者はいなかったがな。確かにそれならば、魔と化したオレにも通用するかもしれんぞ』
我はアーレスと向き合う。
『お前が瀕死なのはわかっている。正面から受けてやろう。これが最後のチャンスだ』
我は巨大な剣……〖神裁のアスカロン〗をアーレスへと構えた。
「ゆくぞ、アーレス!」
我はアトラナートの糸の補助を受け、正面から徒手のアーレスへと駆ける。
アトラナートのお陰で、普段以上の勢いと速さで駆けることができていた。
しかし、アトラナートには、アーレスの攻撃を見切ることはできないであろう。
アーレスは迫る我を、籠手の拳で殴り殺そうとするはずだ。
そこは、我が躱さなければならない。
「うおおおおおおおおっ!」
我は叫びながら、地面を蹴った。
アーレスの拳が我へと迫る。
重い拳が床に突き刺さり、轟音が響いた。
巻き起こった衝撃に、床と一面の壁が爆ぜるのが見えた。
気が付けば我の視界は逆さになってた。
あまりの殺気に、我も拳の直撃を受けたのかと錯覚させられたが、違う。
我は、アーレスの頭上を取っていた。
刹那に拳が跳んでくるのを察知して、無意識の内に宙へと逃れたのだ。
アーレスは拳を振り下ろした姿勢であった。
無防備にその頭部が、我へと晒されていた。
「くらうがいい、アーレス!」
我は叫びながら、全ての力を込めて〖神裁のアスカロン〗を振るった。
アーレスの兜へと巨刃を叩きつける。
兜が拉げ、赤黒い血が舞った。
『馬鹿な……こんな、ことが……あり得ぬ……オ、オオ、オオオオオ!』
アーレスの〖念話〗が響く。
我は床へと膝を突いた。
言葉の通り、残る全ての力を用いて〖神裁のアスカロン〗を奴へと振るった。
もう立っている力さえ残ってはいなかった。
だが、我はやり遂げたのだ。
ついに古の勇者を打ち破った。
神の声の言葉の通り受け取れば、アーレスは最強の勇者として〖スピリット・サーヴァント〗にされていた男である。
『オレは絶対の存在……世界の王となる、最強の剣士……。オレが、神聖スキルさえ持たぬ定命の剣士に、剣を奪われ、兜を砕かれ、敗れたというのか……?』
我がアーレスに勝てた理由はわかっている。
アーレスは既に剣士ではなかったのだ。
剣の道を究める必要もない程に強大な力を手にしてしまった、剣士の振りをした化け物であった。
だが、奴は最後まで剣士として戦おうとした。
今の立ち合いで……なぜアーレスがこれほどまでに傲慢であったのか、自分を選ばれた存在だと妄信していたのか、少しわかったかもしれない。
「……本当は、ただ人の英雄として、老いて死にたかったのか、アーレスよ」
だが、アーレスの強大過ぎる力は、運命は、それを許しはしなかったのだろう。
アーレスは何かを為すにつれて自身がただの人間ではないと痛感させられ、運命に、或いは神の声に翻弄され、歪んでいったのだろう。
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