第511話

 俺は遠くの聖女を睨む。


 いいぜ……そっちがあくまでその気なら、思い知らせてやるよ。

 距離が開きすぎているが、当たれば儲けものだ。ここは攻める価値がある。


 俺は前脚を大きく掲げ、遠くのリリクシーラ目掛けて振り下ろした。

 〖次元爪〗の、間合いを無視した爪撃である。

 空間が歪む。俺の爪の一撃が、リリクシーラの肩、胸、足を深く抉った。


「え、あ……あ……」


 腕が飛び、身体から血を噴射させる。

 リリクシーラの跨っていた緑色の騎竜、ゼフィールの背にも深い傷が刻まれていた。

 ゼフィールが激痛に暴れ、リリクシーラの身体が地面へと振り落とされた。


 う、嘘、だろ……?

 あっさりと当たった。

 まさかこうも容易く決着がついてしまうとは思ってもみなかった。

 俺は目前の状況が信じられず、呆然としていた。


【経験値を390得ました。】

【称号スキル〖歩く卵Lv:--〗の効果により、更に経験値を390得ました。】


 神の声が経験値取得を告げる。

 そこで、ようやく気が付いた。

 リリクシーラにしては経験値量があまりに少なすぎる。


 ち、違う!

 あいつはフェイク、ただの影武者か!


 そのとき、俺の肌が、周囲に妙な魔力の動きがあるのを感知した。

 頭の中で考えごとをしていたせいで、それに対する対応が遅れた。


 突如、視界が白光に遮られ、身体に高熱を感じた。

 雷の塊のようなものが俺を包んだのだ。体表が、焼け焦げる。


 これを、俺は知っている。〖落雷〗のスキルだ、前にも一度だけくらったことがあった。

 ……以前に俺へと〖落雷〗を放ったのは、こちらの世界での俺の父竜である、〖ディアボロス〗の竜王エルディアだ。

 

 地を、大きな影が這っている。

 ギラギラと輝く体表に、巨大な四枚の翼。


 ……その姿は、間違えようもなく竜王エルディアだった。

 あんなに人間嫌いだったはずのエルディアが、その人間代表であるリリクシーラに従っている。


 なぜ、と一瞬考えて理解する。

 セラピムの空いた穴、リリクシーラの二体目の〖スピリット・サーヴァント〗に、エルディアが選ばれたのだ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

『エルディア』

種族:ディアボロス

状態:スピリット

Lv :130/130(Lock)

HP :1697/1697

MP :1284/1316

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 エルディアクラスのモンスターなんて早々いるもんじゃねぇ。

 エルディアの攻撃力は、今代の魔獣王であるベルゼバブをも超えていた。


『エル、ディア……』


 〖念話〗を使うが、反応はない。

 自在に喋れているベルゼバブと比べ、自我が薄いというか、人格そのものが完全に失われているように見える。

 主であるリリクシーラに刃向かえないよう、精神に何らかの縛りが掛けられているのかもしれない。


 ……そうか、リリクシーラは、エルディアを取りに行ってやがったのか。

 俺と共闘してエルディアを相手取った際にも、リリクシーラは敢えて好機を捨てて決着を付けなかった。

 あれは俺にレベルアップをさせないためだったのかと思っていたのだが、それだけではなかったのかもしれない。

 あのとき既にエルディアを〖スピリット・サーヴァント〗として、俺に隠れて回収する算段を立てていやがったのかもしれねぇ。


 ……エルディアには、大きな戦いからは離れ、因縁を忘れて静かに生きていて欲しかった。

 だが、完全に巻き込んだ挙句、その力をリリクシーラに利用されるという最悪の結果になってしまった。

 エルディアも無念だっただろう。


 俺に出来るのは、もう、リリクシーラの〖スピリット・サーヴァント〗から解放してやる事だけだ。


 エルディアは魂の篭っていない瞳を俺へと向けた後、地面を蹴って翼を広げて飛び上がった。

 てっきりお得意の〖ドラゴフレア〗を仕掛けて来るのかと思ったが、エルディアも接近戦を狙っているらしい。

 リリクシーラは、どうあってもこの衝突で決めるつもりでいる。

 そうとしか考えられない。


「俺様のことも、忘れてくれるんじゃねェぞォ!」


 地上からはエルディアが、空からはベルゼバブが飛来してくる。

 挟み撃ちをもらう形になっちまった。

 偽リリクシーラで気を引き付けて、俺が戸惑っている間にエルディアの〖落雷〗で不意打ちダメージを稼ぎ、俺の体勢が崩れている間に挟み撃ちにして連撃を叩き込むのが相手の策だったらしい。


「〖ダークネスレイン〗!」


 ベルゼバブが大きく翼を広げる。

 その背後に大きな魔法陣が展開され、紫の光が、雨の如く降り注いでくる。

 広範囲スキルで堅実に攻めて来やがる。

 リリクシーラの策だろう。


 俺は考える。

 避けるか、防ぐか、被弾覚悟でベルゼバブかエルディアへの攻撃に当たるかだ。


 ゼフィールに跨る聖騎士も俺へと接近してきているが、例え攻撃されても大したダメージにはならない。

 優先順位は低い。

 俺はエルディアの〖落雷〗直撃を受けたが、致命的なダメージではない。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:オネイロス

状態:通常

Lv :105/150

HP :3849/4261

MP :4172/4394

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 回復なしでも、十回連続で受けられる程度のダメージだ。

 ウロボロス時代なら二発受ければ致命傷だっただろうが、今の俺ならば受けられる。


 ここで重要なのは、確実に敵戦力を減らしにかかることだ。

 ならば、回避能力の高いベルゼバブは後回しにするべきだ。

 図体が大きく、速度のないエルディアから先に落とす!


『すまねぇ、エルディア! だが、俺にはもう、迷っている余裕はねぇんだよ!』


 俺はベルゼバブを無視し、エルディア目掛けて急降下する。

 背に、〖ダークネスレイン〗の紫の光が突き刺さる。

 俺の体表を貫き、肉を抉ってくる。

 威力が低い傾向にある範囲攻撃魔法である上に、ベルゼバブの魔法力は攻撃力に比べれば大人しい。


 とはいえ決して軽視できるダメージではないが……必要経費だ。

 囲まれた以上、ある程度のダメージは覚悟せねばならない。

 肝心なのは、ここで確実に敵戦力を削ぐことだ。

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